戦乙女 3

文字数 3,102文字

 それは少女達が旅立つ二週間前の事。

 一つの仕事を終え、次の仕事に行こうとするアディ=マイラをミーシア=ミオナの兄が人伝に見つけ出してコンタクトを取ってきた。何度か共に仕事をこなした事もある相手だったので、マイラも特に拒否する事も無く、彼に呼び出されるままにその場所に向かった。
 ハンター達が情報を交換したり仕事を得たりする為に用意された専用の組織が国によっては存在しており、丁度彼女がやって来ていた国にもそれは存在している。彼がマイラを呼び出したのはその組織の建物……ハンガーと呼ばれる施設の中の一室だった。
 この組織は、ハンターの実力によって格付けをしたり、ハントの依頼をハンターへと取り持ったり、場合によってはハンターと依頼主双方に対し相応の便宜を図ったりする為に存在している。
 その代わり、仕事の報酬の上前をはねて収入としていた。

 マイラが招かれたのは、ハンガーの中でも最も良い一室とされる部屋。
 古くから続くハンターの一族として高名なミーシアであり本人も有能なハンターとして既に名を馳せた彼が借りられる部屋としては納得の場所でもあった。
 同時に、マイラ自身も同じようにこの部屋を借りられるだけの評価は受けていた。二人は、有能なバンパイアハンターとして五本の指に入る存在だったのだ。

「今日は何の用だ、ミーシア」

 入るなり、本題に入るマイラ。
 時間を無駄にする事を嫌う彼女らしい態度に、彼は穏やかな微笑を返す。
 自分の妹よりも幼い娘ではあるが、彼女は間違いなく一流のハンターであると彼は知っている。しかし、彼と同じ黒い髪に青の瞳を持つ可愛い妹を、預けるのに丁度いい相手として彼女を選んだのはそれだけが理由ではない。

「とりあえず、座ってください」
「あぁ、そうさせてもらう」

 席を勧めれば、最も扉に近い場所に腰を下ろす黒髪の少女。
 大きな琥珀の目が真っ直ぐに彼を見据えて、話の続きを急がせている。
 一つの仕事が終わればまた次へ。アディ=マイラという歳若いハンターの少女が、とにかく仕事を休まずに次から次へとこなす生活をしているのはハンターの中では有名な話。
 何を考えているのかは誰も知らないが、彼女は生き急ぐように仕事をこなすのだ。
 何度か一緒に仕事をしたことから、理由は分からずともそれだけは彼も知っていた。

「貴方に一つ頼みたい事があるんです」
「……仕事か? 次にする仕事はもう決まっているゆえ、それなら別の…」
「いえ、少し違うんですよ」

 もう一つ、彼女に関して大きな特徴があった。
 基本的に金額に受ける依頼が左右されるハンター達の中で、彼女はそんなものに関係なく己の判断で依頼を選び、引き受ける事が多いのだ。
 噂ではあるが、無償で引き受けた事もあると言う。
 此処のような組織の依頼もそれなりに引き受けているので、それでも金に困っているようなことは無いはずだった。
 アディ一族そのものが有名な資産家の一族でもあったので、金銭感覚がすこしおかしいのではないかともの噂もあった。

「では、何だ」
「僕に妹がいる事は、ご存知でしたよね?」
「……あぁ、そなたが以前に何度か話していた妹だな」
「あの子もミーシアとして世界に出す日が近づいています。ただ、やはり初めから一人でというのは兄としてどうしても不安が尽きないのです。そこで、貴方に助けていただきたいと思いまして」

 ふっと、傲慢にも見える微笑を彼女は浮かべる。

「それは、私が『死の姉妹』だから……か?」
「…それも、あります」

 やはり見抜かれるか、と彼は内心嘆息しながらも表面には出さずに正直に頷いた。
 むしろ、それがあるからこそ彼女に妹を預けようと思いついたのもあるのだ。

「確か、そなたの妹は……」
「はい。我が家の宝刀『デーモンキラー』を使う者です」
「デーモンキラー……対吸血鬼における武器の中で最強との誉れも高い、かの名刀か。使い手を選ぶと聞くが、そなたの妹は選ばれてしまったのだな」

 本当なら、自分が選ばれれば良かったと思う。
 妬みや嫉みではなくて、純粋に妹のことを思うとあの刀に選ばれてしまったのは不幸だと言わざるを得ない。そして、ミオナ自身の性格……。
 デーモンキラーは吸血鬼以外の魔族にも有効な武器であるが、妹の性格を考えると世界に出れば真っ先に吸血鬼退治に向かってしまう可能性が高い。しかも単独で、だ。いくらデーモンキラーの継承者とはいえ、美しい乙女を好む吸血鬼などにみすみす可愛い妹を単身向かわせるなど、考えるだけで恐ろしい事態である。

「私は、保険…か」
「……僕にとって、ミオナは何より大事な妹なのです」

 吸血鬼の恐ろしさは身に染みて分かっている。
 だからこそ、本当はミオナを外に出したくない。

「不快に思われるかもしれませんが……」

 死の姉妹とは、特別な洗礼を受けた女性にのみ与えられる称号。
 彼女らは吸血鬼にとっては抗い難い血の香りになるのだという。しかし同時にその血はかの魔族にとっては猛毒であり、一滴でも飲めば最後、あっという間にその毒は彼らを死に至らしめる。
 本来は生贄の乙女などに施す洗礼であり、人間側の最終兵器的意味合いもあるこの洗礼を身に受けながら、この少女はその効果を存分に利用してヴァンパイアハンターとして生き続けている。一丁の聖銃を武器として、血の匂いに惑った吸血鬼の心臓を銀の弾丸で撃ち抜き滅ぼすのだ。
 つまり、彼女といる限りミオナが狙われるのは間違いなく彼女の次になる……が、もしマイラが失敗して血を吸われたとしても、ミオナにまでその番が回ってくる事は確実に無い。彼女が死の姉妹である限り。

「いや、良かろう。むしろハッキリしていて好ましい理由だ」
「ありがとうございます」

 兄のそんな打算をもし妹が知れば、尊敬する兄であっても詰るかもしれない。
 それでも、万が一の事を考えれば卑怯な人間になる事など容易い事だと、彼は考える。たった一人の大切な妹の命は、失われればそこで終わり……ましてや眷族にされるなど、腹立たしく許し難い。ミオナ自身だって許容出来ない事だろう。

 その彼をマイラがすこし寂しげに見ていた事など、気づかない。

 既に家族と呼べるもののいない彼女にとって家族という存在は、少し遠い、泡沫の夢のようなものであったから。汚いことすら躊躇わぬほどに妹を想う目の前の男が夢物語の存在に見えてしまった。
 らしくないと思いながらも、この時のマイラはここまで彼に想われる妹が羨ましいと、思ったのだ。
 だからって己が本気でそれを欲しいと思っていたりはしないけれど。
 人には、手に入らぬ身の丈に合わぬと分かっているからこその郷愁や寂寥だって存在するのだ。

「それでは、しばらくそなたの妹を預かろう……ただし、その間も仕事は普通に行わせてもらう。それで良いか?」
「はい。では二週間後、僕の家へ……地図は、此処に」
「了解した」
「このことは、ミオナには内密に」
「任せるがいい」

 渡された地図を隙の無い動作で受け取ると少女は立ち上がる。
 まだ15歳ながら一流のハンターとして認められたその娘は、ぴんと背筋を伸ばして揺らぐことなく歩いていく。頭の高い部分で一括りにした黒髪が動きに釣られてさらりと揺れる。体こそ小さいが、ぴんと張り詰めた雰囲気は間違いなくハンターのものだった。
 その後姿を見送って、彼は安堵の溜息を一つ、零した。

 そうして、彼女達の出会いはお膳立てられて。
 もしもこの時、彼がその後にマイラが受けた依頼の内容を知ることが出来たなら……きっと、妹を預けようなどとは思わなかっただろう。

 彼女らは、マイラが受けた依頼に従い旅立った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み