青の城 8

文字数 3,960文字

 そういえば、とタカトは過去を回想する。
 長い時を生きてきた彼は同胞ですら沢山見送ってきた。その中で、懇意にしてきた者達もあれば関わりの無かった者達も居る。
 アッシュの一族である青の系譜にあたる者達とは、その中でも比較的懇意にした者達が多かった。彼の両親もそうだが、そのさらに祖先にあたる者達ともそれなりに関わってきた記憶がある。青の一族は吸血鬼の中では魔力の強い一族であったが、同時に変わった性格のモノが生まれやすい一族だった。その最たるものは人間に恋をしたアッシュの父親なのかもしれないが、昔を振り返ればそんな父親に負けず劣らずな変わり者は他にもいたのだ。
 その中で、一人の人間の魔術師と契約を結んだ者がいたのを思い出す。
 どう出会ったのかは知らないが、彼らは酷く仲が悪そうに見えて、しかし心はこれ以上ないほどに通じ合っていた。全く違う種族である事など気に留めることもなく、喧嘩のようなコミュニケーションをいつもしているような二人だった。二人とも性別は男だったので子を残すには至らなかったが、もし違っていればアッシュのような子を残していたのかもしれない。他の一族ならただでは済まないその事態も、元々他者に対する関心の薄い青の一族の中では問題に挙げられることもなく、あの男はその人間が命絶える時まで守護した挙句、自分もその瞬間に命を絶つという傾倒ぶりだった。


『タカト、これが俺のペットだ』
『ペット言うな!! お前こそ俺の僕だろ!』
『……ふっ』
『鼻で笑うなぁぁぁぁぁぁっ!! 何だよ、お前が勝手について来たんじゃねーか! 別に俺は守護してくれとか頼んだ覚えはないっての』
『ふん。俺が居なければまともに魔術すら成功させられぬ半人前が』
『しょ、しょーがねーだろ! 俺の魔力はでかすぎるんだよ!! 俺だってなぁ、毎日頑張って訓練してるし、最近は少しだけどうにか制御も出来るようになってきた所なんだよ』
『別に貴様の努力を認めぬわけではない。だが、俺が守護する限り無駄なあがきだとは言っておこう』
『お前だっていつまで一緒にいるかなんてわかんないじゃねーか……』
『……俺は貴様の親とは違う。一度気に入ったものは何があっても手放したりしない。お前こそ覚悟しておくんだな。俺は一生貴様と共に居る』


 金のふわふわとした髪の少年だった。痩身で、野性的な雰囲気を持ちながら、どこかに影を抱えているのはほんの少し観察しているだけでタカトにも伝わってきた。
 人間にしては巨大な魔力を、扱いきれないでいるのも。人でありながら、その辺の魔族を軽く凌ぐ程の魔力を抱えていた。たまにそういう人間が生れ落ちるということは知識として知っていたタカトだが、実際目の前にしたのはあの少年が初めてだった。そういう人間は、殆どの場合成人する前に魔力に体を蝕まれて自然に命を落とすか、魔族に恐れられて早々に始末されるか、魔力の暴走を恐れた人間に殺されてしまうのが殆どだったから。
 尊大な事を言っているが、そんな少年の魔力を上手く制御し、その身にかかる負担を防いでいるのは明らかに傍らの青髪の吸血鬼であって。赤い瞳は楽しげに少年を眺めていた。
 かなり低レベルの魔族ならともかく、高位種族の吸血鬼が、しかも本来なら捕食対象である人間を守護するなど本来有り得ない。眷属とするならともかく、守護はあくまで人間を主とするもの。プライドの高い吸血鬼の中の、さらに上級貴族である青の一族に属するモノがそんなものに甘んじるなどと、と当時話題になったものだ。
 少年を守護したその男は、魔王になる事を拒んだことでも有名な変わり者だった。
 タカトが少年を紹介してもらったのは、偶々彼らと出会ったのもあるが、少なくともタカトなら敵にならないと判断されたからなのだろう。

「ベータ=マキーナちゃん、っていったか?」
「は、はい」

 眼鏡をかけた青髪青瞳の少女には、あの少年の面影は全くない。
 しかし、それもサイクルの短い人の生の受け継ぎの中では仕方ない事だろう。ノンノだってあの女性の面影はまったく残っていないが、それでも間違いなくあの女性の系譜にあたる少女なのだ。

「髪を一本、くれないかな? 直ぐ返すから」
「? はい、どうぞ」

 おさげに結った長い青髪を一本とって、ほんの少し魔力を使う。
 人の体には、それが形成されるまでの命の系譜が書き込まれている。例えそれが髪の毛一本であろうとも、調べる事は容易い事。
 遥かに遡ったその先で、タカトは見覚えのある金髪の少年を見つけた。琥珀の瞳のその人間は、間違いなくあの変わり者に守護された魔術師に違いない。あの守護の名残がよもや後世になってこのような形で現れるとは、本人達も思っていなかっただろう。

「本当だ。間違いないな。俺、マキーナちゃんのご先祖様に会ってるよ」
「そうなんですか!?」
「あぁ。魔術師の男の子でなぁ。魔力ばっかり高くて、威勢がいい金髪で琥珀色の目をしたヤツだったよ。何処でどう出会ったんだか、そいつをアッシュの先祖が気に入って、守護契約を結んでたんだ。確か、死ぬまでちゃんと守護した挙句に後を追ってそいつも死んだんだよな~」

 馬鹿だ、と周りの同属たちには言われていたけれど。(青の一族除く)
 タカトは後になってそれを風の噂で伝え聞いて、羨ましいと思ったものだ。終わりの見えない長い時など、何の意味もないと知っているから。吸血鬼としてはひどく短命に終わった彼は、恐らく誰よりも濃密な時間を生きたに違いない。

「我らが、人間の守護など…」
「まぁ、ケーディには理解が難しいかもしれんが。マキーナちゃんのその姿はその時の残滓、ってとこだろうな。アイツ、相当マキーナちゃんの先祖に入れ込んでたからさ」

 髪の毛を返しながらケーディを見て、タカトは苦笑する。
 吸血鬼の反応としてはケーディの方が正しいのだ。下等種族である人間を、眷族にする事もなくわざわざ守護するなど想像できないのだろう。
 ふっとベータに視線を戻したタカトは、しばらく彼女を観察して気づく。

「しかし、そのままじゃあマキーナちゃんは長生きできないな……」
「なんでですか?」

 きょとん、と首を傾げて問いかけてくるのはノンノ。ベータの方は、突然の彼の言葉に声も出ない様子だった。

「マキーナちゃんの先祖もそうだったんだが、魔力が強すぎるんだよ。人間にとって強すぎる魔力は体を蝕む毒でしかないんだ。アイツの守護の残滓のお陰で他の魔族に襲われる事は今までなかったみたいだが、放置してそのままじゃあと3年、って所かな? 今も、体は弱いだろう?」
「はい……」
「それは、マキーナちゃんの鍛え方とかそういう問題じゃない。魔力に蝕まれてるんだ」

 薬などで治る問題ではない、と言外に含ませながら彼は語る。
 間違いない。タカトには見慣れている状態だ。
 ノンノも、同じような状態にある。

「わ、私、どうすれば…」
「残念ながら治療なんて無理だな。長生きしたいだけなら方法は無いこともないが」

 生まれ持った魔力だけはどうしようもないし、一番の解決策は、正である人の魔力と相殺し合う負の魔力を用意することである。
 つまりより強い負の魔力を持つもの——魔族の傍で、常に身のうちにある魔力を中和し続ける事しかない。ノンノも、そして彼女の先祖であるあの少年も、そうやって魔力を中和する事によって体を蝕まれることを防いでいる。
 それによって常人並みの寿命になることはベータの先祖が立証したから、タカトはノンノのそばに迷わずいられる。

「どんな方法ですか?」

 しかし彼女に同じ方法は無理だ。
 今のところ、当たり前に傍にいてくれる魔族が存在しないのだから。
 ただ、それと同じような方法が無いわけではない。

「この城の中で生活する事だ」
「えぇ!?」
「この城そのものが結界になってるんだ。その中に俺やアッシュやケーディが居る事で、此処にはいつも俺たちの魔力が満ちている。この中に居る限り、マキーナちゃんの魔力は中和され続けていくから体が魔力に蝕まれる事は無い。此処に来てから体が楽になってないか?」
「……そういえばそうかもしれません」

 この中であれば常にそばにいる必要はない。ノンノをひとりで自由に遊ばせる事も出来る。
 それが、タカトがこの城を出て行かない理由だった。彼の他の城では、今からでは敷地内を此処まで濃密な魔力で満たすのは難しい。何名もの魔王を排出もしてきた青の一族が長く引っ越しもせずに住み続けたこの城が、今なお上位魔族が三人も居るこの場所が、一番彼女の体に良いのだ。
 もしかしたらアッシュもそれをわかっているのかもしれない。

「どうする? 選ぶのはアンタだ。助けたのも何かの縁だし、ここに居るって言うんなら口添えしてやる」
「タカト、勝手に……っ!」
「アンタの体はもうかなり蝕まれてるようだから、そのまま戻るのは自殺行為だとは保障しておこう。戻るにしても、此処にしばらく滞在して体調を戻してからの方がまだマシだろうな」

 悩む青の少女。
 城の所有者は、口を挟むでもなくただ事態を静観している。
 静観する時点で反対する気はないのが明らかだ。先祖を慮ったか、邪魔にならないと判断したか……後者だろうなとタカトは思う。
 ノンノは心配そうにそんな彼女を見つめて、タカトは興味深げにその選択を待つ。ケーディは不機嫌なままだが、主君が何も言わないからだろう。それ以上は不満を言うでもなく彼女の選択が行われるのを待った。


「私……しばらく、お世話になっても宜しいでしょうか…なんでも、しますから」


 そうして彼女は選択をする。
 自らの命を放棄する事だけは、出来なかったから。





 魔の森の奥に佇む、青の城。
 壮麗にして優美な今代の魔王の居城に、新しく居候が増えた。
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