第17話 ヒッチハイク裏話
文字数 2,406文字
「どこまで行くんだい?」
反対車線を突っ走ってきた車が止まって、運転席の紳士が顔を出した。
「できればテ・アナウまで」
「よし、もっと拾われ安いところまで乗せて行ってあげよう」
彼はそう言ってぼくを乗せ、今来たばかりの道を引き返した。
「君はこの国に来てから、どのくらい経つの?」
「もうすぐ二ヶ月半になります」
「あとどのくらいいるつもり?」
「ビザはもう二週間ほどで切れちゃうんですけど……、もっといたいなぁと思って」
ヒッチハイクでの会話は、大抵このパターンで始まるものだ。まだ言葉をはっきりとは聞き取ることが出来なかったあの頃、最初に相手が、
「ハウ・ロング」
と言ったら、それは、
「ニュージーランドに入国してからどれくらいか」
という質問、そして二度目の、
「ハウ・ロング」は、
「これから後どれくらいいるつもりか」
という質問と決めつけて、それに見合った日数を答えていた。そう思っていてまず間違いはなかったのである。
ところがたまぁに違うパターンで攻めてくる人もいて、例によって「ハウ・ロング」が出たので、
「一ヶ月」
とか答えたら大笑いされたことがあった。そのときの相手の質問は「(拾って貰えるまで)どれくらいあそこで待ってたの?」というものだったのだ。しかしそういう変則パターンで攻めてきた人は、ぼくがヒッチハイクで乗せて貰った百台近い車の中で、たったの二人だけだった。
インバーカーギルからテ・アナウ目指してヒッチする。インバーカーギルには昨日の夕方、一回のヒッチでたどり着いた。乗せてくれたのは、モーターボートを引っ張っていた猟師のおじさんだった。おじさんはぼくを乗せてはくれたものの、一言も喋らないし、ニコリとも笑わない人だった。他のヒッチハイカーに聞いたことがあるのだが、そういうドライバーはただ退屈だから誰かにそばにいて欲しいだけで、そういう人に拾われた場合は、何も喋らずにそこにじっと座っていればいいのだそうだ。本当だろうか? しかし話も何もしないでじっとしているものだから、眠くなって眠くなって目を開けているのがたいへんだった。やっぱり乗せて貰っておいて眠ってしまうわけにもいかないもんね。
インバーカーギルに向かった目的は、当然ビザの延長だった。しかし、まぁ、結論から言ってしまえば、インバーカーギルにはイミグレーションはなかった。ダニーデンで会った兄ちゃんは確かにここにあると言ったのに。ひどいよ。
勝手な言い草だが、イミグレーションがないのならこんな何もない田舎町にいても意味がないので(ここのユースホステルは世界最南端だというし、ニュージーランド南端のスチュワートアイランドに渡るための本島側ベースではあるが)、今日はとっとと次の町を目指すことにしたのだった。
ヒッチは順調だった。今朝は十時頃まで雨が降っていたのだが今はやんでいるし、ろくに歩きもしないうちに、ユースの近所のおばちゃんが、町外れまで乗せてくれた。その車を降りた後もあっという間に拾われて、クィーンズタウンとテ・アナウとの分かれ道まで乗せて貰った。こんなについていることは滅多にない。
しかし肝心なのはこれからなのだ。この道を昼過ぎからテ・アナウ方面に行く車はほとんど無いという話である。テ・アナウ方面に向かう車というのは、大抵がその先のミルフォード・サウンドを目指しているのであって、ミルフォード・サウンドを観光して日帰りするのなら、遅くても昼前にはこの道を通っていなければ、ゆっくりと楽しむことは出来ないからであった。
しかも困ったことに、何にもない一本道の向こうから、巨大な雨雲が急激に接近してきていた。歩き出してしばらくすると、ついに雨が降り出した。しかしどうしようもないので歩き続ける。まだまだたいした雨ではない。
三十分おきくらいに車が来たのだが、皆通り過ぎて行った。二時間ほども歩いたろうか。エンジン音が聞こえてきたので、今度来た車はどうかな? と思って振り返ると、ドライバーは若いお姉さんで同乗者はいなかった。
「あ、こりゃ駄目だ」
と思いつつも左手を挙げる。なぜ若いお姉さん一人だと駄目なのかというと、今までの経験上、ドライバーが若い女の人の場合は、まず間違いなく目を合わせてもくれないからだ。自らの名誉のために断っておくが、ぼくがあまりにもひどい顔をしているとか、そういうことではないですぞ! とにかく若い女は駄目だったのだ。
ところが、どっこい、なんと今回初めてぼくは若い綺麗なお姉さんに拾って貰えた。
ウレシー! カンゲキー!!
しかも車に乗った直後に雨が激しい土砂降りになったので、嬉しさもひとしおである。
お姉さんはテ・アナウに住んでいる人だった。彼女はきっと地元の勘で、
「こりゃ土砂降りになるよ」
ってんで、同情して仕方なくぼくを拾ってくれたのだろう。乗せてはくれたものの、お姉さんはいやにビクビクしていた。
「ありがとう、助かったよ。それにしてもこんな若い女の人に乗せて貰ったのは初めてだ。若い娘ってまず乗せてくれないもんね」
「うん、それはね……、若い女性一人のときに男性のヒッチハイカーを乗せるのはとっても危険なことなのよ。実はね……、ついこの間も私の友達が、乗せてあげたヒッチハイカーに襲われてしまったの」
ガーン!
そうだったのか。しかしとんでもない話だった。車に乗せて貰っておいてその相手を襲ってしまうなんて、こんなひどい話があるだろうか。これには逆のパターンもあって、女の子を乗せておいて襲ってしまうドライバーもいるというし、車の中のめぼしい物や財布を盗んでいくヒッチハイカーや、ヒッチハイカーの荷物を丸ごと積んだまま走って逃げてしまうドライバーもいるのだそうだ。なるほど、乗る方も乗せる方も油断は禁物ということである。
お姉さんは終始なんとなくビクビクしたまま、ぼくを町まで送ってくれた。
反対車線を突っ走ってきた車が止まって、運転席の紳士が顔を出した。
「できればテ・アナウまで」
「よし、もっと拾われ安いところまで乗せて行ってあげよう」
彼はそう言ってぼくを乗せ、今来たばかりの道を引き返した。
「君はこの国に来てから、どのくらい経つの?」
「もうすぐ二ヶ月半になります」
「あとどのくらいいるつもり?」
「ビザはもう二週間ほどで切れちゃうんですけど……、もっといたいなぁと思って」
ヒッチハイクでの会話は、大抵このパターンで始まるものだ。まだ言葉をはっきりとは聞き取ることが出来なかったあの頃、最初に相手が、
「ハウ・ロング」
と言ったら、それは、
「ニュージーランドに入国してからどれくらいか」
という質問、そして二度目の、
「ハウ・ロング」は、
「これから後どれくらいいるつもりか」
という質問と決めつけて、それに見合った日数を答えていた。そう思っていてまず間違いはなかったのである。
ところがたまぁに違うパターンで攻めてくる人もいて、例によって「ハウ・ロング」が出たので、
「一ヶ月」
とか答えたら大笑いされたことがあった。そのときの相手の質問は「(拾って貰えるまで)どれくらいあそこで待ってたの?」というものだったのだ。しかしそういう変則パターンで攻めてきた人は、ぼくがヒッチハイクで乗せて貰った百台近い車の中で、たったの二人だけだった。
インバーカーギルからテ・アナウ目指してヒッチする。インバーカーギルには昨日の夕方、一回のヒッチでたどり着いた。乗せてくれたのは、モーターボートを引っ張っていた猟師のおじさんだった。おじさんはぼくを乗せてはくれたものの、一言も喋らないし、ニコリとも笑わない人だった。他のヒッチハイカーに聞いたことがあるのだが、そういうドライバーはただ退屈だから誰かにそばにいて欲しいだけで、そういう人に拾われた場合は、何も喋らずにそこにじっと座っていればいいのだそうだ。本当だろうか? しかし話も何もしないでじっとしているものだから、眠くなって眠くなって目を開けているのがたいへんだった。やっぱり乗せて貰っておいて眠ってしまうわけにもいかないもんね。
インバーカーギルに向かった目的は、当然ビザの延長だった。しかし、まぁ、結論から言ってしまえば、インバーカーギルにはイミグレーションはなかった。ダニーデンで会った兄ちゃんは確かにここにあると言ったのに。ひどいよ。
勝手な言い草だが、イミグレーションがないのならこんな何もない田舎町にいても意味がないので(ここのユースホステルは世界最南端だというし、ニュージーランド南端のスチュワートアイランドに渡るための本島側ベースではあるが)、今日はとっとと次の町を目指すことにしたのだった。
ヒッチは順調だった。今朝は十時頃まで雨が降っていたのだが今はやんでいるし、ろくに歩きもしないうちに、ユースの近所のおばちゃんが、町外れまで乗せてくれた。その車を降りた後もあっという間に拾われて、クィーンズタウンとテ・アナウとの分かれ道まで乗せて貰った。こんなについていることは滅多にない。
しかし肝心なのはこれからなのだ。この道を昼過ぎからテ・アナウ方面に行く車はほとんど無いという話である。テ・アナウ方面に向かう車というのは、大抵がその先のミルフォード・サウンドを目指しているのであって、ミルフォード・サウンドを観光して日帰りするのなら、遅くても昼前にはこの道を通っていなければ、ゆっくりと楽しむことは出来ないからであった。
しかも困ったことに、何にもない一本道の向こうから、巨大な雨雲が急激に接近してきていた。歩き出してしばらくすると、ついに雨が降り出した。しかしどうしようもないので歩き続ける。まだまだたいした雨ではない。
三十分おきくらいに車が来たのだが、皆通り過ぎて行った。二時間ほども歩いたろうか。エンジン音が聞こえてきたので、今度来た車はどうかな? と思って振り返ると、ドライバーは若いお姉さんで同乗者はいなかった。
「あ、こりゃ駄目だ」
と思いつつも左手を挙げる。なぜ若いお姉さん一人だと駄目なのかというと、今までの経験上、ドライバーが若い女の人の場合は、まず間違いなく目を合わせてもくれないからだ。自らの名誉のために断っておくが、ぼくがあまりにもひどい顔をしているとか、そういうことではないですぞ! とにかく若い女は駄目だったのだ。
ところが、どっこい、なんと今回初めてぼくは若い綺麗なお姉さんに拾って貰えた。
ウレシー! カンゲキー!!
しかも車に乗った直後に雨が激しい土砂降りになったので、嬉しさもひとしおである。
お姉さんはテ・アナウに住んでいる人だった。彼女はきっと地元の勘で、
「こりゃ土砂降りになるよ」
ってんで、同情して仕方なくぼくを拾ってくれたのだろう。乗せてはくれたものの、お姉さんはいやにビクビクしていた。
「ありがとう、助かったよ。それにしてもこんな若い女の人に乗せて貰ったのは初めてだ。若い娘ってまず乗せてくれないもんね」
「うん、それはね……、若い女性一人のときに男性のヒッチハイカーを乗せるのはとっても危険なことなのよ。実はね……、ついこの間も私の友達が、乗せてあげたヒッチハイカーに襲われてしまったの」
ガーン!
そうだったのか。しかしとんでもない話だった。車に乗せて貰っておいてその相手を襲ってしまうなんて、こんなひどい話があるだろうか。これには逆のパターンもあって、女の子を乗せておいて襲ってしまうドライバーもいるというし、車の中のめぼしい物や財布を盗んでいくヒッチハイカーや、ヒッチハイカーの荷物を丸ごと積んだまま走って逃げてしまうドライバーもいるのだそうだ。なるほど、乗る方も乗せる方も油断は禁物ということである。
お姉さんは終始なんとなくビクビクしたまま、ぼくを町まで送ってくれた。