第13話 大聖堂前はお祭り広場

文字数 2,336文字

  十一月初旬。南島、国道一号線。
 ぼくは自分で車を運転して、クライストチャーチへと向かっていた。たまたまフェリーで知り合ったフレッドさんというおじさんに気に入られて、その人の車でクライストチャーチまで連れて行って貰うことになったのだが、

 途中つい、
「ぼくも運転したいなぁ」
 と言ったら、
「じゃ、ちょっとだけかわってみるか」
 ということになって、でもおじさんは助手席に移った途端にジンをガバガバ飲み始めて、あっという間にベロベロのヨレヨレになってしまった。で、仕方なく最後までぼくの運転でクライストチャーチまで行かざるをえなくなってしまったのだ。ぼくはきっちり時速百キロをキープして(それ以上出すとおじさんが怒る)、昼過ぎにはクライストチャーチに到着した。

 日中は日差しも強烈でジリジリと暑かったのに、夜半から雨が降り始め、翌日は異常に寒かった。前日は真夏だったのに、次の日は真冬である。しかし一日の中に四季があると言われるこの国では、そのくらいのことにいちいち驚いてはいられない。

 それにしても日本のガイドブックによくある、
「ニュージーランドは一年中温暖な国である」
 なんていうのは、まったくの嘘っぱちだ。夏は暑いし冬は寒いのだ。六月が最高なんて訳知り顔で言っているヤツ、本当に六月に行ってみろ! 六月なんて、クライストチャーチでさえ、日中の気温がマイナス四度とかそんなものである。それによく考えてみたら、ここは南極にかなり近いのだった。真夏だからといって、油断は出来ないほど寒くなったりもするのである。

 そういえばクライストチャーチの空港は、アメリカNASAの南極観測用の基地にもなっている。それで、アメリカの市民からクライストチャーチに向けて、お礼ということでトーテムポールが贈られた。現在もしっかりと立っているようだが、果たして、クライストチャーチの市民は「お礼だ」なぁんてあれだけ貰ったところで、本当に嬉しかったであろうか? アメリカは核を積んだ船で寄港するなとか、言いたいことは山ほどあるはずだが、ま、三秒考えたけど、やめた。
 雨は一日中降り続き、ぼくは一日中ユースホステルの中で震えていた。


 翌日は秋晴れのように(初夏だけど)爽やかな天気になったので、大聖堂前の広場でウィザード(魔法使い)の演説を聞いていた。ウィザードはこのクライストチャーチの名物じいさんで、魔法使いの黒ずくめの衣装を着ては(いつの頃からか夏場は白い衣装を着るようになったが)、毎日午後一時半頃になると脚立を担いで現れて、神様についての大演説を繰り広げる。そういう人は、通りすがりに演説を始めてしまうおばちゃんなども含めて沢山いるのだが、中でもこのじいさんの観客動員数はダントツである。それはそうだろう。彼は新聞、テレビ、各国のガイドブックなどに頻繁に登場するので、ニュージーランド国内に限らず、世界的にも非常に有名なのである。

 そして観客の中にも、いわゆるこういう「神様の味方」の人たちと討論をおっぱじめる人たちも結構いるので、毎日見に行っていてもそれなりに楽しめるのだ。
 その他にもこの大聖堂前広場では、暖かくなってくると何かとイベントが開かれる。歌あり踊りありオーケストラあり。また通りすがりの人や街のエンターテイナー達もそこここで突然何か楽しいことを始めるので、昼時の大聖堂前広場は、そこにいるだけでとっても愉快なことがいっぱいあるのである。

 月曜日から金曜日にかけては、亡命や移民の人々が天幕を張ってその下にテーブルを並べた炊き出し風のフードストール(屋台)も立ち並び(数多く出るのは木、金で、特に金曜日はすごい)、木、金(冬場は金のみ)には、いろいろな品物のバザーの出店も沢山あって、週末の大聖堂前広場の人出と盛り上がりにはなかなか凄まじいものがあった。

 平日の昼間っからこんなにも人出があるなんて、この国の人たち、仕事はいったいどうしてるの……?
 と不思議に思ってしまうほど、学校に行っているくらいの年頃の子供を除いた、つまり働き盛りの人たちが、人の頭以外は何も見えなくなるくらい集まってきてしまうのだ(そこまで盛り上がるのは夏場の週末だけだけど)。

 土、日はその人出は一転してアートセンターへと流れるので、大聖堂前は静かになる。フードストールやその他の屋台も全てアートセンターで出店しているし、エンターテイナー達もやはり、アートセンターの中のどこかでその達者な芸を披露しているからだ。

 アートセンターというのは、大聖堂から歩いて五分ほどの所にある、カンタベリー大学の旧校舎を丸まる利用した、文化センターのような所で、古い中世風の石造りの建物の中には、伝統的なマオリ工芸の工房をはじめとして、様々な工芸作品が展示販売されている。

 フードストールの正式名称はインターナショナル・フード・フェアといって、出店している店の国名は、タイ、ギリシャ、香港、インド、インドネシア、フィリピン、レバノン、チェコ・スロバキア、そして日本の九カ国。そのうちタイは二店、香港は三店の店が並ぶので、計十二店ということになる。

 アートセンターにおいては彼らと別グループのフードストールも並ぶので、その数及び国籍もレパートリーを増す。その他アイスクリーム屋やクレープ屋など、インターナショナル・フード・フェアを中心とした一連のフードマーケットは、今や市民の生活、あらゆるイベント、及びクライストチャーチ観光の呼び物の中で、切っても切れない重要なポジションを占めているのだ。

 その頃はまさか、いずれ自分がその一員となるとは思いもよらず、のんびりとその日その日を旅する、ただのヒッチハイカーのぼくだった。
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