第4話 おじさんはペッグにミルクをやれと言ったのです

文字数 1,276文字

 翌朝、ぼくはさらに南を目指して、ハミルトンのユースホステルをあとにした。しかしすぐに歩き疲れて、川のほとりで午後二時近くまで眠ってしまった。そしてここ数日間のことを考えていた。

 自分がしゃべる言葉はほとんど通じなかった。相手の言うことも全然分からなかった。ヒッチハイクにしても、言葉も分からず何時間も車に乗せて貰ったあげく、お礼の言葉はただ「センキュー」としか言うことができない。ホント申し訳ない。苦痛だった。ぼくはもう嫌になって、
「もうヒッチはしない。バス停を探そう」
 そう思って立ち上がった。すると目の前で車が止まった。え、何なの?

「どこまで行くんだい?」
「南の方」
「乗れよ」
 何もしなくても、ただ道のそばにいるだけで車が止まってくれてしまうのだ。
 でもやっぱり苦痛だった。分かれ道で「センキュー」と言って降りる。もう二度とヒッチはしないよ。心に決めて歩き出す。

 ところが、あっという間に次の車が止まってくれてしまった。しかも今度は、対向車線を走っていた車が、わざわざ引き返してきてくれたのだ。
「ヘイ! ボーイ、乗れよ」
 中年のおじさんだった。
「ボーイ、ニュージーランドへ来て何日目だ?」
「三日目です」
「そうか。で、どのくらいいるつもりだ?」
「わかりません」
「よし、今晩はオレんちへ泊まっていけ」
 突然ホームステイしてしまうことになったのだった。

 彼の名はハナさんといって、オチョロハンガのでっかい農場のおじさんだった。その農場では外国人相手のファームステイをやっていて、ビジターズブックの中には、日本人の名前も結構あった。ぼくは以前、長野県の乳牛牧場で働いていたことがあったので、夕飯までの間、いろいろな作業を手伝った。言葉が分からないおかげで失敗も数多くしたけれども、ホントに楽しい一日だった。

 夕飯のメインディッシュはポテトだった。この国の人たちはポテトを非常によく食べる。フレンチフライポテトをそのまま夕飯にしてしまうことも、べつに全然当たり前。しかし量的にはあまり食べないようだ。彼ら自身は「自分たちは大食漢だ」と思っているらしいのだが、実のところ、ぼくの目から見れば驚くほど小食だった。その太い腕やでっかい体はいったいどこから? と思ってしまうほど食べる量は少なかった。量は少ないが、もの凄い甘党である。食パン一枚食べるにしても、バターを分厚く塗り、ハチミツをとんでもなく塗りたくり、さらに黒砂糖を山のように盛って、ミルクをブチかけて、ガブガブと食べていた。彼らの食生活では、糖分がどうとかは気にしなくてもいいらしい。


 翌朝、おじさんがぼくにペッグにミルクをやれ、と言った。ぼくは、ペッグって何? と何度も聞いたのだが、ペッグはペッグだ、とおじさんはイラつきながら繰り返すだけだった。ほとほと困っていると、少々太りすぎのおばさんが出てきて、鼻を押し上げながら「フガフガ」と言った。
「あっ、豚ね、ピッグね」
 単語ひとつ覚えるのもたいへんである。あえてカタカナで書くとすれば、豚はペッグ、牛はキャウ、仔牛はキャブ(子供という意味)だった。
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