第13話 第十三章 『月の泉』 その4
文字数 2,188文字
水面の淵に突っ伏していたカンはふと意識が戻り、飛んだ飛沫を払うように目を擦った。
その目を上げると、少しだけ視力が戻っている。
暗い視力の中でシャラが太刀を手に、何やら見えない相手と対峙している。
その形相からは余裕など消え去り、まるでなにかに憑かれたような表情で水の中にでもいるかのような相手に必死で太刀を打ちつけている。
その傍らでは、デュラが唖然とした様子でシャラを見つめている。
その時、ペルの開いた胸元から月光を受けて何かがキラリと光った。
「ペルさま・・合わせて、合わせて下さい・・!銀の板を!」
先程からエネルギーのひどい流出を感じてグッタリとしていたペルは、カンの声に胸の銀の飾りに手をやった。
・・暫くボンヤリとその飾りを眺めていたが、それからやっと声を絞り出すように言い続けるカンの言葉の意味を把握したのか、その二枚の小さな銀の平板を重ねて掲げた。
差し込む月光を受けて、透かし模様の古代文字が輝くように浮かび上がった。
《・・甦れ・・炎の戦士・・携えし・・降魔の剣と共に・・!》
高く掲げられたその言葉を反芻したカンに、突然の気力が蘇った。
「ウウォ・・!」
立ち上がるのと、その叫びと、剣の切っ先がシャラに向かうのはほぼ同時に起こった。
「父上・・!」
同時にデュラの口から、ほとんど悲鳴のような叫び声が上がった。
その叫びの意味を把握する前に、カンはシャラの上に太刀を浴びせていた。
再び『月の鏡』大きく割れ、粉々に砕け、シャラの姿はその中に消えた。
・・しかしシャラ自身が、どのようにその状況を判断したのかは定かではない。
カンの太刀にやられたのか、或いはシャラ以外には誰の目にも見えなかった深い水の中から現れた腕に引きずり込まれたのか・・。
カンの視力は戻った。その完全に戻った視力が最初に映し出したものは・・泉の淵でグッタリとしている少女と、砕けた鏡の欠片を虚ろな表情で見つめている少年と、その後ろで折れた肋骨を庇うようにして半分身体を起こしている若い男の姿だった。
皆、神官の衣を纏い、月の光に照らされた石の彫像のように生命の息吹きさえどこかに忘れているようだった。
その後、四人は何とか地下の通路に通じている場所を捜し出し、神殿を抜け出した。
しかしデュラは、途中で何も言わずに三人の前から姿を消した。
そのためカンは、何故シュラ王の長子であるデュラが、シャラを父上と呼んだのか聞きそびれた。
その地下道を急いでいる時のことだった。途中で前方からやって来る松明の光が見えた。通路の脇に身を寄せて見ていると・・。
「リデン・・さま・・!」
ダシュンが声を上げた。
(・・精霊の森の女王が・・一人でこんなところに・・)
そのリデンは突然、声をかけられて吃驚したように立ち止まった。
三人が松明の光の中に姿を現すと、反対に彼女の方が驚いた声を上げた。
「ペリ・・!」
「・・サアラ・・!」
「え、サ、サアラさん・・?」
ダシュンは混乱した。
まだ明けやらぬ早朝、素顔のサアラを目にしたことはあるが薄闇の中でだった。
それよりも、リデンさまとそっくりじゃないか・・瓜二つだ。
「この方が・・サアラさんなのか・・」
カンが、些か感に堪えない面持ちで聞いた。
視力を失いそれまで見ることがなかったが、やさしい声音から受ける印象以上に美しく・・愛らしい。確かにリデンさまにそっくりだが、違う・・全く、違う・・。
「サアラ・・どこに行くの・・」
「シャールさまのところに・・」
「シャール・・シャールは、シャラよ」
「シャールが呼んでいるの・・分かるの。でもどこにいるのか分からない。泉にも行ったし、渓谷も見たわ・・ペリ、あなたがやって来た時みたいに。でも、どこにもいない・・」
カンとダシュンは、そんなサアラの様子に戸惑った。
「サアラさん、でも何故ここに・・?」
地下道にはミタン兵を配置しておいたはずだが・・。
「シャールが、いつも泉の近くから現れるのは知っていたわ・・。でも迎えに来るまでは絶対に待っていろって。でも、もう迎えには来ない・・来られない。だから探したの、シャールのところに行く道を・・」
カンとダシュンは言葉に詰まった。
「サアラ殿、シャ・・シャール殿は、もうおられん」
「いない・・なぜ!?」
「私が殺した・・」
「殺した・・ウソ!」
「いや、ほんとだ」
「ウソ・・!なぜ・・!」
「この目を取り返すためにだ」
「目を・・ウソよ。まだ、生きているわ。シャールはまだ生きてる・・」
「そうだ・・まだ生きてるかも知れない」
サアラの様子に同情したのか、ダシュンが言った。
・・確かに、まだ死んだところを見たわけじゃない。
「そうよ、生きているわ・・生きてる」
そう言って、サアラは先に急ごうとした。
「サアラさん、ダメだ。戻るんだ・・!女一人で、どんな目に会うか分からないぞ・・やつらは、ただの神官じゃないんだ・・!アウッ!!」
連れ戻そうと叫んで、追いかけようとした途端、二人の骨折した箇所に爆発したような激痛が走った。
「サアラ・・!!」
「サアラ殿・・!」
サアラは、もはや誰の呼びかけにも答えずに闇の中に消えていった。
その手の掲げる暖かな松明の火が冷たい闇の中に消えるように・・。
カンとダシュンそしてペルの脳裏に、一瞬のその美しい面影を永遠に留めて・・。
その目を上げると、少しだけ視力が戻っている。
暗い視力の中でシャラが太刀を手に、何やら見えない相手と対峙している。
その形相からは余裕など消え去り、まるでなにかに憑かれたような表情で水の中にでもいるかのような相手に必死で太刀を打ちつけている。
その傍らでは、デュラが唖然とした様子でシャラを見つめている。
その時、ペルの開いた胸元から月光を受けて何かがキラリと光った。
「ペルさま・・合わせて、合わせて下さい・・!銀の板を!」
先程からエネルギーのひどい流出を感じてグッタリとしていたペルは、カンの声に胸の銀の飾りに手をやった。
・・暫くボンヤリとその飾りを眺めていたが、それからやっと声を絞り出すように言い続けるカンの言葉の意味を把握したのか、その二枚の小さな銀の平板を重ねて掲げた。
差し込む月光を受けて、透かし模様の古代文字が輝くように浮かび上がった。
《・・甦れ・・炎の戦士・・携えし・・降魔の剣と共に・・!》
高く掲げられたその言葉を反芻したカンに、突然の気力が蘇った。
「ウウォ・・!」
立ち上がるのと、その叫びと、剣の切っ先がシャラに向かうのはほぼ同時に起こった。
「父上・・!」
同時にデュラの口から、ほとんど悲鳴のような叫び声が上がった。
その叫びの意味を把握する前に、カンはシャラの上に太刀を浴びせていた。
再び『月の鏡』大きく割れ、粉々に砕け、シャラの姿はその中に消えた。
・・しかしシャラ自身が、どのようにその状況を判断したのかは定かではない。
カンの太刀にやられたのか、或いはシャラ以外には誰の目にも見えなかった深い水の中から現れた腕に引きずり込まれたのか・・。
カンの視力は戻った。その完全に戻った視力が最初に映し出したものは・・泉の淵でグッタリとしている少女と、砕けた鏡の欠片を虚ろな表情で見つめている少年と、その後ろで折れた肋骨を庇うようにして半分身体を起こしている若い男の姿だった。
皆、神官の衣を纏い、月の光に照らされた石の彫像のように生命の息吹きさえどこかに忘れているようだった。
その後、四人は何とか地下の通路に通じている場所を捜し出し、神殿を抜け出した。
しかしデュラは、途中で何も言わずに三人の前から姿を消した。
そのためカンは、何故シュラ王の長子であるデュラが、シャラを父上と呼んだのか聞きそびれた。
その地下道を急いでいる時のことだった。途中で前方からやって来る松明の光が見えた。通路の脇に身を寄せて見ていると・・。
「リデン・・さま・・!」
ダシュンが声を上げた。
(・・精霊の森の女王が・・一人でこんなところに・・)
そのリデンは突然、声をかけられて吃驚したように立ち止まった。
三人が松明の光の中に姿を現すと、反対に彼女の方が驚いた声を上げた。
「ペリ・・!」
「・・サアラ・・!」
「え、サ、サアラさん・・?」
ダシュンは混乱した。
まだ明けやらぬ早朝、素顔のサアラを目にしたことはあるが薄闇の中でだった。
それよりも、リデンさまとそっくりじゃないか・・瓜二つだ。
「この方が・・サアラさんなのか・・」
カンが、些か感に堪えない面持ちで聞いた。
視力を失いそれまで見ることがなかったが、やさしい声音から受ける印象以上に美しく・・愛らしい。確かにリデンさまにそっくりだが、違う・・全く、違う・・。
「サアラ・・どこに行くの・・」
「シャールさまのところに・・」
「シャール・・シャールは、シャラよ」
「シャールが呼んでいるの・・分かるの。でもどこにいるのか分からない。泉にも行ったし、渓谷も見たわ・・ペリ、あなたがやって来た時みたいに。でも、どこにもいない・・」
カンとダシュンは、そんなサアラの様子に戸惑った。
「サアラさん、でも何故ここに・・?」
地下道にはミタン兵を配置しておいたはずだが・・。
「シャールが、いつも泉の近くから現れるのは知っていたわ・・。でも迎えに来るまでは絶対に待っていろって。でも、もう迎えには来ない・・来られない。だから探したの、シャールのところに行く道を・・」
カンとダシュンは言葉に詰まった。
「サアラ殿、シャ・・シャール殿は、もうおられん」
「いない・・なぜ!?」
「私が殺した・・」
「殺した・・ウソ!」
「いや、ほんとだ」
「ウソ・・!なぜ・・!」
「この目を取り返すためにだ」
「目を・・ウソよ。まだ、生きているわ。シャールはまだ生きてる・・」
「そうだ・・まだ生きてるかも知れない」
サアラの様子に同情したのか、ダシュンが言った。
・・確かに、まだ死んだところを見たわけじゃない。
「そうよ、生きているわ・・生きてる」
そう言って、サアラは先に急ごうとした。
「サアラさん、ダメだ。戻るんだ・・!女一人で、どんな目に会うか分からないぞ・・やつらは、ただの神官じゃないんだ・・!アウッ!!」
連れ戻そうと叫んで、追いかけようとした途端、二人の骨折した箇所に爆発したような激痛が走った。
「サアラ・・!!」
「サアラ殿・・!」
サアラは、もはや誰の呼びかけにも答えずに闇の中に消えていった。
その手の掲げる暖かな松明の火が冷たい闇の中に消えるように・・。
カンとダシュンそしてペルの脳裏に、一瞬のその美しい面影を永遠に留めて・・。