第40話    外伝  終幕 『月の輝く夜に・・』②

文字数 1,269文字

 ミタンの王ペルが十四才の年に始まった、魔『月の王朝』シュラ王との戦いは数回の休戦を挟んで、三十六年の長きに渡る結果となった。
 
 幸い山国ミタンは国そのものが強固な自然の要害のようなもので、得体のしれぬ侵入者には脅えたが、国民はよく耐え、その一掃のため士気は常に高かった。
 
 その間、ペルは夫ドリュと共にミタン国王として最善を尽くした。戦争の終結までには長い年月を要したが、その結婚生活自体は幸せに満ちたもので二人は五人の子供達に恵まれた。
 
 しかし遂に終戦を迎えた翌年、三十年連れ添った夫は突然の病で急逝した。
 その後、ペルは最愛の夫を偲んでか生涯を喪服で過ごした。
 
 しかしペルの国王としての本当の真価が問われるのは、その時からだった

 終戦を迎えたミタンに於いては、その復興期、勤勉な国民と共に再建が始まる。
 戦争の間も必死で守ったひとつの宝・・豊かな山岳地帯の森林。
 『春の森』のような悲劇から守るため、長い戦いの間も地下に張り巡らされた迷路から突然現れる『魔月』のモグラ達を叩いては、その侵入を必死に阻止した。
 
 それが混乱した戦後の経済基盤の要になった。国内外を問わず破壊された同盟諸国のあらゆる地域に大量の資材を搬出し、その再建を助けた。
 それによりミタンの経済は急成長を遂げ、周辺諸国の中でも確固たる地位を築いた。
 

 ペルは九十才で没した。在位七十二年。半分は戦争、半分は平和の時代を生きた。その間、国民に広く愛され親しまれた。
 特に晩年程それは強まり、遥かに若い世代からは〝可愛いバアちゃん〟と云う称号を冠せられた。
 実際小柄で、晩年はやや小太りのペルは、遠目にはかなりの年まで少女のようにも見えた。
 ミタンが〝女帝の時代、ミタンは栄える〟と言われるようになったのはその頃からだった。

 そのペルに関して、ひとつ不思議な逸話がある。伝説のようなものだが・・。

 
 夫君の死後、一時期引き籠っていた時期があったという。喪を表す銀灰色の衣裳を纏って。
 
 その頃、ペルの籠っている山荘付近で夜、特に満月が近づき輝く頃・・その夜の光のような色合いの衣を翻して、何か大きな獣と一緒に森のあちこちを駆け巡る少女の姿が目撃されたというのだ。

(こんな時間に・・)

 と、目撃した猟師のひとりがそっと伺うと・・大きな犬かと思ったその獣は良く見ると狼で、それも美しい銀色をしている。明るい月の光を受けてその毛並みが輝くようだ。

 吃驚して更によく見ると・・少女と思われたのは、なんと近くの山荘に滞在しているミタンの女王だというのだ。
 
 このような時間に伴も連れずにたった一人で、それも野性の狼を引き連れて、森をまるで少女のように軽やかに駆け回っているとは・・。
 
 判然としない心持ちで、猟師は森の中で佇んでいたが・・。

「ふふっ・・」
 
 楽しげな甘やかな笑い声に、その思いが破られ・・ふと見ると、その美しい獣の柔らかな赤い舌先が、その笑い声の主の指にそっと触れているところだった。



『月の迷宮』(第2巻) 「禁断の塔の戦いへの叙事詩より 及び 外伝」 完
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み