戦乙女 4
文字数 2,361文字
目の前を軽快に歩いていくポニーテールの少女を、ミオナは少し後ろを着いて行きながら観察していた。
おおよそハンターには見えない軽装で、小さな体は華奢と言って過言ではないものだった。ミオナも道着姿で人の事が言える訳ではないのだが、彼女はそんなミオナよりも遥かに軽装に見えた。武器らしいものも、外見ではまったく見当たらない程に。
これが高名なヴァンパイアハンターだと言われても、誰も信じないだろう。
「あの……」
「何だ」
話しかければ、振り向きもせずにマイラは返事をする。
堅い声はまるで拒絶されているようにも聞こえたが、負けずにミオナは彼女に話し掛け続けた。こんな程度で萎縮するような神経でハンターをやっていけるなんて最初から思ってない。
「これから何処に行くのですか?」
「仕事の依頼を受けている。今から、その依頼者に会いに行くところだ……そなたが嫌であれば、何処かに宿を取るから先に休んでいるといい。仕事は、その後に向かうからな」
淡々と語るその口調からは、何も感じ取れない。
責めるものも、侮るものも、呆れるものも。
もしかしたら彼女はただ、こういう人との関わりに慣れていないか、興味が無いだけなのかもしれないとミオナは思う。馴れ合おうという態度もないけれど、拒絶も感じられなかったから。
そういう人なのだと、考えた方が良いのかもしれないと思いながらミオナは頭を振って返事をした。
「いえ。私もお付き合いします。その仕事は……」
「あぁ、詳しく話を聞いていないから断言は出来ぬが、吸血鬼が関わっている可能性が高いだろう。嫌か?」
「いいえ。望む所です」
「ふふ…そうか」
歩調は緩めないままに、それでも伝わってくる空気が柔らかくなったような気がする。
だからかもしれない。
そんな事を訊いてみようと思ったのは。
「あの、マイラさん?」
「何だ」
「貴方は、どうしてハンターになろうと思ったのですか?」
ミオナ自身は、ミーシアの家に生まれついたというただそれだけで、小さな頃から自分がやがてハンターになるのだということを当たり前のように考えていた部分があった。その使命を疑問に思った事は一度もないし、そういうものだとすんなりと受け止めていた。
だから、マイラのような少女がどうしてハンターになろうと思うのかは分からない。ミーシアの家の基準よりさらに若くして世に出たらしい相手に対し、今日まで家に留められてたミオナとしては理由がひどく気になった。
じっとマイラの後姿を見つめながら問いかけると、彼女はしばらくの沈黙の後に足を止め、ミオナの方を振り返る。
「そなたは、魔族に家族を奪われて泣くものを見た事があるか?」
「……いいえ」
「私は、そういう者をこの世界から一人でも減らしたい。その為にハンターになった」
真っ直ぐな琥珀の瞳は、曇りなくミオナを写していた。
「なぜ、吸血鬼ばかりを?」
ヴァンパイアハンターとして名を馳せるという事は、それだけ吸血鬼を倒してきたという事。しかし、その目的であれば吸血鬼ばかりを狙う必要はないはずだった。
ミオナの問いかけに対して彼女はふっと笑った。
「別に吸血鬼に恨みがあるわけではないのだが、私の能力は吸血鬼に対して最も有効だ。それに」
「それに?」
「吸血鬼の関わる依頼は高額になる……一般庶民にはどうしようもない額になってしまい、泣き寝入りする場合も少なくない。ハンターは金額で仕事を選ぶものが圧倒的に多いから。慈善事業ではない。命をかけた仕事なのだから致し方ない面もある。だが、私は貧しい者から取るような事はしないからな…結果的に、吸血鬼に関する依頼が多くなってしまうのだ」
それを誇る事もなく、まるで天気の話でもするかのように淡々と述べるマイラを見ながら、ミオナはその言葉に嘘がないことを感じた。
自分よりも年下の少女だが、此処にいるのは立派なハンターの一人であると……それは、ミオナが彼女を認めた瞬間でもあった。
道の真ん中で立ち止まった目立つ彼女達を通り過ぎる者達は不思議そうに眺めていたが、そんな目線も気になることなく二人はしばらく互いの様子を窺うように見詰め合っていた。
最初に沈黙を破ったのは、やはりミオナで。
「お金が欲しくはないのですか?」
「最低限あればそれで良い。そなたは欲しいのか?」
「いえ……」
真っ直ぐな琥珀の目で不思議そうに問い返されて、ミオナは苦笑しながら否定した。
その為にハンターになりたいのではないのは、ミオナも同じだったから。
そんな彼女の苦笑をどうとったのか、マイラは突然胸を張って傲慢にも見える微笑を浮かべながら言い放った。
「そうか。まぁ、心配せずともそなた一人を養うのに苦労はしないくらいの甲斐性はあるつもりだからな」
「……え? いえ、あの、私そういう心配をしているわけでは…」
大きな青の瞳を見開いて、きょとんとマイラを見返すミオナ。
再度落ちた沈黙は、初めのそれよりもどこか柔らかな雰囲気で。
「……ふ」
「……ふふっ…何だか、可笑しいですわね」
どちらともなく笑い声で遮られ、笑い終えた頃には二人はすっかりお互いに対するわだかまりはなくなっていた。
何処か似た部分の多い彼女達は、いい意味でそれを受け止めたのだ。
そして再び歩き始める……その時。
「フフフフフ……」
「何奴!!」
突然響いた怪しい笑い声に、ミオナは不穏なものを感じてデーモンキラーに手を掛け周囲を見回す。
マイラのほうといえば、彼女のような動揺を見せる事もなく目の前の空間を見据えている。まるでそれを知っているかのように、マイラの見ている場所がぐにゃりと歪んだのはその時。
「イワツマン参上~~~!!」
「きゃ、きゃあぁぁぁぁぁっ!!」
歪んだ空間から出現した奇怪な存在に、ミオナの悲鳴が辺りに響き渡った……
おおよそハンターには見えない軽装で、小さな体は華奢と言って過言ではないものだった。ミオナも道着姿で人の事が言える訳ではないのだが、彼女はそんなミオナよりも遥かに軽装に見えた。武器らしいものも、外見ではまったく見当たらない程に。
これが高名なヴァンパイアハンターだと言われても、誰も信じないだろう。
「あの……」
「何だ」
話しかければ、振り向きもせずにマイラは返事をする。
堅い声はまるで拒絶されているようにも聞こえたが、負けずにミオナは彼女に話し掛け続けた。こんな程度で萎縮するような神経でハンターをやっていけるなんて最初から思ってない。
「これから何処に行くのですか?」
「仕事の依頼を受けている。今から、その依頼者に会いに行くところだ……そなたが嫌であれば、何処かに宿を取るから先に休んでいるといい。仕事は、その後に向かうからな」
淡々と語るその口調からは、何も感じ取れない。
責めるものも、侮るものも、呆れるものも。
もしかしたら彼女はただ、こういう人との関わりに慣れていないか、興味が無いだけなのかもしれないとミオナは思う。馴れ合おうという態度もないけれど、拒絶も感じられなかったから。
そういう人なのだと、考えた方が良いのかもしれないと思いながらミオナは頭を振って返事をした。
「いえ。私もお付き合いします。その仕事は……」
「あぁ、詳しく話を聞いていないから断言は出来ぬが、吸血鬼が関わっている可能性が高いだろう。嫌か?」
「いいえ。望む所です」
「ふふ…そうか」
歩調は緩めないままに、それでも伝わってくる空気が柔らかくなったような気がする。
だからかもしれない。
そんな事を訊いてみようと思ったのは。
「あの、マイラさん?」
「何だ」
「貴方は、どうしてハンターになろうと思ったのですか?」
ミオナ自身は、ミーシアの家に生まれついたというただそれだけで、小さな頃から自分がやがてハンターになるのだということを当たり前のように考えていた部分があった。その使命を疑問に思った事は一度もないし、そういうものだとすんなりと受け止めていた。
だから、マイラのような少女がどうしてハンターになろうと思うのかは分からない。ミーシアの家の基準よりさらに若くして世に出たらしい相手に対し、今日まで家に留められてたミオナとしては理由がひどく気になった。
じっとマイラの後姿を見つめながら問いかけると、彼女はしばらくの沈黙の後に足を止め、ミオナの方を振り返る。
「そなたは、魔族に家族を奪われて泣くものを見た事があるか?」
「……いいえ」
「私は、そういう者をこの世界から一人でも減らしたい。その為にハンターになった」
真っ直ぐな琥珀の瞳は、曇りなくミオナを写していた。
「なぜ、吸血鬼ばかりを?」
ヴァンパイアハンターとして名を馳せるという事は、それだけ吸血鬼を倒してきたという事。しかし、その目的であれば吸血鬼ばかりを狙う必要はないはずだった。
ミオナの問いかけに対して彼女はふっと笑った。
「別に吸血鬼に恨みがあるわけではないのだが、私の能力は吸血鬼に対して最も有効だ。それに」
「それに?」
「吸血鬼の関わる依頼は高額になる……一般庶民にはどうしようもない額になってしまい、泣き寝入りする場合も少なくない。ハンターは金額で仕事を選ぶものが圧倒的に多いから。慈善事業ではない。命をかけた仕事なのだから致し方ない面もある。だが、私は貧しい者から取るような事はしないからな…結果的に、吸血鬼に関する依頼が多くなってしまうのだ」
それを誇る事もなく、まるで天気の話でもするかのように淡々と述べるマイラを見ながら、ミオナはその言葉に嘘がないことを感じた。
自分よりも年下の少女だが、此処にいるのは立派なハンターの一人であると……それは、ミオナが彼女を認めた瞬間でもあった。
道の真ん中で立ち止まった目立つ彼女達を通り過ぎる者達は不思議そうに眺めていたが、そんな目線も気になることなく二人はしばらく互いの様子を窺うように見詰め合っていた。
最初に沈黙を破ったのは、やはりミオナで。
「お金が欲しくはないのですか?」
「最低限あればそれで良い。そなたは欲しいのか?」
「いえ……」
真っ直ぐな琥珀の目で不思議そうに問い返されて、ミオナは苦笑しながら否定した。
その為にハンターになりたいのではないのは、ミオナも同じだったから。
そんな彼女の苦笑をどうとったのか、マイラは突然胸を張って傲慢にも見える微笑を浮かべながら言い放った。
「そうか。まぁ、心配せずともそなた一人を養うのに苦労はしないくらいの甲斐性はあるつもりだからな」
「……え? いえ、あの、私そういう心配をしているわけでは…」
大きな青の瞳を見開いて、きょとんとマイラを見返すミオナ。
再度落ちた沈黙は、初めのそれよりもどこか柔らかな雰囲気で。
「……ふ」
「……ふふっ…何だか、可笑しいですわね」
どちらともなく笑い声で遮られ、笑い終えた頃には二人はすっかりお互いに対するわだかまりはなくなっていた。
何処か似た部分の多い彼女達は、いい意味でそれを受け止めたのだ。
そして再び歩き始める……その時。
「フフフフフ……」
「何奴!!」
突然響いた怪しい笑い声に、ミオナは不穏なものを感じてデーモンキラーに手を掛け周囲を見回す。
マイラのほうといえば、彼女のような動揺を見せる事もなく目の前の空間を見据えている。まるでそれを知っているかのように、マイラの見ている場所がぐにゃりと歪んだのはその時。
「イワツマン参上~~~!!」
「きゃ、きゃあぁぁぁぁぁっ!!」
歪んだ空間から出現した奇怪な存在に、ミオナの悲鳴が辺りに響き渡った……