第23話:M友学園事件

文字数 1,512文字

 電話を受けた記者は「これは何かおかしい」と感じ、すぐに取材を始めた。取材は、警察や行政などの公の機関が把握している情報を聞き出したり調査している情報を入手したりすることが多い。しかし、今回の土地取引問題の場合、自分達で情報を集め、自分達の責任で報じる必要がある。調査報道は、まず、公開されているデータを集めるところから始まった。

 電話を受けた記者が最初に当たったのもネット上の情報だった。幾つかホームページを調べて、すぐに分かったことは大きく言って三つある。その土地はM友学園というところに売却された。M友学園は。そこに小学校を建設しようとしている。そのM友小学校の名誉校長には、安倍首相の妻、安倍昭恵氏が就いていることだった。

 次に財務省が公表している土地の売却価格の一覧を見た。他の土地は全て金額が書かれているのに、この土地の価格の欄は横1本の棒で、数字が記入されていなかった。説明を聞こうと、売却の窓口となった財務省近畿財務局に当たった。しかし担当者はこう言うだけだった。 「そこは公表できません、学園側の要望です」A新聞の記者にはある疑問が浮かんだ。

「答えられません」答えの中につかんだ感触。「M友学園が公表しないでくださいと要望したら、非公表にできるのか」そこで他の国有地を買い取った複数の機関に、購入価格を非公表にできるのかを聞いてみた。すると、返ってきた答えは「当然、公表しますね、と言われた」「公表するのが当たり前じゃないですか」だった。

 そもそも、幾らで土地を買ったのかはあまり知ってもらいたい情報ではない。だから、非公表でいいなら当然公表しないということになる。非公表になっているのは異例のことなのではないか。実際の価格はいくらだったのか。関係者への取材を続けていくと隣の同じ位の広さの土地を豊中市が買ったことが分かった。市に取材すると、その土地は14億2300万円だったという。

 また、別の学校法人がこの国有地を買おうとしていたことも分かった。その学校法人は取材に、「数億で売ってくれ、と言ったところ、それじゃ安すぎるといって成立しなかった」と明かした。これで金額の相場観はつかめてきた。そこで法務局でこの国有地の不動産登記簿謄本を取得してみた。見慣れない記述をみつけた。

 「買い戻し特約1億3400万円」これはなんだろう。不動産業界をよく知る関係者に取材してみると、それは売買の価格と同じということが多い。国側がその土地を買い戻さなければならなくなったときの金額を事前に決めたもので売買の代金と同じというのが基本とのことだった。

 つまり、隣の同じ位の広さの国有地が14億円なのに、あの土地の売却価格は1億3400万円、そうした取引の姿がおぼろげながら見えてきた。ただ、報道するにはその金額だと断定する必要だ。もう一度、記者は近畿財務局にアポイントをとって赴き、担当者に尋ねた。「価格が非公開なのはおかしい。売却価格は幾らですか?」

 担当職員からは「M友学園から公表の同意が得られなかった。経営上の問題があると言われたんです」という答えが返ってきた。そこで、「なぜ売却価格の公表が経営の問題になるんですか」と問うた。しかし、「その理由は答えられない」の一点張りだった。何とかして価格を知りたい。不動産登記簿に書かれた「買い戻し特約」の金額を示して、こうぶつけた。

「こういう記載があります。売却価格はこの1億3400万円じゃないですか」
職員の答えはこうだった。「はいはい。そういう記載があるとは知っていますが答えられません」
KI氏へ直接取材の意外な展開。新聞記者の世界には、「勘取り」という言葉がある。
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