第27話 夢の途中
文字数 1,362文字
半年の月日が流れた。
季節は初夏。また今日も商売繁盛、忙しい日々が続いている。
厳しい冬を乗り切ったことで、ようやくぼくも、本当の仲間としてフード・フェアのメンバー達に受け入れられたようである。もうぼくを「ジャパニーズ」と呼ぶ者はいない。誰もがちゃんと名前で「ユキ」と呼んでくれるようになったのだ。サイアム・タイのオイなどは、本当にぼくを可愛がってくれた。
しかしぼくは困っていた。
三ヶ月前、デミトリが帰ってきてから、再びフード・フェア内には嵐が巻き起こり、連日のように重要なミーティングが開かれた。相変わらず、ジョンとデミトリの激しい口論。
だが最近は、ジョン・カービィ抜きのミーティングが頻繁に開かれるようになっていた。つまり、ジョンは孤立しだした。デミトリがどのような手を打ったのかぼくには分からない。しかし、完全にフード・フェア全体の統一した意見として、ジョン・カービィの締め出しが始まっていたのは確かなことだった。
うーん、困った。ホントに困った。
ジョンは負ける。確実に負けるだろう。
言葉がよく分からなくて状況が正確に把握できないこのぼくでさえ、そのことだけははっきりと分かる。事態は深刻に展開していた。
もしぼくがこのまま屋台を続けるとしたら、それはつまり、ジョンを潰す側に着くということである。そんな恩知らずなことができるもんか! でも今や、オイや他の仲間達も、本当にぼくに良くしてくれている。どちらに背を向けることも仁義に反する。いったいぜんたいどうしたら……。
十一月のある日。
ジョンにレストランに招待された。
ぼくは心に決めていた。これが……、これがジョンとの最後の食事だ。
「ジョン。オレね……、また、ただの旅行者に戻ろうかと思ってるんだ」
「そうか……」
二人ともしばらく言葉がなかった。
「お前は旅を続けて、もっといろんな世界を見るがいい。俺は若いとき、二十年間も世界を旅したんだ。お前は若い。行け! そして二度とここに戻ってきてはならない」
最後の言葉が胸に痛い。ジョンの覚悟が胸に痛い。
数日後。オークランド国際空港。
なにもかもを処分したぼくは、初めてこの国にやってきたときと同じように、かたわらにはバックパックただひとつ、あとは出国の手続きを済ませるばかりとなっていた。
万感の思いが胸をよぎった。
国際便が到着して、空港全体が活気に包まれる。到着ロビーに現れる、誰もが瞳をキラキラと輝かせ、希望の光に満ちていた。皆、自分の見たい夢を叶えるために、この国にやってきたのだ。
「見知らぬ街では、期待と不安がひとつになって、過ぎ行く日々など分からない……」
「大都会」の歌詞が染みる。
夢か……。そういえば、智子がこんなことを言っていたっけ。
「ねぇ、ヒンズー教では、この世のすべてはビシュヌ神の夢なんだって」
夢のように過ぎたニュージーランドの日々を思う。日本を出る前には想像もつかなかったことの連続だった。
これで夢はおしまいなのか。それともほんの途中にすぎないのか。生きること自体が夢ならば、死ぬまで夢は続くのだ。
「ビシュヌの夢か……。そうだ、このままインドに行くのもいいな」
夢の旅路は……、続いていく。
おわり
季節は初夏。また今日も商売繁盛、忙しい日々が続いている。
厳しい冬を乗り切ったことで、ようやくぼくも、本当の仲間としてフード・フェアのメンバー達に受け入れられたようである。もうぼくを「ジャパニーズ」と呼ぶ者はいない。誰もがちゃんと名前で「ユキ」と呼んでくれるようになったのだ。サイアム・タイのオイなどは、本当にぼくを可愛がってくれた。
しかしぼくは困っていた。
三ヶ月前、デミトリが帰ってきてから、再びフード・フェア内には嵐が巻き起こり、連日のように重要なミーティングが開かれた。相変わらず、ジョンとデミトリの激しい口論。
だが最近は、ジョン・カービィ抜きのミーティングが頻繁に開かれるようになっていた。つまり、ジョンは孤立しだした。デミトリがどのような手を打ったのかぼくには分からない。しかし、完全にフード・フェア全体の統一した意見として、ジョン・カービィの締め出しが始まっていたのは確かなことだった。
うーん、困った。ホントに困った。
ジョンは負ける。確実に負けるだろう。
言葉がよく分からなくて状況が正確に把握できないこのぼくでさえ、そのことだけははっきりと分かる。事態は深刻に展開していた。
もしぼくがこのまま屋台を続けるとしたら、それはつまり、ジョンを潰す側に着くということである。そんな恩知らずなことができるもんか! でも今や、オイや他の仲間達も、本当にぼくに良くしてくれている。どちらに背を向けることも仁義に反する。いったいぜんたいどうしたら……。
十一月のある日。
ジョンにレストランに招待された。
ぼくは心に決めていた。これが……、これがジョンとの最後の食事だ。
「ジョン。オレね……、また、ただの旅行者に戻ろうかと思ってるんだ」
「そうか……」
二人ともしばらく言葉がなかった。
「お前は旅を続けて、もっといろんな世界を見るがいい。俺は若いとき、二十年間も世界を旅したんだ。お前は若い。行け! そして二度とここに戻ってきてはならない」
最後の言葉が胸に痛い。ジョンの覚悟が胸に痛い。
数日後。オークランド国際空港。
なにもかもを処分したぼくは、初めてこの国にやってきたときと同じように、かたわらにはバックパックただひとつ、あとは出国の手続きを済ませるばかりとなっていた。
万感の思いが胸をよぎった。
国際便が到着して、空港全体が活気に包まれる。到着ロビーに現れる、誰もが瞳をキラキラと輝かせ、希望の光に満ちていた。皆、自分の見たい夢を叶えるために、この国にやってきたのだ。
「見知らぬ街では、期待と不安がひとつになって、過ぎ行く日々など分からない……」
「大都会」の歌詞が染みる。
夢か……。そういえば、智子がこんなことを言っていたっけ。
「ねぇ、ヒンズー教では、この世のすべてはビシュヌ神の夢なんだって」
夢のように過ぎたニュージーランドの日々を思う。日本を出る前には想像もつかなかったことの連続だった。
これで夢はおしまいなのか。それともほんの途中にすぎないのか。生きること自体が夢ならば、死ぬまで夢は続くのだ。
「ビシュヌの夢か……。そうだ、このままインドに行くのもいいな」
夢の旅路は……、続いていく。
おわり