第21話 真夏のクリスマス
文字数 2,097文字
テカポに戻って、ひとみさんに屋台の話をした。
「ひとみさん、一緒にお店やんない?」
「やだ! 縄野さんでも誘えば?」
「ゲェッ、なんで縄野さんが出てくるのさ」
「だってあの人、クライストチャーチで“信長”て日本食のお店やってたことがあるんだってよ」
「ふーん。でもあの人と一緒にやったら、儲けの九十%くらいは取られちゃいそうだから、やだ」
「ありゃケチだからな」
ガソリンスタンドの前でひとみさんと別れ、アイスクリームを買いに行った。アイスを舐めながら歩いていると、向こうから見覚えのあるジャンパー姿が……、縄野さんだ! あの人は本当に不思議なんだけれども、どこにいても、噂をすると必ず姿を現すのだ。ホントに必ず現れるからビックリである。
「おい、誰が儲けの九十%取っちまうって?」
あちゃー、ひとみさんめ、もうばらしやがった。ひとみさんという人は、相手が誰であろうと、聞いたことはあっという間に右から左へと流してしまう人なのだ。いや、まぁ、ぼくも周りの他の連中も、みんな同じなんだけど……。
「いやっ、それは……」
「オレはそんなにケチじゃねぇぞ。貰うとしても、せいぜい八十五%ってところだ」
ちっともジョークに聞こえねぇよ。
前庭でひとみさんが洗濯物を干していた。その周りでぼくと縄野さんがなんだかんだと討論していると、庄三さんが坊主頭の人と一緒に、正面に見える小山「マウント・ジョン」から帰ってきた。庄三さんとは、フィヨルドランド国立公園のテ・アナウ・ユースで、一緒に遅くまで、折り紙の研究をした仲である。
翌日、縄野さんと坊主頭の日本人がクライストチャーチへヒッチで向かった。それから三十分くらいして、テカポは突如として暴風雨に見舞われてしまった。坊主の人には気の毒だが、
「縄野さん今頃ビショ濡れかな? キヒヒヒヒ」
と皆ニヤニヤしていた。縄野さんが不運な目に遭うと、皆知らず知らずのうちに顔がほころんでしまうのだ。
それにしても、話題に事欠いたときに、彼ほど便利な人間はいない。その年ニュージーランドを旅した人なら、誰もがあの人を知っているし、必ず何かしら「こんにゃろ」と思えることをやってくれているので、初対面の人と話すときでも、
「縄野さんて知ってる?」
とふると、
「知ってる知ってる。あの人さぁ……」
という具合ににわかに会話が盛り上がって、楽しい一時が過ごせるのだ。
午後には再び快晴になったので、庄三さんも出て行ってしまった。この人は「ちょっと床屋に行って来る」と言って出て行くから、テカポに床屋なんてあったっけな? と首を傾げていたら、案の定なかなか帰ってこなくて、というか実は三日くらい帰ってこなくて、つまり彼は床屋に行くため、クライストチャーチまでヒッチして行ったらしいので、唖然とした。三百キロ以上あるんですけど……。
皆出て行ってしまったので、しばらくはひとみさんと二人っきりで喋っている日々が続いた。
ぼくもそろそろクライストチャーチに戻って、店のノウハウを覚えなければ。しかしど素人のぼくが、仮にも日本代表的に日本食の屋台なんて出してしまってもいいのだろうか? ぼくはもっぱらそのことで悩んでいた。
しかししかし、こういうことは料理の腕云々よりも、まずそのチャンスに巡り会えるかどうかが問題なのだ。そしてぼくは巡り会った。あとは勇気を出してそれを掴みに行くだけなのだ。素人だって美味いものを作ればいいじゃないか。しかし今回の事態は、今後の人生を大きく左右しかねないほどの、ひとつの大きな賭になるかも。
困った困った、と言いながら、ぼくはユースのシャワールームの掃除をさせられていた。させられていたと言っても、そのかわり一泊無料なんだけれどね。
そういえば、縄野さんもよくユースの掃除をする代わりに宿泊無料! という手を使ってたっけ。カイコウラでなんか「窓を全部拭くから無料にしろ」とやって、一日目、窓の内側だけ雑巾で拭いて無料で泊まった。そして二日目、今度は「外側を拭くから無料にしろ」と言いだしたのでまったく呆れた。でも結局なんやかやで彼はいつも無料で泊まっていたのだ。そして、
「オレはいつも無料だ」
と皆に自慢していた。呆れてはしまうが、なかなかタフな生き様を見せてくれるので、感心もしてしまう。
そろそろクリスマスが近づいている。
ある日ぼくたちはナイジェルの車に乗って、クリスマスツリーにちょうど良さそうなモミの木を森に探しに行った。あれがいいかな、いや、こっちの方がいいかな、なんて皆でわいわいやるのはとても楽しいことだった。大きくて形のいいやつを切り出して、ユースのラウンジで飾り付けをする。ああ、なんて平和なんだろう。これが幸せってものなのねっていう感じである。
ぼくがまた、アイスを買いに外に出ると、消防車がスピーカーを大音響で鳴らして、大騒ぎをしながら走り回っていた。どうやらメリークリスマスと言っているらしい。運転席には、ベロベロに酔っぱらってビールを抱えたサンタクロースが乗っていた。
やっぱりテカポは平和だなぁ(今、火事が起こったらどうするんだろう?)。
「ひとみさん、一緒にお店やんない?」
「やだ! 縄野さんでも誘えば?」
「ゲェッ、なんで縄野さんが出てくるのさ」
「だってあの人、クライストチャーチで“信長”て日本食のお店やってたことがあるんだってよ」
「ふーん。でもあの人と一緒にやったら、儲けの九十%くらいは取られちゃいそうだから、やだ」
「ありゃケチだからな」
ガソリンスタンドの前でひとみさんと別れ、アイスクリームを買いに行った。アイスを舐めながら歩いていると、向こうから見覚えのあるジャンパー姿が……、縄野さんだ! あの人は本当に不思議なんだけれども、どこにいても、噂をすると必ず姿を現すのだ。ホントに必ず現れるからビックリである。
「おい、誰が儲けの九十%取っちまうって?」
あちゃー、ひとみさんめ、もうばらしやがった。ひとみさんという人は、相手が誰であろうと、聞いたことはあっという間に右から左へと流してしまう人なのだ。いや、まぁ、ぼくも周りの他の連中も、みんな同じなんだけど……。
「いやっ、それは……」
「オレはそんなにケチじゃねぇぞ。貰うとしても、せいぜい八十五%ってところだ」
ちっともジョークに聞こえねぇよ。
前庭でひとみさんが洗濯物を干していた。その周りでぼくと縄野さんがなんだかんだと討論していると、庄三さんが坊主頭の人と一緒に、正面に見える小山「マウント・ジョン」から帰ってきた。庄三さんとは、フィヨルドランド国立公園のテ・アナウ・ユースで、一緒に遅くまで、折り紙の研究をした仲である。
翌日、縄野さんと坊主頭の日本人がクライストチャーチへヒッチで向かった。それから三十分くらいして、テカポは突如として暴風雨に見舞われてしまった。坊主の人には気の毒だが、
「縄野さん今頃ビショ濡れかな? キヒヒヒヒ」
と皆ニヤニヤしていた。縄野さんが不運な目に遭うと、皆知らず知らずのうちに顔がほころんでしまうのだ。
それにしても、話題に事欠いたときに、彼ほど便利な人間はいない。その年ニュージーランドを旅した人なら、誰もがあの人を知っているし、必ず何かしら「こんにゃろ」と思えることをやってくれているので、初対面の人と話すときでも、
「縄野さんて知ってる?」
とふると、
「知ってる知ってる。あの人さぁ……」
という具合ににわかに会話が盛り上がって、楽しい一時が過ごせるのだ。
午後には再び快晴になったので、庄三さんも出て行ってしまった。この人は「ちょっと床屋に行って来る」と言って出て行くから、テカポに床屋なんてあったっけな? と首を傾げていたら、案の定なかなか帰ってこなくて、というか実は三日くらい帰ってこなくて、つまり彼は床屋に行くため、クライストチャーチまでヒッチして行ったらしいので、唖然とした。三百キロ以上あるんですけど……。
皆出て行ってしまったので、しばらくはひとみさんと二人っきりで喋っている日々が続いた。
ぼくもそろそろクライストチャーチに戻って、店のノウハウを覚えなければ。しかしど素人のぼくが、仮にも日本代表的に日本食の屋台なんて出してしまってもいいのだろうか? ぼくはもっぱらそのことで悩んでいた。
しかししかし、こういうことは料理の腕云々よりも、まずそのチャンスに巡り会えるかどうかが問題なのだ。そしてぼくは巡り会った。あとは勇気を出してそれを掴みに行くだけなのだ。素人だって美味いものを作ればいいじゃないか。しかし今回の事態は、今後の人生を大きく左右しかねないほどの、ひとつの大きな賭になるかも。
困った困った、と言いながら、ぼくはユースのシャワールームの掃除をさせられていた。させられていたと言っても、そのかわり一泊無料なんだけれどね。
そういえば、縄野さんもよくユースの掃除をする代わりに宿泊無料! という手を使ってたっけ。カイコウラでなんか「窓を全部拭くから無料にしろ」とやって、一日目、窓の内側だけ雑巾で拭いて無料で泊まった。そして二日目、今度は「外側を拭くから無料にしろ」と言いだしたのでまったく呆れた。でも結局なんやかやで彼はいつも無料で泊まっていたのだ。そして、
「オレはいつも無料だ」
と皆に自慢していた。呆れてはしまうが、なかなかタフな生き様を見せてくれるので、感心もしてしまう。
そろそろクリスマスが近づいている。
ある日ぼくたちはナイジェルの車に乗って、クリスマスツリーにちょうど良さそうなモミの木を森に探しに行った。あれがいいかな、いや、こっちの方がいいかな、なんて皆でわいわいやるのはとても楽しいことだった。大きくて形のいいやつを切り出して、ユースのラウンジで飾り付けをする。ああ、なんて平和なんだろう。これが幸せってものなのねっていう感じである。
ぼくがまた、アイスを買いに外に出ると、消防車がスピーカーを大音響で鳴らして、大騒ぎをしながら走り回っていた。どうやらメリークリスマスと言っているらしい。運転席には、ベロベロに酔っぱらってビールを抱えたサンタクロースが乗っていた。
やっぱりテカポは平和だなぁ(今、火事が起こったらどうするんだろう?)。