邂逅者 4

文字数 3,366文字

 ありえない。
 真っ先にタカトの脳裏に浮かんだのは、その一言で。
 よもや、この城の中でソレを目にするとは夢にも思っていなかったのだ。敵対しているわけではないが、この世の不思議を凝縮したかのようなソレが、この場所に来る様な日が来るとは思っていなかった。
 部屋の中でソレと対峙してしまう形になったケーディも同じなのだろう。
 遠目にも分かる彼の驚愕の表情に、何となく同情しながら部屋の様子を窺うタカトは……ある一点に気づいたとき、その視線を止めて相手を凝視した。前髪を後ろで赤いリボンで纏めた道着姿の長い黒髪に青い瞳の少女は、彼の視線にも気づかずに其処に居て……それを妙に腹立たしく感じている己を、彼は自覚した。






 少し時間は遡る。

 巨大マクラ(微妙な芳香付き)に包まれたと思ったら、それが消えた時には見たことのない部屋の中に居てミオナは酷く驚いた。
 移動する魔法をイワツが使ったのは分かっているが、実際それを体験すると体の感覚がついてゆかないものである。さっきまで土の上に立っていたものが、今はふかふかした絨毯の上なのだ。しかも周りは何処を見ても豪華という言葉に尽きる広い部屋。初めて体験したこれを驚くな、という方が無理に決まっている。

 実際の移動魔法にマクラを使用する意味など全くないのだが、その辺は魔法を知らない二人には知らぬが花、というものだろう。イワツの趣味と実益を兼ねた、彼独特の無駄の多い魔法なのである。

 これまでにも何度かこの移動を経験した事のあるマイラは特に場面変化に驚く事は無かったが、部屋の豪華さには一瞬目を瞠った……そして、部屋の明るさにも。マイラはこれまでにも吸血鬼の住処には何度か入った事があるが、此処まで明るい部屋というものは存在しなかった。彼らの、光(主に太陽光ではあるが)に弱いという習性の為だろう。何処に行っても薄暗いのが当然だったのだ。なのに、城の内部は普通の人間の家か、あるいはそれ以上に明るい印象を受けた。
 これは主がダンピールな為か……それとも、余程強固な結界が張られているのか。真相は分からないが、さすが魔王の居城だとマイラはおかしな所で感心していた。

「これが、城の内部ですか?」
「そう!! 此処が魔王の住まう家なのです! イィィィィイイィィィィ!!」

 何がイイのかは分からないが、自分の体を抱くように腕を回してクネクネ動きながら叫ぶイワツ。
 彼の態度はともかく、此処があの青の城の中である事は内装の豪奢さを見ても間違いはなさそうで、油断は出来ないと二人はそれぞれに己の身を委ねる武器に無意識に手を遣る。

「やはり、此処にきた事は向こうにも伝わっておるのだろうな」

 問いかけ、というより確認のようにつぶやいたマイラに、仮面のような厚化粧をした怪しい吸血鬼はぺろり、と長い舌を出して笑う。

「フフフフフ、勿論。イワツは人気者ォォォォ」
「……いや、そういう問題ではなかろう」

 嬉しそうに言うイワツに冷静なツッコミを入れるマイラ。それが無駄な行為であるとは気づいていない。

「来ますよ、魔王の忠実な僕が」

 ふっと真面目な顔をしたイワツが、二人の少女からすっと離れる。
 最初はマイラすらどうして彼がそんな風に動いたのか理解は出来なかった。いや、そういう意味では彼女達がこの魔族の言動を理解できた事は一度も無いが。
 理由が分かったのは、同じ部屋の中で空間がぐにゃりと歪んで音も無く人影が現れたとき。全身きっちりと整った黒服に長い黒髪のその男から彼女達を庇うような位置に、イワツは移動したのだ。現れた男と彼女達の丁度真ん中(少しマイラ達寄り)の場所に。
 その男が顔を上げた時、二人は無意識に息を飲む。
 非の打ち所の無い秀麗な造作も目を引くが、男の目は鮮やかな血の色をしていた。イワツと同じ、紛れも無い吸血鬼の証たる色。
 迷わず刀を抜こうとするミオナを、仕草だけで制したのはマイラ。

「待て。我らは狩りに来た訳ではない」
「……はい」

 イワツを除けば、吸血鬼に初めて遭遇するミオナよりは、何度か彼らに対峙した事のあるマイラのほうが場数と経験ゆえに少しだけ余裕があった。
 それでも初めて遭遇する貴族クラスの吸血鬼の気配に意識ごと飲まれそうになる。
 これまでに狩ってきた吸血鬼とは、明らかに格が違う。マイラに魔力を感じる力は無いが、同じ場所に存在するだけでヒシヒシと全身に伝わってくる濃密な力は恐怖や畏怖という言葉では誤魔化しようの無い現実だ。今まで貴族を狩ったハンターが存在しないのも頷ける。
 貴族でこれでは、魔王に至ってはどんなものなのか想像も出来ない。
 一つだけ明らかなのは、そんな相手から必要な情報を引き出さねばならないということ。それすら不可能なように思えて、マイラとミオナは気が遠くなりそうになる。




 同じ時。
 敬愛する主の居城に勝手に侵入してきた不心得者の目の前に現れたケーディも、あまりの驚愕に思考が停止するという事態に陥っていた。
 いや、明らかに魔法を使って侵入したという事実は、移動魔法というものが現在の人間の魔法で存在しない事を踏まえれば、人間以外の存在……すなわち、魔族の介入を示しているのは分かっていたのだ。
 驚いたのは、よもや人間に加担するような魔族がいたという事もあるし、しかもそれがよりにもよって自分と同じ吸血鬼であったという事もあったが……それ以上に、酷く驚かされたのはそれが、その者が一介の吸血鬼では無かったということ。
 主以外に興味が薄いケーディすらその名を知っている、吸血鬼の中ではタカト並に名を知られた別格の存在。

「……イワツ、公爵」

 掠れるような声で呟いたかの名に、吸血鬼の中ではもはや伝説か御伽噺に近いその存在はにやり、と笑う。
 何故か気配はかなり抑えているようであったが、間違えようも無い。
 吸血貴族の中でも魔王という玉座を除いて最も高位にあたる公爵。
 歴代でたった二人しかいないその地位に座する者の一人。
 吸血貴族の爵位はお飾りではなく純粋に力量で決定される事を鑑みれば、伯爵であるケーディに勝ち目などあるわけが無い相手。

 ……そのもう一人が、彼が普段から散々口喧嘩をしている相手のタカトであるのは、ケーディ本人も忘れかけている事実である。

 突然、イワツがくるりとターンを決めてケーディに背を向けた。それすら、彼など歯牙にもかけないという力の差を見せ付けられているように感じて、腹が立つ前に背筋に寒いものが走る。タカトとの関わりで忘れそうになるが、彼らとケーディの間には歴然とした力の差があるのは揺るがしようの無い事実なのだ。

「フフフフフ、イワツはこのように人気者ォ! エクセレントォォォォ」
「……いやだから、そういう問題ではなかろう。しかもそなた、今『コウシャク』と呼ばれていなかったか?」

 何故か背後に話しかけるイワツに、彼にばかり目のいっていたケーディもようやく其処に誰か居るという事に気づく。誰がいるのかと目を遣ったケーディは、再び驚く事になった。

「そう! イワツは栄えあるマクラ貴族なのですよォォォ」
「だからそういう問題ではなかろう、イワツ……マクラはそなたら吸血鬼の中でそこまで浸透しているのか…?」
「そんな訳は……でも、イワツさんが貴族なんて信じられない……あの、コウシャクって二つありますよね? どちらのコウシャクなのですか?」

 人間の女二人。
 しかも、イワツを呼び捨てにしている。
 吸血鬼の中ですら、滅多に呼び捨てにする者のいない彼を。
 更には、彼が貴族である事すら知らない…これは悪い白昼夢なのではないかと一瞬我が目を疑いたくなるケーディ。少なくとも目の前の光景を現実と思いたくは無い。

「イワツはデュークオブマクラぁぁぁっ!!」
「マクラ公爵? そなたらには面白い爵位があるのだな」
「まぁ、貴族の中では一番お偉いのですね」

 現実逃避をしかける彼の目の前で、続く信じられない会話。

「そしてあの彼はカウントオブマクラなのです!!」
「ほう、そなた以外にもマクラ貴族が?」
「まぁ、マクラ伯爵ですか!」

「そんなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 普段、タカトと行っている口喧嘩の要領で会話内容に無意識に突っ込んだことで、ようやくケーディは我に返るのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み