戦乙女 6

文字数 2,582文字

 それは小さな村だった。
 何処にでもあるような、大きく富んでいる訳でもない貧しい小さな家々が並ぶ、農業を中心としているらしい質素で静かな村だった。街道沿いにあるわけでもないのでしきりに立ち寄るものがいるわけでもない……そんな村にやってきた少女二人を、村人達は珍しいものを見るような目で出迎える。
 周りを草原に囲まれ、遠くには放された牛が暢気に草を食んでいるのも見える……そんな長閑な風景が其処彼処に見える場所に、無意識にミオナの表情も穏やかになる。魔族の被害など何処にも見当たらない、優しい雰囲気のその村は規模こそ違えど彼女の故郷を彷彿とさせるものがあって、まだ旅立ったばかりではあるが少し実家が懐かしくなった。

 ここにやってくる前に、イワツは姿を消している。
 さっき二人の前に姿を現したのはこの場所までの道のりを教える為だったらしい。マイラに地図を渡した後に彼はすぐ姿を消してしまった。
 姿を現した意図の中に、ミオナが信用に値する者であるとマイラに教えるというものも含まれていたのだとミオナ本人は知らなかったから、そんな用事であれば態々派手な登場をせずに地図だけ渡していけば良かったのではないかと思わなくもなかった。

「やはり、吸血鬼絡みなのですか?」

 被害に晒されているようには見えない村の様子に、迷うことなくどこかに向かっているらしいマイラの少し後ろを歩きながらミオナが問いかけた。
 吸血鬼が絡むと、彼らの性格や魔力の大きさに比例するように大きな被害が出ていることが多い。それは殆ど常道のようなもので、だからこそ吸血鬼関係の依頼は値段が跳ね上がるのだ。
 それに対するマイラの返答はどこか曖昧だった。

「そう考えるのが妥当、だろうな」
「妥当……ですか?」
「あぁ。詳しくはそなたも一緒に依頼人に会うのだから、そこで自分で判断せよ」





 依頼人だという一家は、村の中でも最も奥の家に暮らしていた。見るからに他の家々よりも古くて小さな家で、ハンターに依頼をするような経済的余裕は持ち合わせていないのは見ただけで分かるが、マイラは頓着せずにその家の扉を叩いた。

「は~い!!」

 元気な子供の返事が聞こえて、元気良く扉が開かれる。
 二人を出迎えたのはまだ小さな子供だった。キラキラと輝く青い目が、突然の来客であるマイラとミオナを好奇心いっぱいに写す。

「どなたですか?」
「我はアディ=マイラ。そなたの家でハンターを依頼しただろう? その件でやって来た」
「え? あ、マキーナ姉ちゃんを助けてくれる人っ!? おか~さ~んっ、ハンターの人が来たよー!! おとうさーん!!」

 出迎えた小さな子供はマイラの話を聞くなり、家の中に走って戻って行ってしまう。その様子はいかにも子供らしくて、気に留めることもなくマイラは家の中に足を踏み入れる。それにつられてミオナも「失礼します……」と一言告げて中に入った。
 そんな二人を慌てて出迎えたのは中年の男女。
 顔に疲れを滲ませた二人は、それでも嬉しそうに微笑みながらマイラとミオナに用意した席を勧めた。続いて「こんなものしかございませんが…」と勧められた茶菓子をそっけなく断って、マイラは彼らに依頼の話をするようにと促す。

「私達の一番上の娘……マキーナが、もう何日も行方不明なんですよ。奉公に出ていたのですが、そこでの使いに出た先で行方不明に……」
「それであれば、ハンターに依頼せずとも宜しいのではございませんか?」

 彼らの言葉にまず疑問を挟んだのはミオナ。
 マイラの方は、難しい顔をして考え込んでいる。
 どうやら大家族らしく、その家の他の子ども達……数えるのも面倒に思うくらいの数の子ども達である……その小さな子たちが、不安げな顔をして両親の周りで神妙な顔をして様子を見守っている。彼らの親は、ミオナの言葉に悲しげな顔をして首を振る。

「えぇ…ただ、その姿を消した場所が問題で」
「場所、ですか」
「はい。魔の森、なんです」

 息を呑む、ミオナ。
 彼女ですら知っているその森は、現在の魔王の居城が存在する場所として有名な森。

「奉公先からは、もうマキーナが死んだとして処理すると言われましたが……私達にはどうしてもそうは思えなくて!!」
「そんなはずないよっ! マキーナねーちゃんは生きてるもん!! だって、次に帰ってきたら遊んでくれるって約束したもん!!」
「そうだよ!! ねーちゃんは生きてるんだ!」

 沈んだ親の言葉に、健気に言い張る小さな子供達。
 彼らの気持ちも分かるが……それがどれだけ儚い希望なのか、まだハンターとして仕事をしたことのないミオナにすら分かる。

 吸血鬼と一括りにしても、彼らにも格付けがある。
 普通の吸血鬼と、爵位を持つ『貴族』と称される吸血鬼との間には大きな力の差が存在する。人間でいう、一般人とハンター並にその差は埋め難い。その吸血貴族の中でも頂点に立つ者が継承する王位は、人のそれとは違って血縁でなく純粋に力の強さによって受け継がれるため、さらに性質が悪い。
 魔王は、間違いなく魔族の頂点に立つ最も強い存在という事だから。

 そんな魔王の居城近くで行方不明になった、少女。
 眷族にもされず、殺されもせずに無事でいるとは考えづらい。

「……それだけでは、判断が難しいな」

 しばらく黙っていたマイラがようやく言ったのは、それだけ。
 驚いたように彼女を見るミオナの視線も気に留めず、マイラは目の前にいる家族達を見て言葉を続ける。

「とりあえず、調査という事で良いだろうか? あの森は迷いの森とも呼ばれている。もしかしたら、ただ道に迷っているのかもしれぬ……しばらく、調べてみたい」
「は、はい! あの、報酬の方は……」
「調査などで金を取るほど卑しくはないわ。その後ハンターとして仕事の遂行が必要となったときに考える……それで、良いだろうか?」
「お願いします」
「あぁ。この件、受けたぞ」

 横柄に頷いたマイラを、ミオナは信じられないものを見るような目で眺めた。
 ここで口を挟むほど周りのことが見えていないわけではないが……それでも、そんな事を言ったマイラがなにを考えているのかミオナには全く分からなかったから。

 当のマイラ本人は、話が済んだとばかりに立ち上がると別れの言葉も何も無しにその場を立ち去ってしまう。
 慌てて、ミオナもそれを追いかけるのだった。
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