青の城 6

文字数 3,539文字

 体中を清浄したタカトは、特に何も考えずに真っ直ぐ食堂へと姿を現した。
 いつもと変わらないのであれば、その時間にはアッシュと食事をとっている。彼は自分一人がいない程度では予定を変えたりしないし、ましてや自分が来るまで待ったりもしない。恐らくノンノと一緒にいつも通りの食事をしているだろうと読んだのだ。もしかすれば、あの青の髪の少女も一緒にいるのかもしれない。
 あの、食事以外にこれといって趣味のないあの男は、少なくとも食事前に人を害することはしないだろう。ノンノが一緒にいれば、まず間違いない。唯一の心配は自分と同じくあの城の中に居候中の石頭な吸血貴族だが、アッシュ一直線なあの男の事だ。アッシュにその意思がない限り、あの少女に手出しは出来ないだろう。自分が連れてきたのなら、尚。妙に敵視されているのは判っているが、力の差だけはどうしようもないものだ。
 そんな風に楽天的に考えていた彼を真っ先に出迎えたのは、その石頭魔王様命な長い黒髪の吸血貴族。切れ長の目の中にある赤い瞳が、見るからに不穏な気配を漂わせている。
 アッシュは何時もの席で、此方には興味ないらしく食事後の一服を楽しんでいる。ノンノと、あの青髪の少女は現れたタカトの姿にそれぞれ声も無く反応を向けてきた。片や嬉しそうに、片や驚愕に顔を染めて。

「タカト」
「お前なぁ? 俺のことはタカちゃん♪と呼んでくれって言ってるだろう」
「た〜か〜と〜〜〜!?」

 へら、っと笑いながらケーディの呼びかけに軽口で応えたタカトに更に表情を険しくしたケーディが詰め寄る。その美しい顔が怒りに染まる様は、それはそれで見栄えがするものであるが残念ながら彼の守備範囲は幼女からお婆さんまでという女性限定年齢問わず(それはそれでいかがなものかと言われそうであるが)なので、特に感慨もない。
 この城の中では最もよく見られる光景の一つ、タカトとケーディの口喧嘩もどきに今更ノンノとアッシュは仲介に入ることもない。アッシュに関しては最初から関与してこなかったが。

「たかちゃん、おかえりなさいなの~」
「おう。ただいま。いい子にしてたか? ノンノ」
「はい! たかちゃんの分のごはんはのこってるのよ~」
「あぁ。ありがとな、アッシュ」

 にこにこと挨拶をしてくれたノンノに手を挙げて返事をして、奥のほうにいるアッシュにも一応礼を言う。
 殆どの物事に無関心なあの青い魔王が、一応遅刻をしても自分の分は残しておいてくれるのだから、それなりに特別扱いされているのだろうという自覚はタカトも持っている。まぁ、彼とは両親共々、生まれた頃からの縁があるし彼がまだノンノ位の年のころから親代わりに面倒を見てきたのだ。それで他のものと同じ扱いだった日にはそれはそれでちょっと悲しいかもしれない。
 今も昔も無表情なダンピールは、礼を言ってもこれといって反応もしない。
 敬意の欠片もない態度は何時もの事で、魔王とはいえ全ての魔族が必ず平伏さなければいけないというわけではない。殆どの場合は、その圧倒的な魔力の前に本能的に平伏してしまうという方が正しいだろう。そこに、純粋な忠誠など存在しない。魔族的な視点で見ればケーディが変わり者なのだ。
 しかもタカトの場合は、魔王に匹敵するだけの力がある。従ってこの態度をしても問題は無い。魔王本人も周りからの忠誠を求める性格ではない。
 ただ、そんな彼の態度に不機嫌になる珍しい魔族がただ一人……ある意味で誰よりも魔族らしく、己が欲望に忠実に魔王の忠犬街道を突き進む男。

「タカト、何を考えて人間などを連れ込んだ!」

 柳眉を逆立て詰め寄る姿は吸血鬼らしくないけれど。
 人間っぽいなどと言おうものなら本気で腕の一本でも取りに来られそうだ。

「いやあ、俺って情に深いからさ」

 そんなケーディの姿にも動じることなく笑って応えるタカトも姿だけなら全く吸血鬼らしくないわけだが。

「此処が何処だか判ってるのか!?」
「当然だろう。俺はお前さんよりも前からここに住んでるんだぜ?」

 魔王の居城。
 アッシュの属する一族が昔から住んでいる、壮麗な古城。
 タカトは、アッシュの両親から彼を頼まれたときからこの城に住み着いている。昔はアッシュの世話をするためと、彼の命を狙ってやってくる他の眷族に対する牽制のためであった。

「そもそも! 何故、まだ此処に住まう必要があるのだ!! お前にも城の一つや二つあるだろう!」
「まぁな~。一つ二つどころじゃなく在るけどさ~」

 何千年も生き続け吸血鬼の中でも最古老に属するタカトは、総額も分からぬ程かなりの財産を所有していることでも有名である。それは彼が世代交代を行っていない稀有な存在であり、他者に奪われるほど弱くも無く売る機会もなかったので長い時間の中で結果的に増えてしまったもの。実は本人も全てを把握していないくらいには、大資産家に値する。
 ケーディの言うとおり、此処に住む絶対の理由は存在しない。
 家だろうが城だろうがいくつも持っている。

「ならば、いつまで此処に居座っているつもりだ!」

 結局、この魔王に一途な貴族は、忠誠どころか対等な立場でこの城に居続ける自分が気に食わないのだろう。
 性格そのものは嫌いじゃないんだがなぁ、とタカトは心の中でこっそり苦笑する。
 融通の利かないこの若い吸血貴族は(といっても、彼にかかればどんな同族も「若い」と表現可能なわけだが)思い込んだら命懸け忠誠街道まっしぐら主君にくびったけ、というどうにも吸血鬼らしくない性格を併せ持っている。その他の部分はこれ以上ないほど吸血鬼らしいというのに。
 とりあえず、一つだけ言える事は……からかうと面白いヤツだということ。

「えっと、アッシュに追い出されるまで?」

 にまり、と笑ってそう返せば、心底腹立たしそうに形のいい唇を噛むケーディ。
 彼も、そしてこの魔王の一番の腹心であろうとする彼も解っているのだ。この面倒くさがりで周りに無関心な青い魔族の王が、余程なことでもない限り一度傍に置くのを許した存在を叩き出したりはしないということを。
 ノンノが、いい例だ。
 ある日突然、タカトが連れ帰った人間の幼い娘。
 邪気のない彼女をアッシュは特に文句を言うでもなく沈黙で迎えた。その後、彼女が誤って城の装飾品を壊してしまっても怒ったりはしないし、頼みもしないのに来た日からノンノの分の食事を用意してくれるようになった。
 自分に対して含むところのない者に対しては、歓迎しないまでも拒絶もしないのがこの魔王だった。これが、媚びや悪意を持っていた場合に敏感に反応し、即刻叩き出してしまう一面も持つ(なのにケーディが追い出されてないのは、媚びというより己が殺されるも厭わぬほど純粋な忠誠だったせいで対応しかねたんだろうと思われる)。
 猫のような、とはこっそりタカトが思っている彼への感想。

「だからといって、更に人間を連れ込むな!!」
「しょうがないだろう? 家の目の前でヤられかかってるお嬢さんを見捨てておけるかよ。しかもほら、アッシュと同じだし?」
「しかしだな」
「じゃあお前は、アッシュと同じ姿のあのお嬢さんがそこらの馬鹿にヤられかかってるのを黙ってみてろ、ってのか?」

 同じ『青』という言葉で表現できる、髪と瞳。
 目線だけでそれを示せば、ちらりと彼女に目を遣ってケーディは不快そうに息を吐く。
 二人に見られて、ベータは困ったようにおろおろと顔を伏せてしまった。その彼女にノンノが「だいじょうぶなのよ~」と声をかけている。

「まったく」

 ほんの少しだけ、ケーディの表情が軟化した。
 魔王であるアッシュの力にもだが、その姿にも何らかの執着があるらしい(しかしこれは純粋に敬愛の域を出ないものだと本人は言っている)彼のことだ。アッシュと関係ないと解っていても、つまらぬ誰かに同じ色を持つ者が害されることは嫌だと思ったのだろう。もしかすると、リアルな想像をしてしまったのかもしれない。恐らく、この世界で唯一のアッシュと同じ青の色彩を髪と瞳に纏う存在だ。例え人間であったとしてもケーディは無下にすることが出来ないに違いない。
 これで眷属にされてない、というのが不思議なくらいだとタカトは思う。
 この見た目だけを面白がって無闇に手を出しそうな魔族はいくらでもいそうなのに。
 長く生きていると面白いものがたくさん見れるものだ、と彼は改めてまだ名も知らぬ少女を見てほくそ笑んだ。しばらく退屈しそうにない。ノンノがいるだけでも退屈とはサヨナラ出来ているけれど、生活は面白ければ面白いほどイイに決まっている。
 基本的に己の快楽を優先させるあたりは、数少ない彼の吸血鬼としての本能の一部であるらしい。
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