第2話 ニュージーランドはラグビーと羊の国なのです

文字数 1,779文字

 話は四ヶ月ほどさかのぼる。
 一九八八年、九月初旬。日本を出発して二日目の朝。
 ぼくを乗せたジャンボ旅客機は、ニュージーランドの北の玄関、オークランド空港の上空を旋回していた。空から眺めるニュージーランドはひたすら牧草地で、牛や羊のためだけの国のようだった。

 何にしてもついにここまで来てしまったのだ。初めて経験する「外国」に、ずっと醒めていた心も、突如としてワクワクドキドキしてきていた。
 飛行機を降りて人々の列に着いて行く。

 が、イミグレーションの前で、ぼくはにわかに怖じ気づいた。なぜって、実は帰りのチケットを持っていなかったから。ホントはどこの国でもね、出国するための切符等も持っていないと、入国でトラブルかも知れないのは海外旅行の常識なのです。実際、日本人にはそんなに厳しくないことが多いけど……(お金いっぱい使うからね。でももしイミグレーションでチケットを見せろと言われて持っていなかったら、その場で買わされます。ノーマル運賃のたっかいヤツ。あとで全額払い戻しできるけど)。

 とにかく当たって砕けろだ、と気合いを入れ、しかし顔はあくまでもにこやかに、いざイミグレーションへと向かって行った。
 そして恐る恐る必死に笑顔を作って、
「ハロー」(ヒクヒク)
 って言ったら、入国審査官のお姉ちゃんも、
「ハロー」
 って言って、ポンッ(滞在許可のはんこを押す音)だって。あっけなかった。果たして十秒かかったろうか。挨拶だけで終わってしまった。案ずるよりも産むが易しってヤツですね。世の中そんなもんだよ、甘い甘い。

 少々気抜けしたけど、それでもしっかり三ヶ月のビジターズ・パーミット(観光許可証)のスタンプを貰って、ついにこの、やがてぼくを大きく成長させてくれる国、ニュージーランドへの第一歩を踏み出したのだ。

 空港へ着いたら、当然今度は街に出なければならない。金を両替してバス停に行ったが、乗り方が分からない。どうやらチケットを先に買わなければならないようなので、バスインフォメーションの金髪のお姉さんに聞きに行った。

「ダウンタウンまで行きたいんだけど……」
「ベラベラベラ」
「エ? ダウンタウンに行きたいんです」
「ベラベラベラベラ」

 ま、まずい。何言ってるのかさっぱり分からない。にもかかわらずその金髪のお姉さんは、顔からは想像も出来ないような太くて鋭い声で、容赦なくベラベラとまくし立ててくる。なんだかわけが分からないうちに、とにかくダウンタウンまでのチケットを掴まされて追い払われた。ちっとも親切じゃないと思ったが、きっとお姉さんも、こんな日本人が多くて困っていたのだろう。チケットは買ったものの今度は乗るバスがどれだか分からない。運転手さんに聞いてみた。
 また「ベラベラベラ」
 あ、全然分かんない。

「オレッてこの国で、ほんのわずかな期間だけでも、生きていくことが出来るのだろうか……」
 そんな思いが絶望的に頭をよぎった。でもくそ、なんとかなるさ、と目の前にあるバスに乗ってしまった(前から三台目くらい)。また運転手がベラベラと何か言ってるが、もう、分からないんだから仕方がない。運転手も何か言うのを諦めたのでそのまま乗っていたら、出発までにだいぶかかったがダウンタウンに行くことが出来た。要するにどのバスでもダウンタウン行きだったので、運転手は「前のバスに乗りな」と言ってくれていたのだと思う。

 その日ぼくはラグビーの試合を見に行く予定だったので、試合が行われるイーデンパークという競技場を探すことにした。そう、ラグビーなのである。やはりニュージーランドと言えば、ラグビーを語らずにいられないのだ。この国は第一回ラグビーワールドカップの優勝国であるし、そのナショナルチーム「オールブラックス」といえば、泣く子も黙る、超有名世界最強チームのひとつなのだ。初めての海外旅行にここニュージーランドを選んだ理由は、実はそこにあったのである。

 ぼくは高校時代、死ぬほどラグビーにはまっていた。青春の全てを賭けてプレーしていたのだ。でもホントは最近、ラグビーに対する情熱などすっかり醒めてはいたんだけどね、ま、いいじゃん、ということで、とにかく来たんだ、このラグビー王国ニュージーランドへ。
 ぼくの名は太田幸昌。二十一歳の血気盛ん、元気いっぱいの頃のお話であります。
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