第106話

文字数 813文字

 きっと時を遡れるのは記憶だけだ、思い出はこの尊い一日の積み重ねでできている。
 悲しいことや辛いことがあったって、すぐに過去の出来事に変わる。時を巻き戻せて、行動や選択を変えたところで明るい現実になる保証などなにもない。
 そうしたのなら、この尊い一日の起きた出来事を受け止めよう。どうせ『たら、れば』の話なのだから。明日を変えるってきっと、そんな後ろ向きなことではない。

 青春の一年(地球の公転)は時速10万㌔以上で走っている、きっとこの何年かは後で思う一年よりカッコ悪く、守られていて、輝いている……だからアッという間だ、暇をしているなんてもったいない。
 この青春(あおはる)真っ盛りな日々(じかん)を永遠にしたいと願うほどの一日を欲張ろう。
 きっといつか振り返るであろうこの青春の一日は、巻き戻して何度も上書きした思い出ではつまらない。一番初めに体験した喜びや悲しみの感動した原本を蘇らせたい。

 俺たちには後悔と共に刻み込まれたあの優勝の瞬間、美鈴は『永遠』を願ったのだろうか? 俺は思う、美鈴はあのまま時が止まれば良いなんて思わなかったはずだ。
 最高の思い出として、極上の1ページとして過ぎて行っただけなのではないだろうか? 過ぎるべくして過ぎた時の流れ、だからこそ恭平の告白を受け入れなかったのではないだろうか?
 もし恭平と付き合うことで、今後もしものことが起こり得たとき、今よりも恭平を余計に傷つけてしまう怖さ……。美鈴は自身の不調を予測できていたのではないだろうか? 



「うーん……どこも悪くないんだよね、この時計……」
 修理屋は言った。返された腕時計を見ると、もう針は前よりも力を失くしていた。俺が『時計と具合が連動してる』なんて言ってしまったもんだから、今にも止まりそうな時計を見て力が入る。

「頑張れ! 頑張れ! 止まるな! 頑張れ!」

 思わず力を込めて応援するも、時計は最後の力を絞り切ってしまったのか、二人の見ている前で動かなくなってしまった。
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