邂逅者 6

文字数 3,891文字

 舞い落ちるマクラが消えた後には、ケーディとイワツしか残っていなかった。
 その場に居たはずの人間の女二人、そして潜んでいたらしくマクラが出てきた時に姿を少しだけ見せていたタカトまで、気配ごと完全にその姿を消していた。残る魔力の残滓からしてイワツによって何処かに強制的に送られたと言うべきだろう。人間はともかく、あのタカトが成すすべなく巻き込まれている事実に改めて背筋が凍るような気がしたケーディだが、それでもどうにか目の前の男を睨みつける。
 意味もなく大量のマクラが呼び出されるという無意味な魔法かと思えば、同じタイミングで同時に離れた場所にいる数人(しかも一人は吸血貴族)を強制転移させるという高度な魔法が隠されていたとは。無駄に思えた高濃度で巨大な魔力の放出も、意味があることだったらしい。全てが絡み合うように施されたその魔法は、もしかしたらタカトよりも上を行くかもしれない。

 しかも。

 よく周りを窺えば、居る場所こそさっきまでいた部屋の中で間違いないが、ある一つの意図を持って部屋を覆うように結界が張られているのに気づく。
 何者も入り込めないように……そして、何者も外に出られないように。

「何を、考えているのです」

 辛うじて丁寧な言葉で、それでも得体の知れない不気味さに眉を顰めながらケーディは目の前に居る己より上位の吸血貴族を睨みつけながら、問う。
 くねくねと意味不明に体を揺らしながら、イワツは大袈裟に天井を仰ぐように腕を伸ばす。

「フフフフフ、やはりピローを愛するもの同士、二人きりで親交を深めるのが良いとピロー占いで出たのですよォォォォ。オウ、エクスタシィィィィィィっ!!」
「その得体の知れない仲間にするなぁぁぁっ!!」

 叫ぶ声も、何処にも届かない。

「私は、何故このようなことをするのか、と訊いている! しかも、人間などと馴れ合うなどと。貴方は、誉れ高き公爵でしょう!? 一体、何をしに此処にきたのです」

 そう、認めたくないが目の前に居るマクラ狂は、それでも吸血貴族の中でたった二人しかいない公爵位を持つうちの一人なのだ。
 魔王を害しにきた可能性も否定できないが、それではあの二人の人間の女の存在に意味が無い。人間に、あれだけ丁寧な振る舞いをしている真意も全くわからない。彼はタカトとは違い、普通の吸血鬼のはずだ……吸血衝動を本能としてその身に抱える、魔族で最も高位に属する存在。
 少なくともケーディには、イワツが何を考え何をしようとしているのか全く分からなかった。心のどこかに分かりたくないという気持ちがあるのも否定しきれないが、それを考慮に入れて尚、この城に乗り込みこのような魔法を行使する理由が見つからない。
 そもそも、イワツという公爵は長く生きていながらも自らの城すら持たず、常に所在不明で神出鬼没という存在だった。
 あの人間たちが、眷族にされていたならまだしも……彼女らの瞳は琥珀と青。意思を感じさせるその顔つきは、ただの女ですらなかった。

 そこまで考えてケーディはふと、最近この城に住み始めた人間の女を思い出す。
 彼の主と同じ色彩をその身に纏う、眼鏡の女。これまでほとんど話もした事が無いが、多分あれが人間のなかでも普通な方……のはずだ。いつもオドオドしているのは気に食わないが、主に対し最低限の礼儀をわきまえているのは悪くない。

 彼の礼儀の基準は、かの主を畏れ敬うかどうかだけで判断されている。

「この世には適材適所というモノがあるのです。ピローは頭に、マクラも頭に、それこそが世界の選択……」
「何を……」

 訳の分からない事を言っている、と言いかけたケーディであったが……そこでふと気づく。
 大掛かりな魔法。結界の中に閉じ込められた自分とイワツ。近くに居たはずのタカトと、人間の女二人の不在。そして適材適所という言葉が示すもの……自分とイワツが此処にいるなら、他の者達は?

「タカトは、何処にやったのです」

 イワツの魔法によって何処かにとばされたのは間違いない。
 この奇怪な吸血貴族と唯一対等に向き合えるであろう、同じ爵位を持つふざけた男。こんな時にいないとは、まったく何の為にこの城に居候しているのだと歯噛みしたくなる。身勝手な言い分であるのは分かっているが。

「彼はミーシアの姫君とご対面ンンンン!」
「……ミーシアの、姫君?」

 それが誰を指しているのかは分からない。だが、二人いた人間の女のうちの一人である事は予想が出来た。人間などを姫と呼ぶ意図は分からないが、イワツは女の一人とタカトを同じ場所に飛ばしたらしい。もしかしたら、この場所と同じように結界まで用意して。

 あの人間の女には甘い男のことだ。
 恐らく殺す事もせず、下手をすれば良い様に馴れ合っている最中かもしれない。
 全く、役に立たない男だ。

 しかし……女は二人いたはず。

「もう一人、人間は居た筈ですが?」
「我が姫君は無駄がお嫌いなのですゥゥ。よって、本日の目的である魔王様にご対面~! フフフフフ……これぞ正に適材適所ォォォォォ!!」
「な、何だとっ!?」

 思わず我が耳を疑う、忠実な魔王の僕。

「お、おのれぇぇぇ……」

 今度こそ、ぎりりと歯軋りをする。
 侵入者に関して任されたというのに、むざむざと主の下まで侵入を許してしまった失態に自分の不甲斐なさを痛感する。相手が悪かったという言葉は彼の頭に無い。
 主に信任されたなら滅んでも全うすべし。ケーディにはそれしかない。
 怒りを顕わに赤い瞳を燃え上がらせるケーディを前にしても、イワツはくねくねと体をくねらせ仮面のような表情を崩さないまま。吸血鬼としての、公爵としての気配もそのままで、格の違いを見せ付けるかのように絶えずケーディにプレッシャーを掛け続けている。存在するだけでもたらされる力の差による戦慄は、どんなにふざけた相手であろうと変わらない。

「何が目的だ!!」
「それは勿論、ハンターですから探し物ォォォォ」
「ハンター、だと?」

 イワツの言葉に真っ先に思い浮かんだのは少し前の彼の発言……『ピローハンター協会』という言葉。聞いたこともないが、怪しげな名称が妙に頭に残っていた。魔族にとっては最も身近な他の可能性がすぐに思い浮かばない程に。

「あの人間の女どももピローハンター…か?」

 という事は、狙っているのはマイロードのマクラだとでも!?
 おのれ、許せぬ!!
 マイロードのマクラをどうするつもりだっ!?

 ……などと考えている若き伯爵は、その想像が何処までもズレているという事には気づいていない。

「ノォォォ!! 彼女達は残念ですが我々ピローハンターの一員ではありませんよ、ピロータイガー」
「だからその名で呼ぶなぁぁぁぁぁぁっ!! 私はそのようなモノになった覚えはない!」

 反射的に言い返すものの、何故マクラを……と思う前に主のマクラを奪われることに腹を立ててしまった彼には充分にピローハンターの資質があると言えよう。

「彼女らはピローハンターではなくヴァンパイアハンターです。イィィィィィイイッ!!」

 嬉しそうに悶えるイワツ。ケーディには何が『イイ』のかは分からないままだ。
 だがそれどころではない。さっきまでの苛立ちすら忘れるほどに、彼は目の前の吸血貴族の発言に動揺してしまったのだから。

「ヴァンパイアハンター……だと?」
「フフフ」
「何故そのような忌まわしいものを連れてきた!! 回答次第ではこの命に代えても貴様を……殺す!!」

 そうでなければ、そのような存在をむざむざ主の前まで行かせてしまった申し訳が立たないと、完全に怒りで我を忘れたケーディは長い黒髪を振り乱して叫ぶ。その姿を前にしても尚、揺るがないイワツの余裕。

「ほう。忌まわしいモノ、ですか」
「大体、何故よりにもよってヴァンパイアハンターなどと一緒にいるのだ!! それでも貴様は公爵かっ!!」
「それは話せば長いのですよォォォ。美しきマクラの誓い」
「誰がマクラの話をしろと言ったっ!!」

 怒るケーディ。
 火に油を注ぐように(いや、彼に関しては普段通りの態度とも言えるが)不審な動きを見せながら話すイワツ。

 二人の吸血貴族の魔力が密閉された結界の中でせめぎあい、何も無い所に火花を飛ばすまでに濃密な魔力空間が出来上がる。それでも揺るがない結界が、それを作った者の実力を無言で主張していた。仮にケーディが本当に死力を尽したとしても、壊れる事は無いかもしれない強固で頑丈な結界だった。
 何故此処に来たのか、という疑問も忘れて怒る若き吸血貴族に向かって、イワツは不敵に笑う。白衣の懐に手をやって。

「それに、魔王様のマクラを狙う必要はないのですよ」
「質問に答えろ、イワツ公爵!!」
「何故なら私は既にそれを手に入れているからです!! 貴方にも見せてあげましょう……伝説の、魔王のマクラァァァァァァァ!!」
「な、ナニィィィィィィっ!?」

 自慢げに懐から取り出した(自称)魔王のマクラをこれ見よがしに匂い、陶然とした表情を見せるタカト。
 さっきまでとは違う意味でケーディの殺気が溢れかえる。

「それを一体何処で!! もしや、盗んだか貴様ぁ」
「ノンノン。これは正当な取引というモノです。異世界の珍味と引き換えに本人より直接頂いたモノォォ……オウ、エクセレェェェェントォォォォ」




 その後。
 彼らの話はどこまでもどこまでもズレてゆき。
 全てが終わった頃には、ケーディはすっかりピローハンターの一員になってしまっていた……その原因が、『魔王のマクラ』(超レア物)にあったことを知っているのは、本人とイワツのみである。
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