第10話 食い物の恨みは恐ろしいのです

文字数 1,755文字

  カイコウラは海産物の町である。中でもクレイフィッシュ(ニュージーランド伊勢エビ)は有名で、体長二十センチくらいのやつでも十ドルほどで買えてしまうのだ。さらにユースホステルの目の前の岩場では、アワビがボコボコと獲れるというオマケ付きである。しかし、おかげで日本人旅行者達が小さいアワビでも獲りまくってしまうので、地元ではちょっとしたひんしゅくものらしい。

 ニュージーランドの法律で、十三センチだか十三・五センチだかより小さいアワビは獲ってはいけないことになっている。だが、たとえそれを知っていても、無視する日本人が非常に多いのだ。その法律を知らない時点ですでに罪だと思うが(ユースホステルの壁なんかにも大きく日本語で注意書きがあったのに)、ひどいのになると、アサリくらいの大きさのやつを二百、あるいは四百も獲っちゃった女の子達なんかもいて(当然そんなに食べられるわけもないのに)、おまけにそれが自然保護管に通報されて厳重に注意されても、不貞腐れるばかりでちっとも反省するつもりもない、という事件などもあり、その事件のあったという一九九〇年頃から以降は、
「アワビを獲ることは全面的に禁止です」
 という内容の「日本語の札」が岩場に打ち付けてある。

 一九九〇年前後、日本人の無茶のおかげで閉鎖されてしまった施設も多い。
 レイク・テカポの天文台も、日本人が夜に火を焚いてパーティーをやったとかで見学できなくなった。
 テカポの小さな教会には、日本語で「厳粛に」という札が掛かった。
 クライストチャーチの大聖堂の中では、人物を入れての撮影が出来なくなった。教会という厳粛な場所なのに、日本人は大はしゃぎして、とんでもないポーズをきめながら写真を撮るから(でもこれらは韓国人や中国人の分もそうとう数、日本人につけられていると思う。傍若無人を尽くした挙句、捕まるとアイム・ザパニーズとのたまう東アジア系は、当時でも、現在と変わらずたくさんいた)。

 お隣のオーストラリアでは、アボリジニの聖地エアーズロックに自転車をかついで登り、その上で走り回ってタイヤの跡を付けまくった挙げ句に、頂上でキャンプまでしてしまったという、とんでもない日本人が問題になった。聖地だぞ、聖地! 知らなかったじゃ済まされねぇぞ。

 数え上げればきりがないが、ホント同じ日本人として、恥ずかしい限りの話である。
 ま、実際のところ、他の外国人達だって、とんでもなく滅茶苦茶なことをやっているのは、変わりないんですけどね。

 話を一九八八年、まだちょっとは平和だった頃に戻そう。
 ぼくは十五センチほどのアワビを見つけたので、獲ってユースホステルに持っていった。なぜユースに持っていったのかというと、アワビは獲ったものの、ぼくはどうやって食べたらいいのか分からなかったのだ。その点、縄野さんは料理に詳しいらしいので、恥を忍んで教えて貰いに行ったのである。

 予想通り「貝の食い方も知らねぇのか」、と女の子の前でバカにはされたが、そんなもの、一回見てしまえば、後はあんたとオレは同等なのだ、と思いつつ、ぼくにはどうしてもできなかったアワビにとどめを刺す! という行為をやって貰った。

 ニュージーランドのアワビの身は真っ黒である。日本にだって黒アワビというやつがいるが(肉が厚くて美味)、それにしたって実際は外側が黒みがかった青緑色なだけで中の身は白いから、やっぱり日本産のアワビとニュージーランド産のアワビとでは、白人と黒人ほどの色の差があると思った。とどめを刺されて貝殻を剥がされたアワビは、生きているときはあんなに柔らかだったのに、今では堅くコリコリに身を引き締めていた。

「このコリコリがいいんだよ」
 とぼくにアワビの身を渡しながら、
「あとは内臓だからいいな」
 と縄田さんは貝殻を持っていってしまった。ま、いっか、と思っていたのだが、後で人に聞いたら、アワビは肝の部分が一番美味しいし一番高価なのだというではないか。ちくしょう、縄野め! まんまとやられた。
「食い物の恨みは恐ろしいんだぞォ!」

 アワビは宿に持って帰って刺身にして食べた。ドイツ人が気味悪そうに近寄ってきて、どんな味だ? と聞くので、
「うーん、タコかイカみたい」
 と言ったら完全に嫌われてしまった。
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