第12話 第十三章 『月の泉』 その3
文字数 2,468文字
その闘いの間、ダシュンはペルとデュラを引き寄せてその攻防を見守っていた。が、いったい何時、どちらに勝敗が決まるのか予想もつかなかった。
全ての感覚を研ぎ澄まして戦うカンには一瞬の躊躇も許されない。
常に気配を察知しては、剣を瞬時に移動させては構える。凝縮した気迫と緊迫感を漲らせて。
シャラを取り巻く空気は違う。白い僧衣を纏って、さりとて生身ではない。周りにバリアを張っている。しかしそのバリアを破って、太刀の刀身で相手をぶった斬るような無粋な真似はしない。
太刀はバリアの形を変容させるための呪術師の杖のようなもの・・その隙間から、まるで蛇が瞬時にその舌で獲物を捕らえるように攻撃に出る。
シャラはカンの動きを見ることが出来るし、いつでも倒せた。
その時、均衡が破れた。
月が天頂に上り、直下の泉にその姿を映した。
シャラが動いた。カンもそれを察知して構えた。
月の太刀がカンの頭上に降り落とされた。間一髪、カンの柄がそれを防いだ。
月の光さえ通さぬ闇がカンを助けた。そうだ、今や闇こそが厚い雲のように魔月の力を遮る唯一の味方なのだ。
「フッ・・」
シャラの表情に一瞬の称賛とも、余裕ともつかない表情が浮かんだ。
それから突然、太刀をしならせ襲いかかった。
月の泉を舞台に二人の太刀が更に激しく交錯する毎に、その刀身に映る月光が稲妻のように走る。
太刀の噛み合い、また反発する金属音が洞窟に反響し、光と音の綾なす戦慄を奏でる・・!
シャラの身体はその光の太刀をまるでしなる鞭のように扱いながら、時にゆっくり、はたまた瞬時に空を舞う・・その切っ先を相手の急所目がけて。
その太刀が更に猛攻を加えた。
カンは必死にそれに耐えた。が、
(・・あの一太刀・・なぜ、発せぬ・・)
と云う思いが頭の中を過った瞬間、カンの剣が飛んだ。
その強い衝撃でカンの身体もバランスを失い、泉に映る鏡を割った。
「カン様・・!」
ダシュンが跳んで出た。
しかしシャラはまるでその機会を待っていたかのように、身体を翻しペルを捉えた。
そんな予想外の動きに対応が遅れたダシュンは、すぐに無謀にも討って出ようとして目を見張った。
明らかにシャラの様子が先ほどまでと違う。何か二倍も三倍も重力を増したかのような威圧感が漂っている。
ダシュンも剣に覚えのあるミタンの戦士だった。が、その威圧感の前に突然、それまでの意力が半減して行くような気持ちに襲われた。
「ふふ・・」
シャラの口から含み笑いが漏れた。
「私とこの姫君とは、相性がよろしいらしくてね・・」
シャラはいたぶるような調子でダシュンに迫って来たが、勇気を振り絞ってかかって来た相手を二、三度、月の太刀で打ち据えると、それ以上は放っておいた。
ダシュンは砕けたように動けなかった。
その間に剣を拾って再び態勢を整えようとしていたカンは、やはり先ほどまでの気配とは違うシャラに緊迫感が増していた。
闇の中にいるカンに、更なる巨大な闇の固まりが迫って来るような感じがしていた。
「・・『月の鏡』が割れましたね・・」
そう言いながらシャラは、カンのいる泉の淵にやって来た。
「ペルさま、ここにいらっしゃったついでですから、ぜひご覧になって頂きたいものが・・」
そう言いながら、既にシャラは剣を構えるカンに何の関心も払っていないようだった。
突然、消えた相手の殺気に、却ってカンはシャラの所在を失った。
それを隙と察知してのことか、カンは暗黒の闇に素早く剣を突きつけた。
が、それよりも早くシャラの一太刀が傷を負っていた足を打ち、カンは激痛の余りその場に倒れ気を失った。
シャラは太刀を脇に置くとペルを両腕で抱えた。
水面の波が静かに収まり、再び遥か頭上の月が泉の鏡に映っていた。
「いいですか、ペルさま・・教えて頂きたいんです。あれは一体誰なのか・・」
そう言いながら、シャラはペルを腕に抱えたままジッと泉の水面を見つめて待ち構えていた。
・・その鏡に映る姿を・・その緑色の衣を纏った・・姿を・・。
・・だんだん照準が合って来るように、水面の鏡に何かの姿が現れて来た・・。
「・・いいですか、よく見て」
そう言いながら、その姿がハッキリと現れるのを待っているシャラの目に映ったのは・・。
「お、お前は・・」
(・・ふふふ・・)
「ウワ!!」
シャラはいきなり足を何物かに掴まれた。
ねっとりとした感触で・・水のようにも、長いこと水の中にいたもののようにも・・或いはもっと沽液質の血の滴りようにも・・。
・・泉に映る『月の鏡』から何かの腕のようなものが出て、シャラの片足をしっかりと掴んでいる。青白い・・まるで長い長い間、水の中にいたような・・ふやけて生気のない死人の手。
まるで、うっすらと鱗さえ見えるような・・。
しかしその手の力はまた驚くほど強く、シャラの身体を水の中に引きずり込もうとしている・・その強さは、まるでその者が抱いて沈んでいる石の重さそのもののような・・。
シャラは必死にその手を振り解こうとしていたが、一瞬でも力を抜けばそのままズルズルと深い水の中に引きずり込まれてしまいそうだ。その水の流れが続く渓谷の深い、深い水の底へ・・。
(・・なぜ・・)
掴まれていない軸足を何とか少しずつ後ろにずらしながら・・何故、と言う疑問が頭をかすめた。
その疑問に答えるように・・水面の鏡から声が聞こえた。
(・・ふふふ・・その姫さまの力を・・頂いているのさ・・)
シャラはその言葉にハッとして、静かにペルを放した。
引きずり込もうとする力が、心持ち弱くなったような気がした。
それから・・その手を脇に置いてある太刀に伸ばす。その手が太刀に届くと、ギュッと掴んで拾い上げ、ありったけの力で水の中から出ている腕に打ちつけた。
飛沫が飛び、腕は一瞬のうちに斬り千切られる。と、まだシャラの片足に吸い付いている手だけ残して、水中に沈んだ。
・・そこから濁った緑色の液体がドクドクと浸み出し泉の水を染める。
全ての感覚を研ぎ澄まして戦うカンには一瞬の躊躇も許されない。
常に気配を察知しては、剣を瞬時に移動させては構える。凝縮した気迫と緊迫感を漲らせて。
シャラを取り巻く空気は違う。白い僧衣を纏って、さりとて生身ではない。周りにバリアを張っている。しかしそのバリアを破って、太刀の刀身で相手をぶった斬るような無粋な真似はしない。
太刀はバリアの形を変容させるための呪術師の杖のようなもの・・その隙間から、まるで蛇が瞬時にその舌で獲物を捕らえるように攻撃に出る。
シャラはカンの動きを見ることが出来るし、いつでも倒せた。
その時、均衡が破れた。
月が天頂に上り、直下の泉にその姿を映した。
シャラが動いた。カンもそれを察知して構えた。
月の太刀がカンの頭上に降り落とされた。間一髪、カンの柄がそれを防いだ。
月の光さえ通さぬ闇がカンを助けた。そうだ、今や闇こそが厚い雲のように魔月の力を遮る唯一の味方なのだ。
「フッ・・」
シャラの表情に一瞬の称賛とも、余裕ともつかない表情が浮かんだ。
それから突然、太刀をしならせ襲いかかった。
月の泉を舞台に二人の太刀が更に激しく交錯する毎に、その刀身に映る月光が稲妻のように走る。
太刀の噛み合い、また反発する金属音が洞窟に反響し、光と音の綾なす戦慄を奏でる・・!
シャラの身体はその光の太刀をまるでしなる鞭のように扱いながら、時にゆっくり、はたまた瞬時に空を舞う・・その切っ先を相手の急所目がけて。
その太刀が更に猛攻を加えた。
カンは必死にそれに耐えた。が、
(・・あの一太刀・・なぜ、発せぬ・・)
と云う思いが頭の中を過った瞬間、カンの剣が飛んだ。
その強い衝撃でカンの身体もバランスを失い、泉に映る鏡を割った。
「カン様・・!」
ダシュンが跳んで出た。
しかしシャラはまるでその機会を待っていたかのように、身体を翻しペルを捉えた。
そんな予想外の動きに対応が遅れたダシュンは、すぐに無謀にも討って出ようとして目を見張った。
明らかにシャラの様子が先ほどまでと違う。何か二倍も三倍も重力を増したかのような威圧感が漂っている。
ダシュンも剣に覚えのあるミタンの戦士だった。が、その威圧感の前に突然、それまでの意力が半減して行くような気持ちに襲われた。
「ふふ・・」
シャラの口から含み笑いが漏れた。
「私とこの姫君とは、相性がよろしいらしくてね・・」
シャラはいたぶるような調子でダシュンに迫って来たが、勇気を振り絞ってかかって来た相手を二、三度、月の太刀で打ち据えると、それ以上は放っておいた。
ダシュンは砕けたように動けなかった。
その間に剣を拾って再び態勢を整えようとしていたカンは、やはり先ほどまでの気配とは違うシャラに緊迫感が増していた。
闇の中にいるカンに、更なる巨大な闇の固まりが迫って来るような感じがしていた。
「・・『月の鏡』が割れましたね・・」
そう言いながらシャラは、カンのいる泉の淵にやって来た。
「ペルさま、ここにいらっしゃったついでですから、ぜひご覧になって頂きたいものが・・」
そう言いながら、既にシャラは剣を構えるカンに何の関心も払っていないようだった。
突然、消えた相手の殺気に、却ってカンはシャラの所在を失った。
それを隙と察知してのことか、カンは暗黒の闇に素早く剣を突きつけた。
が、それよりも早くシャラの一太刀が傷を負っていた足を打ち、カンは激痛の余りその場に倒れ気を失った。
シャラは太刀を脇に置くとペルを両腕で抱えた。
水面の波が静かに収まり、再び遥か頭上の月が泉の鏡に映っていた。
「いいですか、ペルさま・・教えて頂きたいんです。あれは一体誰なのか・・」
そう言いながら、シャラはペルを腕に抱えたままジッと泉の水面を見つめて待ち構えていた。
・・その鏡に映る姿を・・その緑色の衣を纏った・・姿を・・。
・・だんだん照準が合って来るように、水面の鏡に何かの姿が現れて来た・・。
「・・いいですか、よく見て」
そう言いながら、その姿がハッキリと現れるのを待っているシャラの目に映ったのは・・。
「お、お前は・・」
(・・ふふふ・・)
「ウワ!!」
シャラはいきなり足を何物かに掴まれた。
ねっとりとした感触で・・水のようにも、長いこと水の中にいたもののようにも・・或いはもっと沽液質の血の滴りようにも・・。
・・泉に映る『月の鏡』から何かの腕のようなものが出て、シャラの片足をしっかりと掴んでいる。青白い・・まるで長い長い間、水の中にいたような・・ふやけて生気のない死人の手。
まるで、うっすらと鱗さえ見えるような・・。
しかしその手の力はまた驚くほど強く、シャラの身体を水の中に引きずり込もうとしている・・その強さは、まるでその者が抱いて沈んでいる石の重さそのもののような・・。
シャラは必死にその手を振り解こうとしていたが、一瞬でも力を抜けばそのままズルズルと深い水の中に引きずり込まれてしまいそうだ。その水の流れが続く渓谷の深い、深い水の底へ・・。
(・・なぜ・・)
掴まれていない軸足を何とか少しずつ後ろにずらしながら・・何故、と言う疑問が頭をかすめた。
その疑問に答えるように・・水面の鏡から声が聞こえた。
(・・ふふふ・・その姫さまの力を・・頂いているのさ・・)
シャラはその言葉にハッとして、静かにペルを放した。
引きずり込もうとする力が、心持ち弱くなったような気がした。
それから・・その手を脇に置いてある太刀に伸ばす。その手が太刀に届くと、ギュッと掴んで拾い上げ、ありったけの力で水の中から出ている腕に打ちつけた。
飛沫が飛び、腕は一瞬のうちに斬り千切られる。と、まだシャラの片足に吸い付いている手だけ残して、水中に沈んだ。
・・そこから濁った緑色の液体がドクドクと浸み出し泉の水を染める。