第15話 ペンギンのオマルゥ

文字数 2,206文字

 クライストチャーチを後に、南を目指す。
 今回は、ちゃんと南へ行くときのヒッチポイント、ホーンビーまで市街バスで出ていたので、比較的楽にティマルゥという町までたどり着いていた。
 今日は久しぶりに暑くなってきたので、一・二五リットルサイズのジュースを買う。
 値段は二ドル十五セント~三十五セントくらいだ(年々安くなっている)。

 ティマルゥからは真っ青な海が見えて、とてもきれいだった。ぼくは谷村新司の「昴」を歌いながら歩き出す。ヒッチハイカーや自転車野郎は、大抵そういうときに歌うお気に入りの歌というものを持っている。ヒッチハイカーは車に乗せて貰えるまで、自転車野郎はその目的地に着くまで、何もないただ一本の道をひたすらひたすら独り行かねばならないので、歌でも歌って気を紛らわしていないと、とてもではないがやり切れなくなってしまうのだ。それに大声を出して歌を歌うというのは、ストレス解消に大いに役立つ。

 しかしその日の場合は、その後全然拾って貰えなかったことと、久しぶりに照りつける強烈な太陽のおかげでバテてしまって、フラフラと歩きながら、ただもうブツブツと、呪文のように歌詞を呟いているだけだった。

 二台の車を乗り継いで、オマルゥという何だか笑ってしまう名前の町に着いた。本当はこの町の名前は、オアマルというのが正しいのだが、これはマオリ語の地名で、白人連中はどうしてもその発音が出来ず、それで文字で書くとOAMARUなのだけれども、結局発音上はオマルゥになってしまったという。

 ユースホステルに入ると、外人の兄ちゃんが、流暢な日本語で日本人のお姉ちゃんと話していたのでびっくりした。
「日本語上手ですねぇ」
 と言うと、
「彼は天才なのよ」
 とお姉ちゃんが誇らしげに答えた。
「マオリだと思ってたら日本人だったのか。でもよくいるよ、そういう顔」
 天才の彼はそのようなことを、人を見下したような口調で(しかも日本語で)言ってくれたので、正直なところ非常に腹が立った。

 翌日は一日中、石でジャグリング(お手玉)の練習をして過ごした。昨日の二人は早朝にペンギンを見に行くと言って出て行ったきりだった。ここ、オマルゥや、もう少し南のオタゴ半島では、野生のペンギンを見ることができる。

 ここで見られるのは、イエローアイドペンギンとリトルブルーペンギンの二種類で、リトルブルーの方は夜十時頃に特定の浜辺の前の駐車場に行けば、ほんの二十五センチくらいのちっこくて可愛いやつが、何十匹も行列を作って目の前の道路を横断して行く姿を観察できる。早朝に餌を獲りに海へ向かうときか、逆に暗くなってから巣穴に戻ってきたときに観察できるわけだが、まぁ、夜の方が簡単だろう。

 しかし、とにかくこのペンギンは非常に臆病な生き物なので、見に行く場合は極力目立たないように心掛けなければならない。それこそ自分が岩の一部になったようにじっとして、もちろんカメラのフラッシュを焚くなんてことは論外である。

 イエローアイドの方は歩いて見に行くにはちょっと遠いが、それよりも彼らはもう残存数が滅茶苦茶少ない、世界でもかなりの貴重種なので、そこのところをよく認識して、観察のルールは必ず守らなければならない。体長は六十五センチ前後で、黄色い覆面を着けたような顔をしている。やはりすごく臆病で、人間の姿が見えるようでは浜に上がってこない。観察のときには指定の観察小屋からそっと覗かせて貰うのだ。このペンギンは、ニュージーランドと外洋の島々にわずかに生息するだけで、当時ニュージーランドにはたったの七番しか残っていなかったそうである。そのうちの三番がここオマルゥに、そして残りの四番がオタゴ半島に営巣していた。

 観察に行く場合は事前に町のインフォメーションセンターへ行って、注意事項をしっかり聞いておくべきである。ルールを無視してイエローアイドペンギンの巣の中までズカズカ入り、ヒナの写真を撮ってきたと自慢している日本人を見たことがあるが、それは同じ日本人として嘆かわしいやら恥ずかしいやら、絶滅しそうだというペンギンを思うと、殴ってやりたいほど腹が立った。

 さて、実はこのときぼくは、ペンギンを見には行かなかった。天才の彼と姉ちゃんが、車がなければ遠すぎて見に行くのは不可能だ、などとぼくを騙したからだ。くそ! 情報は自分で確認しないと、ホント嘘つきが多いのだ。
 話は変わるが、ここのユースのワーデンの娘(推定年齢六歳くらい)は、石原真理子に似ていてとっても可愛い。


 数日後。オタゴ半島、南島で二番目に大きな街、ダニーデン。
 ユースホステルで飯を作って食べていたら、日本人の男の人がぼくのテーブルに座った。その人はマウント・クック村のアルパイン・ガイズという登山用品店(ガイズだからもちろんガイドもする)で働いているのだそうだった。ビザの延長の件で相談したら、インバーカーギルのイミグレーションでなら、申請用紙に適当なことを書いておけば、所持金や航空券などは調べずに、あっという間にビザをくれる、と教えてくれた。

 ビザを取るときは、オークランドやクライストチャーチのような大きな街で申請すると、時間もかかるし審査も難しくなるのだという。その点、地方のイミグレーションでは何も調べないし、申請したその場でビザが貰えるらしいのだ。
 ビザに関して、一気に希望の光が見えた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み