第43話

文字数 686文字

 問題文が長い。他チームの3人の出足は鈍く、そのおかげで恭平は一歩優位に出た。膝から先が前に出ない。前のめりでつんのめるように走る恭平。ボールはライト・ファールゾーンへと転がっている。……遠い。

 恭平は内野から外野へと変わるところで芝に足を取られて転んだ。その隙に他の2人が恭平を追い越していく。1人は恭平が転んだ側で立ち止まる。恭平はすぐに立ち上がると後を追った。

「恭平っ!!」
 俺は大声で叫んでいた。恭平はその声が届かないのか振り向かず走る。美鈴は祈るように見つめている。その横顔を見ると、俺は少しばかり胸が痛くなる。もし恭平がこの美鈴の姿を見たのなら、力が出ない訳がない。
 俺もこんな風に頼られたい、応援されたい……それは嫉妬の心だ。その邪な心を振り払うように俺は再び大声を上げた。

 ボールは2人残っているチームが手にした。ランニングホームランが狙えるほどの長打コースへと飛んだ打球、時間がない。ボールを掴んだ者は中継プレーとなるべく、自チームの仲間へと投げた。

 その瞬間だった。大きく飛んだ恭平の指がボールに触れた。ルーズボールだ……周囲の人間たちがボールを追う。ダイビングしてボールを掴み取ったのは恭平だった。

「恭―平っ!!」

 美鈴の涙の叫びが球場中に波紋する。恭平の脚に再び力が宿る。渾身の力でホームを目指す恭平の姿は野を駆ける馬となる。残り10秒、恭平はホームへと還ってきた、その手にボールを握り締めて。

 若者の汗は美しい。まだ社会の不純物が混じっていない輝き光る汗! 恭平の、流れる汗は爽やかに輪郭をなぞりその顔を眩しく瞬かせる。イケメンの汗は一際美しい。
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