第25話 密告

文字数 8,008文字

 信長の行動の詳細につては、その後すぐに分かった。田代がわざわざぼくの店に来て、一部始終を喋ったのである。

「太田くん、まいど~、儲かってまっか?」
「ええ、まぁ、忙しいですよ」
「そうか、それは良かったな。ホンマ心配してたんやで」
 ふーん……。

「オレもな、おかげさんで順調やねん。今度日本食の輸入始めてな、ようけ儲けさせて貰っとるわ」
「あ、なんかここいら中の日本食レストラン、全部押さえたそうですね。いきなりだったってんで、ぼくの仕入先の人なんかは、頭抱えてましたよ」
「アホかい。油断しとるからいけないんや。この世界、取るか取られるかやで」
「はぁ、まぁそうですけど、でも一応、通さなけりゃならない、仁義ってもんがあるんじゃないっスかね。競争するぞー、て言ってやるんならべつにいいんスけど、知らない間に全部取っちゃうなんてのは、寝首掻くみたいなもんで、オーナーもちょっとズルいんじゃないかと思うんスけどね」

「何言ってんや。それにこの話、進めとるのオーナーちゃう、このオレやで。だいいち太田くん、君は間違っとるよ。エエか? 世の中綺麗事だけじゃ済まされへんのやで。松下幸之助知っとるか? ナショナルとかパナソニックの人な。オレはこの人、商売の神様やと思っとんやけどね、この人なんかな、エエか? たとえばソニーが新しいウォークマン出すやろ? そしたらすぐそれを真似して、似たようなの出すんやで。ソニーの新製品開発技術ってのは凄いもんやからな。それでいて堂々と、ソニーにはうちの開発工場をやって貰って感謝してます、なんて言うんや。したたかなもんやろ。それを聞いてソニーの方は、まいりました、て言うしかないんや。分かるか? 他人がおいしい商売しとるの、黙って見逃す手があるかい。とことん取るでぇ。松下幸之助の精神でな。この世界、勝ったもんの勝ちや。手段なんて関係あらへん。負けたヤツの言うことなんて、誰が聞くかい」

「そうっスか。ま、べつにいいんですけど、通すべきものは通しておいた方がいいんじゃないかと、そう思っただけです」
 他人の主義に、これ以上口を出しても仕方があるまい。
「それにな、この辺の日本食レストランのオーナーは、みんなオレのことを押してくれとるんや。太田くんとこの仕入先の価格表までくれて、これより落とせるなら、ずっとうちから取ってくれるってとこもあるんや」

 良子さんのところの価格表まで渡ってるんじゃ、これは取られても仕方がない。
 (ふん、レストラン側もやることがえげつないや)
 これが資本主義ってもんなんだろうけど……。世の中、果たしてそれでいいのか?


 フード・フェアのミーティングは、回をおうごとに熾烈を極めた。フード・フェアの仲間のためにと、今まで散々身を粉にしてあちこち奔走してきたのに、あらぬ疑いをかけられているジョン・カービィの両の目は、怒りのために日に日に目に見えて吊り上がってきていた。

 もともとデミトリだって、ジョンが目をかけてやったからこそ、ここまでやってこれたのに……。恩を仇で返すというのは、こういうことを言うのではないだろうか? 情けなく悲しくなる、そんなやり切れない思いも、ジョン・カービィを苦しめていたに違いない。ジョンの怒りは、頂点に達した。

「デミトリを追放してやる!!」
 ぼくがスクエアに屋台を引っ張ってきた後、車を駐車場に入れに行っているため、一人で開店の準備を進めていた智子に、ジョン・カービィが迫った。

「明日のミーティングで、多数決を取る。デミトリをやめさせるのに、賛成か否かだ。智子とユキは、もちろん賛成だな? YESかNOか、今すぐ答えろ!」
「え? ちょっと待ってよ、ジョン」
「YESかNOか!?」
「ユ、ユキが帰ってからじゃないと、決められない」
 それでも「お前が決めろ!」と食い下がってくるジョン・カービィには、鬼気迫るものがあったという。

 ぼくがバタバタとスクエアに駆け戻ってくると、ジョンはサッと自分の店に戻って行ってしまい、後には蒼い顔をした智子が残されていた。
「ちょっと太田くん、今大変だったのよ。ジョンはデミトリをやめさせるんだって。明日多数決を取るから、YESかNOか、今すぐ答えろって、凄い剣幕で迫ってくるのよ。どうしよう?」
「ふーん」

 ぼくは少し考えた。実際のところ、ぼくと智子は、いや、フード・フェアの誰もが的確な情報を持っているわけではない。審議も尽くさず一個人を破滅に追いやるのは、いくら相手がいけ好かないデミトリといえども、気の毒である。それにもしかしたら(あり得ないとは思うが)、デミトリは、すっかり彼の親派のラダとズデナのように、芯から会計の不透明さに腹を立てているだけなのかも知れない。

 もし、そうだとしたら、いくら誰も手伝ってくれる者がいなかったといっても、完全なワンマンで通してきてしまった、ジョン・カービィにも落ち度はある(領収書が揃っていないのは、決定的にまずい)。
「欠席裁判はいけないやな」

 ぼくは隣の香港フード屋台の後ろにまわって、ノックした。妙に冷静を装った、ジョン・カービィが顔を出す。しかし顔は真っ赤に上気して、両目は恐ろしく吊り上がっているため、かなり興奮していることは隠せない。

「ユキ、決めたか? YESかNOか?」
「いや、ジョン、オレさ、よく分からないんだ。それでさ、デミトリとも話し合ってみて、それから決めたいと思うんだよ」
「そんな必要はない! 今決めろ! ん!?」

「ちょっ、ちょっとジョン、聞いてよ。オレと智子はジョンを信じてるよ。もちろんさ。あんたがいなかったら、オレ達は何にもできなかったし……、今こうして店を出していられるのだって、あんたのお陰だと思ってるよ。ただね、両方の意見をよく聞いてから判断したいって、そう言ってるんだよ。オレは新入りだし、店をひとつやめさせるかやめさせないかなんて、ことが重大すぎるからね。明日のミーティングまでには決めとくよ」

 しぶしぶジョンは納得した。と同時に、初めて自分に従わなかったぼくに、びっくりしていたようである。


 木曜日のスクエアでは、午後四時を過ぎれば、そろそろ全員が帰り支度を始める。いつも真っ先に支度を終えて、陽気な声でリズミカルに皆に別れを告げるのは、レバノンのジョゼフだ。最近はぼくと智子は、彼をアブ・ユセフと呼ぶことを許されていた。アブとはアラビア語でお父さんという意味、ユセフとは彼の本名なのだが、同時に彼の長男の名前でもある。つまり、ユセフのお父さん、という意味なのだ。彼はアートセンターのそばのエイボン川沿いに、アブ・ユセフ・レストランというレバニーズレストランも、併せて経営している。

「バァイバァイ、エブリバディ、また明日」
 屋台とレストランの両方の仕事でとても忙しいのだろう。声の調子とは裏ハラに、げっそりと疲れた表情だ。そして明日の夜には、再びフード・フェアのミーティングで、うんざりするほど嫌な思いをしなければならない。
 誰もが疲れ切っていた。おそらく明日の採決で、トラブルの張本人であるデミトリに、とてもではないが勝つ見込みはないだろう。

「デミトリ、ちょっと話があるんだ」
 屋台の調理用テーブルを拭いているデミトリに話しかけた。
「ふん」
 デミトリはしばらく黙ってテーブルを拭き続けながら、上目遣いの三白眼でギョロリとぼくを睨んだ。恐ろしく殺気がこもっている。
「いいだろう。終わるまで、ちょっと待ってろ」

 ぼくもまだ自分の店の片付けが終わっていなかったので、一旦戻って仕事を続けた。だいたい終わって、ふと顔を上げると、今までそこにいた筈の智子がいない。辺りをキョロキョロと見回していたら、デミトリに連れられてどんどんと遠ざかっていく智子が見えた。ぼくは慌てて追いかけた。
「あいつは何をするか分からん」

 ぼくが追いかけてくるのに気付いたデミトリは、智子をスクエアの外れの喫茶店に連れ込んだ。そしてぼくがその店に駆け込んだときには、二人とも何事もなかったかのように、コーヒーを飲んでいた。智子はどこまで呑気なんだとハラが立った。

「おい、ジャパニーズ、話って何だ?」
 畜生! なめやがって……。
「うん、オレ達はさ、英語がよく分からないんで、ミーティングのときも、話がよく見えないんだよ。それで、なんであんたがそんなにジョンを信じないのか、話を聞いてみようと思ったんだ」

「ふん、おい、とぼけんなよ。知ってんだぞ。お前ら、オレをやめさせようとしてるんだろ。おい、知ってること、洗いざらい喋ってみろ」
 デミトリは、いよいよ目にギラリと力を込めて乗り出してくる。

「ふん、お前達がオレをやめさせるなんて、絶対にできっこないんだ。絶対にだ!」
 野球の審判の「セーフ」のゼスチャーを思わせるように、体の全面で交差させた両腕を激しく横に払いながら、デミトリが叫ぶ。

「でもあんたがその調子じゃ、みんなはあんたをやめさせるよ」
「ふん、よし、いいか、秘密を教えてやる」
 デミトリは慎重に辺りに目配せをしながら、ヒソヒソ声で話し始めた。

「おい、お前はいったい、何処で仕込みをやってる、ジャパニーズ? 隠すな、知ってるぞ。フラット(アパート)だろう? お前が専用キッチンなんて持ってる筈はないからな。まぁ、待て。お前だけじゃない。ジョン・カービィだって、自宅で仕込みをしてるんだ。リチャードもジェーンもダイアもみんなだ。ちゃんと許可を受けた専用キッチンを使ってるのは、オレとレストランを持ってるジョゼフくらいのもんだ。仕込みは衛生局の許可を受けた専用キッチンでしなけりゃいけないってことは、お前も知ってるな、ジャパニーズ?」
「……………………」

「もしも! オレを! やめさせたなら……! 一切を衛生局に通報してやる」
「アハハハハ」
 思わずぼくは笑ってしまった。
「あんたの勝ちだ。こりゃ、どうしようもねぇ」
 最近、ジョンの家に三回、リチャードの家に二回も衛生局の抜き打ち検査があったと聞いた。この国の役人なんて、名指しで通報でもなければ、動く筈はない。
 (こいつの仕業か)

「いいか、ジャパニーズ、オレに味方しろ。みんながオレをやめさせると言っても、お前は絶対、NO! と言うんだ。いいな、オレに味方するんだぞ」
「ふん、考えとくさ。でもあんたがそこまでやる以上、誰もあんたを止められないさ」

 ぼくはジョンを裏切ることは絶対に出来ない。かといって切り札はデミトリが握っているのだ。当時はまだまだ「モグリ」の感も色濃く残っていたフード・フェアである。キッチンの問題を除いても、つつけば痛いところはいくらでもあった。信長のような部外者ならまだしも、完全に内部の事情を知り尽くしているデミトリが相手では、その攻撃は防ぎようがない。「八方塞がりだ」と感じた瞬間、ぼくの態度は完全に開き直っていたのだろう。それがデミトリの、次の行動を誘発したのかも知れない。


 その夜の九時過ぎであった。洗い物を終えた智子は、明日の巻きずしに使う卵焼きを焼きながら、その合間にニンジンやタマネギを手際よく切り分けていた。ぼくはその「トントントン」という心地良いまな板の音を聞きながら、今日の売り上げの集計をしていた。そこへ突然、デミトリが現れたのである。

 フラットのドアをノックされ、ドアを開けるとデミトリが立っていた。ぼくと智子は、不意を突かれて面食らった形になった。ぼくのフラットは、智子と若干の日本人以外、たとえジョン・カービィでさえも、知る筈はなかったのである。誰にも喋ったことはないし(聞かれたこともない)、フード・フェアの会報にも、まだぼくの住所は載っていなかった。

「どうやってオレのフラットが分かったんだ、デミトリ?」
 ぼくは思わずマヌケな質問をした。
 デミトリはそれには答えず、「飲みに行こう」と言った。木曜日のこの時間である。フード・フェアのどのメンバーも(もちろんデミトリのグリークフードも)、明日の営業のために、必至で仕込みを行っているのは、分かり切っている頃合いであった。

「明日の準備で忙しいから、悪いけど駄目だよ」
「そうか」
 そう言うとデミトリはズカズカと勝手に部屋の中に入ってきて、鋭い眼光でギョロリと室内を見回した。
「じゃあ、またな」
 何が何だか分からないまま、デミトリはニコリともせずに帰って行った。

「何だったんだ、あいつは」
「どうやってここ、見付けたのかしらね?」
「さあね、まさか尾けてきたのかな? だとしたらスゲーよな。でも、こんな仕込みしてるって分かり切った時間に来て、飲みに行こうってのはどうかしてるな」


 金曜日のスクエアでの営業は、週のうちで最も大きな売り上げが期待できる。土、日は街のほとんどの店が休みで、平日も夕方五時にはすべてが終了してしまうこの国では、エリアによって曜日は違うが、週に一日だけ、レイト・ナイトという制度が設けられている。その日に限っては、すべての店舗は、夜九時までは営業していなければいけないのだ。クライストチャーチの中心エリアでは、毎週金曜日がそのレイト・ナイトの日であった。

 人通りは夜遅くまで絶えず、我がフード・フェアも、この日ばかりは六時までは営業することが義務づけられていた(それでも一般の店舗より三時間も早いが)。

 土、日のアートセンターでの短時間における爆発的な勝負と違い、昼時のラッシュが終わった後でも客足は衰えないため、密度としては土、日ほどではないにしても、売り上げ的には、どの屋台でも週の最高額を叩き出していた筈である。他の人気屋台の半分も人が入っているだろうかという程度のぼくの店でも、日によっては、総売上が七百ドルを超えようかというほどの賑わいを見せていた。

 その金曜日の、いつもより二時間は遅い営業を終えてからのミーティングは、考えただけでもぞっとする。さらに今夜は、ジョン・カービィと、ジョンの失脚を狙って逆に追い詰められた手負いの狼デミトリの、全面対決の日でもあるのだ。

「あのさぁ、この抗争の結末、どうなると思う? オレ、なんかさ、うちの店だけ生け贄になって、オレ達だけやめさせられて『ハイ』って円く治まるんじゃないかって気がしてさ……」
「そうね、あたし達、両サイドの内情知りすぎてるもんね。? なんで言葉が一番分からないあたし達が、一番何でも知ってるのかしら? とにかく、うやむやに全部押し付けられて、ハイお仕舞い、てのはありえるわね」

「そうだよな。みんな結局、自分が生き残れさえすりゃいいと思ってるからな。誰かがやめてそれで済むんだったら、やっぱりやめさせられるのはオレ達だよな。理屈じゃないもんな、こんなの。あーあ、オレ達の店ももう終わりか。けっこう寿命、短かったな」

 ぼく達はただ第六感として、漠然とそんな予感を感じていた。
「あーもー、ホント、ミーティングなんて行きたくないよ」


 ミーティングは、夜の九時から始まった。こうしている間に家で翌日の仕込みをしてくれている人がいるわけではない、ぼく達やアブ・ユセフなどのところには大きな負担だ。
 今日はやはり、運命の採決の日とあってか、どこか皆の態度がぎこちない。
「ある問題を、多数決によって取り決めたい」
 いきなり最初から、ジョン・カービィが切り出した。

「ちょっと待て、ジョン。それはいったいどういう多数決だ?」
 猛然とデミトリが反発する。採決に持ち込まれては、彼にとって明らかに分が悪いからだろう。
「まさか、多数決を取るってのは、そこのジャパニーズの票も取るってことじゃないだろうな?」
 ひゃあ、きたきた。

「ジャパニーズなんて、言葉も何も分かってないのに、あたし達と同じ一票として数えるなんて、バカげてるわよ」
 ズデナがデミトリに加勢する。
 畜生、ズデナ、お前が今なんて言ってるかくらい、分かってるんだぞ。
 とにかくデミトリサイドは、理不尽であろうと無かろうと、ぼくへの個人攻撃で、どうあっても採決には持ち込ませないつもりらしい。

「いや、ジャパニーズフードだって立派な仲間だ。一票の権利を持っている。それが民主主義ってもんだろう、ズデナ? あんたの国じゃどうだったか知らないがね。さぁ、採決を始めるぞ。みんな自分が賛成だと思う方に手を挙げてくれ」
 ジョンは強引に採決に持ち込もうとする。

「ちょっと待ってくれ、ジョン。オレ達はまだ、ハラを決めちゃいないんだ」
「そうだよ、ちょっと待ってくれよ、ジョン」
 どうも初めから落ち着いていなかった、フード・フェアの他のメンバー達がストップをかけた。
 どうしたことだろう? 何かただならぬ雰囲気が感じられる。皆、怯えているようにさえ見えるのだ。ジョンもなぜか、それ以上は強引に「採決を取ろう」とは言わなかった。
 あっけないくらいに、その日の対決は持ち越された。


 翌日。土曜日のアートセンター。
 自慢の赤いテーブルクロス(実はフロアカーペットだが)を屋台に装着しようとしていたぼくの腕を、いきなりジョンが鷲掴みにして、アートセンターの古い石造りの建物の陰まで引っ張ってきた。

「どうしたの、ジョン? どうしたんだよ」
 ぼくをしゃがませて、自分も一緒に柱の陰にしゃがみ込んだジョン・カービィの様子は、どう見たって尋常ではない。
「大丈夫、大丈夫だ。心配は要らない」
「だから何のことだよ、ジョン?」
「いいんだ、いいからこの書類にサインしろ。今すぐだ」
「そりゃ、しろってんならするけどさ……。ホントにどうしたんだよ、ジョン!?」

 ジョンは何も答えずに、ぼくがその二枚の書類にサインするや、あっという間に走って行ってしまった。
「何が起こってるんだろう?」
 リチャード・バージェスをはじめとするフード・フェアの有力者達も、どこか慌ただしい。お隣のアブ・ユセフがヒョイと顔をのぞかせた。ぼくと目が合うと、少し躊躇した後、やってきた。

「よぉ、大変だったな、ジャパニーズ」
 (え?)
「さっきオレんとこに、ヘルスデパートメント(衛生局)が来たからな、ジャパニーズフードは、うちのアブ・ユセフ・レストランで仕込みをしてるって言っといたぞ。お前も奴等がきたら、そう言っとけよ。話が合わなかったら、オレの方も困るんだからな」

 うん? なんだ? どういうこっちゃ?
「……………………、あ!!」
 デ、デミトリの奴、やりやがったな!
 ぼくは戻ってきたジョンを見付けると、すぐさま確認のために走った。

「ジョン、何があったか教えてくれよ。オレの問題なんだろう?」
「……そうか。実はな、昨日、ヘルスデパートメントに密告があった」
 (やっぱり!!)
「ジャパニーズフードが、フラットで仕込みをしているのを確認したってな。心当たりは?」
「デミトリだ」
 ジョンは、そうだ、というように頷いた。

 昨晩、危うくぼくは、ヘルスデパートメントの不意打ちの手入れを食らうところだったのだ。各役所にも人脈があり、ギリギリのところで情報を入手したジョン・カービィが、裏から手を回して、手入れを一時見合わせさせたのであった。さっきサインした書類は、ぼくが「間違いなくアブ・ユセフ・レストランで仕込みをしている」という内容の陳述書に違いない。

「なるほど、見せしめというわけか」
 ジョン・カービィに付く者はこうなるぞ、というデミトリ側の、強力なデモンストレイションだった。その砲弾は、目標到達寸前で宿敵ジョン・カービィによって阻まれたものの、「実弾」としての脅威は、十分すぎるほどにグループ内に衝撃をもたらしていた。今の今まで何も知らずに、マヌケ顔でいたのはぼくだけだったのだ。あんなに嫌がっていたミーティングだったが、その場に顔を出せたということ自体、幸運だったと言わねばならない。
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