第18話 バンジージャンプで神様に会おう

文字数 2,389文字

 その頃ぼくは、オリジナル折り紙の創作にのめり込んでいた。
 そういえばヒッチハイクをしていると、乗せて貰った車の中には時々折り鶴が飾ってあった。結構日本人の皆さんは、乗せて貰ったお礼に鶴を折ってあげる人が多いんですね。しかしそうなると、ますますレパートリーを増やさなければなるまい。

 今までは、
「ぼくたち日本人は何か願い事があるとき、この鶴を千羽折ります。これは幸運を呼ぶ鶴なのです。あなたもこれを千羽集めたら、願い事がかなうかも知れませんよ」
 などと説明して、ぼくも鶴を折って渡していたのだが、やはり違うものも折った方が喜ばれるし、それが自分のオリジナルならば、同じ物を作る人は絶対にいないのだから、自分が以前乗せて貰った車の目印にもなる。

 実際、遙か昔にどこかでぼくを拾ってくれた人に、予想もつかないところで再び拾って貰える、ということが時々あった。そんなとき、相手はいつもぼくのことを覚えていてくれているのだが、ぼくの方はその人の顔を見ただけでははっきりとは思い出せないのだ。

 失礼な話だがしょうがない。だってまだその頃は、外人の顔なんていくつかのパターンを見分けられるだけで、個人を見分けるなんていうことはほとんど出来なかったのである。いや、本当にそうですよ。外人なんてみんな同じ顔に見えちゃうもんです。そりゃ今ではそんなことはないけれど、当時は西洋人が東洋人の顔を見分けられないという、その気持ちがよく分かったものです。こっちだって、服を取り替えられたら、もう誰が誰やらお手上げだったもんね。

 だけどぼくの方は相手によっぽど強いインパクトを与えてしまうらしくて、向こうはどんなに前にあった人でも、ぼくと分かってて止まってくれるのだ。そういうときに自分の作った折り紙がフッと目に入れば、
「お久ぶりー、どうしてましたー?」
 なぁんてスムーズに会話に移行することが出来てとても便利なのである。それが鶴ではいまいち確信に欠けてしまうので、やっぱりオリジナル作品の方がいいのだ。

 一台目でかつて砂金によって栄えた町アロータウンへ。乗せてくれた夫婦は、折り紙を教えてくれと言って車を止めて、紙を折るぼくの手元をじっと見ていた。奥さんがちょっとでもよそ見をすると、旦那さんが、
「しっかり見てろ!」
 と怒鳴るので少し気の毒だった。

 再び二十分ほど歩いて、ティマルゥのお母さんとワナカのお姉さん親子の車に拾われた。このお母さんは、初めから、
「どのくらい待ってたの?」
 と聞いてきた数少ない人の一人であった。ぼくは、
「二ヶ月半」
 と答えてしまい、お姉さんはジョークだと思って大笑いしていたが、お母さんの方は、
「ヒエー」
 と言って驚いて、本気で同情してくれた。どうしよう……。

 お姉さんはタッチラグビーをやっていると言った。タッチラグビーというのはタックルやスクラム無しで行うラグビーで、日本でもよく練習に取り入れられる。危険が少ないということで、女性チームの活動も盛んなのだ。

 このタッチラグビーにルールは似ているのだが、タックルやスクラムも有りで思いっきり過激なのがラグビーリーグである。ラグビーリーグというのは日本では知っている人はほとんどいないと思うのだが、イギリスやオセアニアでは非常に人気が高い。この間もワールドカップをやっていた。

 ぼくたちが一般にラグビーと呼ぶラグビーユニオンとはルールもプレイヤーの数もまるっきり異なるし、良い選手になると年棒四万ドル(当時のオーストラリアの場合)も取るという。試合に勝ったチームの最優秀選手にはゲーム毎に賞金が出る場合もある。つまりユニオンのアマチュアリズムに対して、リーグの方は完全なプロフェッショナルなのである。

 人気選手になれば年俸の他にテレビコマーシャルなどの出演料も入ってくる。日本のプロ野球とかプロサッカー選手のようなものだと思って貰えばいいだろう。そして「ユニオンよりもリーグの方が面白い。スピーディーだ」という人も結構多い。ま、アマチュアルールよりプロルールの方が人気があるのは、当然と言ったらそうかも知れない。。

 アロータウンからワナカに向かう途中の渓谷で、足にゴム紐を着けて高ーい橋の上から飛び降りるという、なんとも面白恐ろしいスポーツをやっていた。それは今ではすっかりお馴染みのバンジージャンプだが、当時はそんなものまだ見たことはなかったので、びっくりした。今でもこれのどこがスポーツなのかは疑問だが、とにかく観光客には大人気である。

 確かにあの恐ろしさといったら、遊園地のフリーフォールどころではないであろう。いくら足にゴム紐を結んでいるとはいえ、体ひとつで四十メートル以上下の川面に向かって、真っ逆様に飛び降りるのだ。どの程度まで落ちるかというのには、水面ぎりぎり、頭が水中に入る、体半分水中に入る、の三段階があると聞いた。体重によってゴム紐を調節するらしい。

 このときぼくは、こんなもの結局はただ飛び降りるだけのことだから、土地の若者が遊んでいるだけで、まさか一飛び六十ドルも取る商売だとは思わなかった。一九八八年でそのお値段だから、いったい現在はいくらするやら(当時女性の場合、全裸で飛ぶのなら料金は無料だった。外人って結構そういうの平気なんだよなぁ)。

 このバンジージャンプをやるとオリジナルTシャツを貰えるのだが、旅行中そのTシャツを着ている連中をやたらと沢山見かけた。あれを仕切っている会社はゴム紐一本で大儲けして、大したもんだなぁと思う。

 お姉さんに、
「ぼくもやりたい」
 と言ったら、
「あなた、そんなに神様に会いたいの?」
 と言われた。しかし本当に神様がいるっていうのなら是非会ってみたいから、
「そりゃそうだよ」
 と答えたら笑っていた。
 その晩はワナカ湖畔にあるお姉さんの家で、夕食をご馳走になった。
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