第14話 ジーザス・クライストとマオリの神様

文字数 1,408文字

 クライストチャーチという街は、その名の通りジーザス・クライスト、つまりキリスト様の街なのですね。街のど真ん中にカトリックの大聖堂がど~んとそびえ立ち、その大聖堂前の広場を中心に街が栄えていったというところなのである。

 大聖堂は高さ六十三メートル。途中の展望台までは三十六メートル。一ドル支払えば展望台まで登ることが出来、晴れた日には遙か遠くサザンアルプスの美しい山々の眺望を楽しむことが出来る。現在は高い柵が着いているので安全だが、昔そんなものがなかった頃は、三ヶ月にいっぺんは人が落っこちていたという恐るべき噂もある。でもニュージーランド観光には決して欠かせない、クライストチャーチのシンボルである。

 さて、その日ぼくは、観光ビザ延長に関する情報を得るため、街のイミグレーションオフィス(移民局事務所)へ行った。ぼくは今やすっかりニュージーランドヒッチハイク旅行の生活が気に入って、毎日が楽しくて楽しくて仕方なく、入国時に貰った三ヶ月の滞在許可が切れたあとも、出来る限り長くこの国に留まっていたいと考えていたのだ。

 しかしビザ申請のための手引き書を貰って読んだらこれは困った。観光ビザの申請料自体は二十ドル+G・S・T(グッズ・アンド・サービス・タックス。消費税のようなもの。当時は十% ちなみに日本ではまだ消費税は導入されていなかった)だったから大したことはないのだが(ちょっと前までは無料だったんだけど)一ヶ月延長するごとに千ドル以上の所持金があることと、帰りの航空券を持っているということをイミグレーションのオフィサーの前で証明して見せなければならないからだった。

 帰りの航空券は元々持っていないし、そんなもの今から買ったら、オフィサーに見せなければならない所持金はスッカラカンになってしまう。でもどうせなら三ヶ月くらいは延長しておきたいし、
「うーん、困った困った」
 とつぶやきながら、結局その日は何もせずに宿に帰って寝るしかなかった。聖書曰く、
「人間は自分の蒔いたものを刈り取る」
 のだそうである。計画性の無かったツケが回って来ちゃったということかな。


 夜九時頃、あてもなく散歩に出た。大聖堂前の広場では、暗いだけで何にもないというのに相変わらずぶらぶらしている連中が多かった。
 昼過ぎにやっていたコンサートのステージの上で、マオリ族の人たちが彼ら先住民の神様についての何かを語っていた。と、そこへジーザス擁護一派が論争を仕掛けた。野次馬がなんだなんだと集まってくる。

 ジーザス一派はいつもの、昼間にやっているような調子で大声で観客にアピールし、マオリ一派は一気に不利な立場へと追いやられた。ところがマオリ一派の中のおじさんが、突然ハカ(マオリ族が戦闘の前にする踊りで、日本ではラグビーの国際試合のときのウォークライとしてお馴染み)をおっぱじめた。あまりの唐突さと迫力にジーザス一派は一瞬茫然。ハッと我に返って慌てて反撃を試みたのだが、一方的にハカを踊り続けるおじさんと、今や圧倒的におじさん側に着いてしまった観客達のブーイングにまけて、哀れジーザス一派はクライストチャーチの夜に散ったのだった。

 勝利をおさめたマオリ族の人たちは、やがて誰からともなく静かな歌を歌い出し、感極まった女の子なんかは、隣の娘の肩に顔をうずめて泣き出してしまったりしていた。
 それははたから見ていても、何か感動的な光景だった。
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