邂逅者 3
文字数 3,175文字
自爆(?)からようやく立ち直ったらしいイワツは。
呆れたように見守る二人の少女を前にして、大袈裟な仕草で両手を広げてお辞儀をして見せた。道化師のようでありながら、どこか気品すら感じさせるその動きに二人の視線が集中する。王宮などにいるお抱え道化師などはこういう感じなのだろうとミオナは思う。
「それでは、イワツ魔法をお見せしましょう」
にやり、と笑うイワツ。
その瞬間、この魔族の浮かべた表情に嫌な予感がしたのはミオナのみ。昔から彼と一緒にいるヴァンパイアハンターである少女の方は、何処か諦めたような顔をして彼の動きを見守っていた。今更この存在のあり方に不満をぶつけるのも馬鹿らしく思えてしまうほど、二人は長い付き合いなのだ。
突然ぐねぐねっと体を揺らしたイワツが、ピタッと動きを止め真上を指差して叫ぶ。
「偉大なるマクラ魔法!! カモン、ビッグマクラァァァァァ!!」
「……っ、きゃぁぁぁぁぁあっ!?」
突然地面に落ちた影に頭上を見上げたミオナの目に写ったのは、今にも自分たちの上に落ちてこようとする巨大なマクラらしきもの。悲鳴をあげるのも無理はない。
ほのかに異臭を漂わせるそれは、怯えるミオナと諦観状態のマイラ、そして妙に楽しそうに体をくねらせているイワツの三人を、枕でありながらふんわりすっぽりと包み込んでしまう。
美しい湖岸で、その光景は異様なものであったが他に見るものもいない。
そして、三人を包み込んだマクラが一瞬で姿を消したところも、誰も見ていなかった……。
城を全て覆っている結界は、繊細ではあるが強固な作りをしている。
それを知る者は少ないが、例え同属であったとしても生半可な力しか持たぬ者では進入する事すら困難な場所。それが、歴史上で多く魔王を輩出してきた貴族血統である青の一族の居城であった。
代々の青の一族達が施してきた複数の結界に加え、現魔王であるアッシュの父に当たる先代魔王が、人間にしかすぎない彼の配偶者を不貞の輩から守る為に施したさらに強固な結界や、タカトがアッシュの後見人をするにあたって彼を害しようとする存在を防ぐ為に施した結界、果てにはノンノを育て始めてから彼女の身を案じる故に追加で作った結界などが同時に存在する。
一つ一つが言うまでも無く優れたモノである上に、最近結界を作ったタカトは長生きが故に非常に魔法に秀でていた。
ノンノに使えるようにというただそれだけで、本来ならありえない出鱈目な言葉での信託魔法の行使が出来る様に新しく魔法則を作り上げてしまった程の魔法の使い手である。
そんなタカトが、一つ一つの結界に支障が及ぶような事無く、全てが上手く機能できるように計算して緻密で複雑な調整を根気強く行った結果、青の城の結界は実はとんでもない事になっている。魔王に不満や害意のあるものが侵入しようとしても、触れる事すら難しいという歴史上稀に見る見事な結界が出来上がったのだ。人の目にそれが見える事が無くても、魔族であれば近づく事すら恐怖に思う大結界。
魔の森に他の魔族がいないのは、この結界のせいでもある。
ただそこに在るだけで途方もなく存在感のある結界なのだ。
とにかく、そんな結界が常にある為に内部に住むものの危機意識が多少薄れていても仕方ないことかもしれない。
しかし、危機感が少し薄れようとも彼らはそれぞれ有能な吸血貴族であり、魔王なのだ。結界付近にすら何かが近づけばそれが昼間であろうと気づく位は可能……のはず、だった。
だからこそ驚愕した。
突然、城の中に入ってきた複数の気配。
今ある結界を全く揺らす事もなく、壊す事も無く、まるでこの城の住人のようにするりと内部に現れたそれら。だが、その時この城に住まう者は皆、城の中に存在していた。つまり、それは考えられないことだが侵入者、ということになる。しかもこの結界を何の苦も無く通り抜けられるほどの力を持った。
「そんな、馬鹿な……っ!?」
正直、そんな存在など思い浮かばないが、現実として何者かがこの城の中に侵入している。
偶々城の主と同じ部屋に居たケーディは、彼と同じように侵入者に気づいたであろう主を仰いだ。こんな時でも、勝手に動くことはしない心底から忠実な僕なのである。
魔王は、侵入に気づいて上げていた目線を読んでいた本に戻す。
「好きにしろ」
「……はっ!!」
それは、珍しくケーディに全ての選択を委ねる言葉。
喜びに身を震わせながら長い黒髪の吸血貴族は頭を垂れて返事をした。
その侵入者には、ノンノやベータと一緒に遊んでいる最中だったタカトも気づいた。
いや、驚くという点ではこの城の結界を調整したタカトの方が、ケーディやアッシュよりも余程強い衝撃を受けていたと言って良いだろう。これほどまで容易に入り込めるような結界などでは決して無い。
信じられないと驚愕に表情を凍らせた彼を、何も気づかない少女達が不思議そうに見上げる。
「たかちゃん、どうしたんですか?」
「タカトさん?」
彼女達の声に、どうにか冷静さを取り戻すと慌てて表情を取り繕い、彼は気取った仕草で前髪をかきあげた。それはいつもの動作だが、やはり何処かぎこちなさが隠せないものになった。浮かべた微笑も、どこかいつもと違うものとなる。
「いや、何でもないさ。俺はちょっと用事を思い出したから、二人は此処で遊んでてくれるかな?」
「はいなのよ」
「は、はい」
「よし、いい子だ……此処から出るなよ?」
最後の言葉に、思いのたけを込めて彼は部屋から外に出る。
見送る二人の表情には、気づかないまま。
静かに扉を閉めたタカトだが、完全に閉め切ってしまえば早足で長い絨毯敷きの廊下を歩き始める。張り詰めた彼の意識の端では、恐らくアッシュからの許可も得たのだろうケーディが侵入者の方に向かうのが見えた。
「全く……アイツは若いよなぁ」
苦笑交じりに呟く彼の目は、軽い口調とは裏腹に真剣な輝きを帯びる。
結界を調整した本人だからこそ、タカトはこの事態の深刻さをひしひしと感じるのだ。誰が侵入したのかは、意図的にぼやかされているらしい気配の為にまだ分からないが、この世界においてこれだけの事が出来るとなると選択肢は極端に限られてくる。その中の誰が来ていようと、ケーディなど赤子の手を捻るようなものなのは間違いない。
若くして伯爵の地位にいるケーディであるが、それでも彼より上を行くものなど少数だが確かに存在するのだ。
場合によっては、瞬殺もありえる程の力の差……よもや、この城の中でそんな軽挙に移る事は誰であろうとないだろう。
だが。
この城に侵入した意図が、分からない。
なにせ、短い時間で彼が思いついた顔ぶれは、誰をとっても一筋縄ではいかないのだ。
「まったく、世話が焼けるねぇ」
ケーディのように魔法を使って侵入者がいる部屋に入るのが最も手っ取り早いように思われるが、誰が来ているのか分からない状態で現場に乱入するのは得策ではないように思えた。
だからタカトは完全に気配を消して、徒歩でその場所へと向かう。
アナログな手段ではあるが、これだけ近い場所では魔法を使えば即座に相手に伝わってしまう。この結界に侵入できるほどの者なら、間違いない。
タカトがこの城に身を寄せている事は同属の中でも有名な話であったが、出来るならギリギリまで存在を悟られない方が良かった。その方が、何かあったときに動き易いから。
ケーディの気配に気をつけながら、彼は最大限急いでそこに向かっていた。
今のところ、何の異常も感じない。
「さぁて、一体誰が来たのかねぇ?」
ようやくその部屋に到着する。
偶々開け放たれていた扉から、そっと中を覗き込んだタカトは……はっきり言って予想していなかった存在を目の当たりにして、紫の目を見開いて驚いた。
呆れたように見守る二人の少女を前にして、大袈裟な仕草で両手を広げてお辞儀をして見せた。道化師のようでありながら、どこか気品すら感じさせるその動きに二人の視線が集中する。王宮などにいるお抱え道化師などはこういう感じなのだろうとミオナは思う。
「それでは、イワツ魔法をお見せしましょう」
にやり、と笑うイワツ。
その瞬間、この魔族の浮かべた表情に嫌な予感がしたのはミオナのみ。昔から彼と一緒にいるヴァンパイアハンターである少女の方は、何処か諦めたような顔をして彼の動きを見守っていた。今更この存在のあり方に不満をぶつけるのも馬鹿らしく思えてしまうほど、二人は長い付き合いなのだ。
突然ぐねぐねっと体を揺らしたイワツが、ピタッと動きを止め真上を指差して叫ぶ。
「偉大なるマクラ魔法!! カモン、ビッグマクラァァァァァ!!」
「……っ、きゃぁぁぁぁぁあっ!?」
突然地面に落ちた影に頭上を見上げたミオナの目に写ったのは、今にも自分たちの上に落ちてこようとする巨大なマクラらしきもの。悲鳴をあげるのも無理はない。
ほのかに異臭を漂わせるそれは、怯えるミオナと諦観状態のマイラ、そして妙に楽しそうに体をくねらせているイワツの三人を、枕でありながらふんわりすっぽりと包み込んでしまう。
美しい湖岸で、その光景は異様なものであったが他に見るものもいない。
そして、三人を包み込んだマクラが一瞬で姿を消したところも、誰も見ていなかった……。
城を全て覆っている結界は、繊細ではあるが強固な作りをしている。
それを知る者は少ないが、例え同属であったとしても生半可な力しか持たぬ者では進入する事すら困難な場所。それが、歴史上で多く魔王を輩出してきた貴族血統である青の一族の居城であった。
代々の青の一族達が施してきた複数の結界に加え、現魔王であるアッシュの父に当たる先代魔王が、人間にしかすぎない彼の配偶者を不貞の輩から守る為に施したさらに強固な結界や、タカトがアッシュの後見人をするにあたって彼を害しようとする存在を防ぐ為に施した結界、果てにはノンノを育て始めてから彼女の身を案じる故に追加で作った結界などが同時に存在する。
一つ一つが言うまでも無く優れたモノである上に、最近結界を作ったタカトは長生きが故に非常に魔法に秀でていた。
ノンノに使えるようにというただそれだけで、本来ならありえない出鱈目な言葉での信託魔法の行使が出来る様に新しく魔法則を作り上げてしまった程の魔法の使い手である。
そんなタカトが、一つ一つの結界に支障が及ぶような事無く、全てが上手く機能できるように計算して緻密で複雑な調整を根気強く行った結果、青の城の結界は実はとんでもない事になっている。魔王に不満や害意のあるものが侵入しようとしても、触れる事すら難しいという歴史上稀に見る見事な結界が出来上がったのだ。人の目にそれが見える事が無くても、魔族であれば近づく事すら恐怖に思う大結界。
魔の森に他の魔族がいないのは、この結界のせいでもある。
ただそこに在るだけで途方もなく存在感のある結界なのだ。
とにかく、そんな結界が常にある為に内部に住むものの危機意識が多少薄れていても仕方ないことかもしれない。
しかし、危機感が少し薄れようとも彼らはそれぞれ有能な吸血貴族であり、魔王なのだ。結界付近にすら何かが近づけばそれが昼間であろうと気づく位は可能……のはず、だった。
だからこそ驚愕した。
突然、城の中に入ってきた複数の気配。
今ある結界を全く揺らす事もなく、壊す事も無く、まるでこの城の住人のようにするりと内部に現れたそれら。だが、その時この城に住まう者は皆、城の中に存在していた。つまり、それは考えられないことだが侵入者、ということになる。しかもこの結界を何の苦も無く通り抜けられるほどの力を持った。
「そんな、馬鹿な……っ!?」
正直、そんな存在など思い浮かばないが、現実として何者かがこの城の中に侵入している。
偶々城の主と同じ部屋に居たケーディは、彼と同じように侵入者に気づいたであろう主を仰いだ。こんな時でも、勝手に動くことはしない心底から忠実な僕なのである。
魔王は、侵入に気づいて上げていた目線を読んでいた本に戻す。
「好きにしろ」
「……はっ!!」
それは、珍しくケーディに全ての選択を委ねる言葉。
喜びに身を震わせながら長い黒髪の吸血貴族は頭を垂れて返事をした。
その侵入者には、ノンノやベータと一緒に遊んでいる最中だったタカトも気づいた。
いや、驚くという点ではこの城の結界を調整したタカトの方が、ケーディやアッシュよりも余程強い衝撃を受けていたと言って良いだろう。これほどまで容易に入り込めるような結界などでは決して無い。
信じられないと驚愕に表情を凍らせた彼を、何も気づかない少女達が不思議そうに見上げる。
「たかちゃん、どうしたんですか?」
「タカトさん?」
彼女達の声に、どうにか冷静さを取り戻すと慌てて表情を取り繕い、彼は気取った仕草で前髪をかきあげた。それはいつもの動作だが、やはり何処かぎこちなさが隠せないものになった。浮かべた微笑も、どこかいつもと違うものとなる。
「いや、何でもないさ。俺はちょっと用事を思い出したから、二人は此処で遊んでてくれるかな?」
「はいなのよ」
「は、はい」
「よし、いい子だ……此処から出るなよ?」
最後の言葉に、思いのたけを込めて彼は部屋から外に出る。
見送る二人の表情には、気づかないまま。
静かに扉を閉めたタカトだが、完全に閉め切ってしまえば早足で長い絨毯敷きの廊下を歩き始める。張り詰めた彼の意識の端では、恐らくアッシュからの許可も得たのだろうケーディが侵入者の方に向かうのが見えた。
「全く……アイツは若いよなぁ」
苦笑交じりに呟く彼の目は、軽い口調とは裏腹に真剣な輝きを帯びる。
結界を調整した本人だからこそ、タカトはこの事態の深刻さをひしひしと感じるのだ。誰が侵入したのかは、意図的にぼやかされているらしい気配の為にまだ分からないが、この世界においてこれだけの事が出来るとなると選択肢は極端に限られてくる。その中の誰が来ていようと、ケーディなど赤子の手を捻るようなものなのは間違いない。
若くして伯爵の地位にいるケーディであるが、それでも彼より上を行くものなど少数だが確かに存在するのだ。
場合によっては、瞬殺もありえる程の力の差……よもや、この城の中でそんな軽挙に移る事は誰であろうとないだろう。
だが。
この城に侵入した意図が、分からない。
なにせ、短い時間で彼が思いついた顔ぶれは、誰をとっても一筋縄ではいかないのだ。
「まったく、世話が焼けるねぇ」
ケーディのように魔法を使って侵入者がいる部屋に入るのが最も手っ取り早いように思われるが、誰が来ているのか分からない状態で現場に乱入するのは得策ではないように思えた。
だからタカトは完全に気配を消して、徒歩でその場所へと向かう。
アナログな手段ではあるが、これだけ近い場所では魔法を使えば即座に相手に伝わってしまう。この結界に侵入できるほどの者なら、間違いない。
タカトがこの城に身を寄せている事は同属の中でも有名な話であったが、出来るならギリギリまで存在を悟られない方が良かった。その方が、何かあったときに動き易いから。
ケーディの気配に気をつけながら、彼は最大限急いでそこに向かっていた。
今のところ、何の異常も感じない。
「さぁて、一体誰が来たのかねぇ?」
ようやくその部屋に到着する。
偶々開け放たれていた扉から、そっと中を覗き込んだタカトは……はっきり言って予想していなかった存在を目の当たりにして、紫の目を見開いて驚いた。