第26話 外伝 その五 『精霊の樹』①
文字数 1,400文字
曾て何度か存亡の危機に立たされた『精霊の森』は、その時、その二度目の大きな危機を迎えていた。
森には『精霊の樹』と呼ばれる、美しい赤い実をつける一本の大木があった。大いなる滋養を秘めたその実は精霊達に長寿と活力を与え、養っていた。
しかしその頃は急激な気候変動の影響で、『精霊の森』でも何カ月もの間、雨が止むことがなかった。そのため氾濫した渓谷の水で地盤が緩み、地滑りと倒木が相継いだ。
そんな或る日、その聖なる赤い果実の樹が倒れ、近くの水嵩の増した川から渓谷に流れ、『精霊の森』の外へと運ばれて行ってしまった。
精霊達の命を育んで来た聖なる樹が失われ、以後、精霊達はその本来の力を失った。そのため森の木々は腐食し、枯れ、再生もままならなかった。
一方、古代シュメリアの地を流れる母なる大河メリアは、すべての森羅万象を司る神々を崇め畏れるその地の民の従順なるを歓び、大いなる恩寵を与え養っていた。
しかしその年、『水の神』はうっかり栓を塞ぐのを忘れて神々の会合に出かけてしまい、その間、止むことなく降り続いた大雨で平野部の多くが水没してしまった。
民は、その部族の守護なる神、暫くその御姿を顕わすことのない天つ神・・その御子たる『火の神』を奉る高台に避難した。が、日に日に備蓄した食糧も尽き、多くの餓死者がでた。
彼等は連日、『火の神』に祈った。
「・・『水の神』の大軍にこの地から立ち去るよう・・生き延びるための糧を・・どうぞ我らをお助け下さい」
そんな彼等の祈りが通じたのか・・暫くして水は引き始めた。
そんな或る日、上流からどんぶらこどんぶらこ・・と、一本の大木が流れて来るのが見えた。遠目にも、それはそれは見事な枝振りで、それ一本で『火の神』に捧げる数年分の松明が作れそうだった。
人々はぬかるんだ流れの中からその樹を一斉に引き上げた。すると驚いたことに、その樹を住処としていた大量の魚が一緒で、皆、大喜びでその樹と魚を高台に運んだ。
しかしその後、その余りにも素晴らしい大樹の威容に、神への感謝の松明を作るため伐採しようとしていた彼等は躊躇した。
「・・しっかし、凄い大木だなあ」
「ああ・・どっから流れて来たンだべな」
「こりゃあ、伐り手があるなァ・・」
「ホントに伐る気かァ・・」
「そうだよ。食いもんを運んで来てくれたんだぜ」
「でも、『火の神』さまにお礼をしなきゃ」
「『水の神』さまも、魚、与えてくれたんじゃねえのか」
「さんざん困らせたからってか・・」
「なあ・・そんなこと言えば、それこそこの大木は・・『木の神』さまみてえじゃねえか・・」
その言葉に皆、一斉にその見事な大樹を眺めた。
永遠に続くかと思われた長雨の間には、二度と見ることが出来ないような気がしていた南国の強い陽射し・・。『火の神』を産んだとされるその天つ神からの光を受け、大樹の美しい緑の葉が目を射る様な輝きを放っていた。
「ああ・・」
「・・だな・・」
「・・神々しい・・」
「・・よな・・」
樹はやがてその高台に根を張って蘇り、美しい赤い実を付けた。
人々は『火の神』の聖なる赤い色の実をつけるその大樹を、『聖なる樹』として崇めた。
そしてまた時には厳しく、しかしまた時にはその樹の成長に手を差し伸べたように・・慈しみをもって助けたもう、『水の神』、『木の神』、『地の神』、『天の神』・・と、八百万の全ての神々に感謝した。
森には『精霊の樹』と呼ばれる、美しい赤い実をつける一本の大木があった。大いなる滋養を秘めたその実は精霊達に長寿と活力を与え、養っていた。
しかしその頃は急激な気候変動の影響で、『精霊の森』でも何カ月もの間、雨が止むことがなかった。そのため氾濫した渓谷の水で地盤が緩み、地滑りと倒木が相継いだ。
そんな或る日、その聖なる赤い果実の樹が倒れ、近くの水嵩の増した川から渓谷に流れ、『精霊の森』の外へと運ばれて行ってしまった。
精霊達の命を育んで来た聖なる樹が失われ、以後、精霊達はその本来の力を失った。そのため森の木々は腐食し、枯れ、再生もままならなかった。
一方、古代シュメリアの地を流れる母なる大河メリアは、すべての森羅万象を司る神々を崇め畏れるその地の民の従順なるを歓び、大いなる恩寵を与え養っていた。
しかしその年、『水の神』はうっかり栓を塞ぐのを忘れて神々の会合に出かけてしまい、その間、止むことなく降り続いた大雨で平野部の多くが水没してしまった。
民は、その部族の守護なる神、暫くその御姿を顕わすことのない天つ神・・その御子たる『火の神』を奉る高台に避難した。が、日に日に備蓄した食糧も尽き、多くの餓死者がでた。
彼等は連日、『火の神』に祈った。
「・・『水の神』の大軍にこの地から立ち去るよう・・生き延びるための糧を・・どうぞ我らをお助け下さい」
そんな彼等の祈りが通じたのか・・暫くして水は引き始めた。
そんな或る日、上流からどんぶらこどんぶらこ・・と、一本の大木が流れて来るのが見えた。遠目にも、それはそれは見事な枝振りで、それ一本で『火の神』に捧げる数年分の松明が作れそうだった。
人々はぬかるんだ流れの中からその樹を一斉に引き上げた。すると驚いたことに、その樹を住処としていた大量の魚が一緒で、皆、大喜びでその樹と魚を高台に運んだ。
しかしその後、その余りにも素晴らしい大樹の威容に、神への感謝の松明を作るため伐採しようとしていた彼等は躊躇した。
「・・しっかし、凄い大木だなあ」
「ああ・・どっから流れて来たンだべな」
「こりゃあ、伐り手があるなァ・・」
「ホントに伐る気かァ・・」
「そうだよ。食いもんを運んで来てくれたんだぜ」
「でも、『火の神』さまにお礼をしなきゃ」
「『水の神』さまも、魚、与えてくれたんじゃねえのか」
「さんざん困らせたからってか・・」
「なあ・・そんなこと言えば、それこそこの大木は・・『木の神』さまみてえじゃねえか・・」
その言葉に皆、一斉にその見事な大樹を眺めた。
永遠に続くかと思われた長雨の間には、二度と見ることが出来ないような気がしていた南国の強い陽射し・・。『火の神』を産んだとされるその天つ神からの光を受け、大樹の美しい緑の葉が目を射る様な輝きを放っていた。
「ああ・・」
「・・だな・・」
「・・神々しい・・」
「・・よな・・」
樹はやがてその高台に根を張って蘇り、美しい赤い実を付けた。
人々は『火の神』の聖なる赤い色の実をつけるその大樹を、『聖なる樹』として崇めた。
そしてまた時には厳しく、しかしまた時にはその樹の成長に手を差し伸べたように・・慈しみをもって助けたもう、『水の神』、『木の神』、『地の神』、『天の神』・・と、八百万の全ての神々に感謝した。