戦乙女 7

文字数 2,781文字

 早足で小さな村を離れていくマイラを、ミオナは長い髪を揺らしながら追いかけた。
 あの家であんなことを言った彼女に対して、訊きたい事が沢山あった。一応村を出るまでは堪えていた彼女だったが、村を遠く離れて周りに誰もいない街道の方まで来ると気持ちを抑えきれなくなり、すたすたと前を歩くマイラに対して声を掛けた。

「マイラさん! さっきの話はどういうことですか」

 自分にですら予想されることが、マイラに分からないはずは無いとミオナは思っていたし、事実その通りでもある。
 彼女の呼びかけに、ようやく足を止めたマイラは追いついたミオナの方を振り返る……その顔は、何処か怒っているようにも見えた。顔を合わせた途端、何か悪い事を言ってしまっただろうかとミオナが少し不安になったくらいである。勿論そんな事はなく、単にマイラが考え込んでいただけなのだが。出会って間もないミオナは知らないが、何かを考える時に眉間に皺が寄るのはマイラの癖なのだ。
 少し不安そうに自分を見る青の目に気がついて、マイラは口元に手を当てる。まだ思考は定まらなかったが、何も言わないわけにはいかないと思い、口を開いた。

「あぁ……」
「私が言うのもおかしな話かもしれませんが、魔の森で行方不明になったマキーナさんと言う方が無事でいるとは思えないのですが」
「……それは」
「それに、よりにもよって魔王が相手で勝算はあるのですか? 例え調査といえどとても危険な行為だと思われますが。あんなに軽々しく依頼を受けて宜しかったのですか?」

 例え世話になる相手といえど、言いたいと思う事は正直に言う。
 そんなミオナの性質を好ましく思いながらも、彼女の疑問の全てに答えるにはマイラの中に必要なパーツが足りなかった。基本的に半端な肯定や否定、推測を言う事は好まないマイラは、とりあえずミオナの質問に答えるために最も必要であると思われる事を行う。
 すなわち。

「イワツ」
「オウ、レディに呼ばれるイワッツ、イィィィ!!」

 簡潔な呼びかけに速攻で答えて姿を現すのは、イワツ。
 今度は空間を歪ませる事もなく空気から溶け出すように、全体的に白い雰囲気の細い体をした吸血鬼は体をくねらせながら姿を現した。それがさっきとは違い別の場所からやって来たわけではなくて、ずっと傍に潜んでて、纏ってた隠遁の魔法を解いただけだから……ということが彼と付き合いの浅いミオナに分かるわけもない。
 無駄に体をくねらせ続ける彼を胡乱な目で見るミオナとは違い、呼び出した本人であるマイラは大真面目な顔をして腕を組んだ。相変わらず難しい顔をしたままで、呼び出した用事を先に済ませる為に彼に問いかける。

「そなた、さっきの話を聞いていたな?」
「フフフフフ。勿論」
「どう思う? マキーナという娘は生きていると…無事でいると、思うか?」

 彼女の問いかけに、にたりと笑う吸血鬼。

「人間に襲われていない限りは無事でしょうねぇぇぇぇ」
「ど、どういうことです! 何故そこで人間が出てくるんですか!?」

 驚いたのはミオナ。魔の森で行方不明になった娘の話をしていたのに、何故そこで人が出てきて……しかも、人に襲われてさえいなければ無事だと言い切れるのかが分からない。
 青の目に不審を湛えて、今にも詰め寄りそうな勢いでの彼女の問いかけにもイワツはまったく動じなかった。
 顔に手を当て、道化掛かった仕草でくるりと回る。

「それは、今の魔王は吸血をしませんし、眷族を作った事もないからですよォォォ。フフフフ……先代の魔王も眷属は作りませんでしたしねェェェ。青の一族は眷属を作る事に興味のない者達なのです、ミーシアの姫君」
「そんな吸血鬼が本当に? いえ、でも吸血をしなければ、今の魔王はどうやって生きているというのです!? 吸血鬼は血によって生きるのでしょう?」
「今の魔王はダンピールなんですよ。彼は人間とのハーフ……故に吸血を必要としない…イィィィッ!!」

 叫んで吐血し倒れるイワツ。
 行動の意味は分からないが、彼の言葉の意味は理解して、それでもなおミオナには疑問が残る。

「で、でも、魔王本人が関わっていなくても、その配下の者が関わっていないという保障も無いと思うのですが」
「青の一族は侍られるのを嫌うのですよォォォ。今の魔王の傍にいる者で眷属を持とうという者はいませんねェェェェ」
「……何故それを知っているのです?」
「フフフフ……良くぞ聞いてくれました!! それこそまさしくマクラ電波ァァァァァ!!!!」

 自慢げに言い放ち、懐から薄汚れたマクラを取りだして匂いをかぎ始めたイワツから目を逸らしてミオナはまだ考え込んでいるマイラの方を見る。

 イワツの言葉は全て聞いていたのだろう。
 複雑な顔をして腕を組んだまま、空を見上げている。
 真昼の真っ青な空には、陽光を弾いて白に輝く雲が所々に浮かんでいた。

「マイラさん……知っていたのですか?」
「今の魔王がダンピールだということは知っていた。そして、これまで青の一族が魔王になっている時に人に被害を与えた事例は極端に少ない……今の魔王は、その青の一族と呼ばれる貴族の者だ。確率論ではあるが、マキーナという娘が生きている可能性は高いのではないかと思ってな」
「しかし、人間だなんて……」
「魔の森には、動物は少ないが人間の不埒者はいる。あまりに酷いものだといつの間にか始末されているようだが、小物は放置しているようだからな……そのような者たちに何かされていないとも限らぬのだ。むしろ、あの森であればその可能性は高い」
「そんな……」

 考えたくはなかった。
 ハンターは人に害を与える魔族に対峙する為に存在する。その対象が人間になる可能性があるのかもしれないなどとミオナは考えた事もなかった。だが、そう語るマイラの顔は冗談を言っているようには見えない。
 困ったように笑って、マイラは戸惑うミオナに向かって肩を竦める。

「全て、推測と可能性に過ぎぬ。だから、調べなければならぬのだ……人の所業であれば、何らかの証拠が残るからな」
「魔族の所業であれば?」
「魔の森には魔王に関係する者以外で他の魔族はいない。もし吸血鬼の所業であれば、殆どの場合証拠など残らぬ。その際は、森を管轄しておる魔王の城に乗り込んで問い詰めるしかあるまいな。まさか知らぬ間に好き勝手されたなどと戯けた事情もあるまいよ……どうする?」

 問いかけの意味は明白。
 挑むように細められた先輩ハンターの目を負けずに見つめ返し、唯一の得物であるデーモンキラーに手をやってにっこりと笑った。

「もちろん、お付き合いいたしますわ」
「ふふ。そうこなくては面白くない」

 ミオナの言葉に、マイラも挑戦的に笑った。




 そうして彼女たちが目指すのは魔の森。
 かの森に聳える城に住まうものたちは、何も知らず。


 出会いは、もうすぐそこに。
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