第6話 第十一章 『御前会議』 その3
文字数 2,262文字
「では端的に、実際に起ったことのみを並べると・・そのシャラは『月の宮殿』の主に納まったことを手始めに神殿をも手に入れて、その『魔月の扉』を開けるべく既に二ヵ所を抑えている。そして現在も、その妄想とも思える扉を抉じ開けるべく着々と準備を整えいると・・」
その言葉に、それまでのやや飛躍した話に些かポカンとしていたテンドや村長を初めとする『春の森』の代表達の表情がとりわけ引き締まり、緊迫感を帯びた。
「・・あの山に・・そんなものが・・」
「それがもう・・ここまで、地下道で繋がっているんですか」
これまで付近の山や森で、僧服を纏った身元不明の遺体が何件か見つかっていた。その幾つかの首許には、何か獰猛な獣にでも襲われたと思われる跡があった。
しかしこの森にはそんな危険な獣は棲息してはおらず、不審な思いが募っていたところだった。
「それで、あのシュメリアの王位転覆を謀ったと云うその目的も、全ては、その扉を形作るために王宮が必要だと云うことなのか」
やっと議論が現実味を帯びてきた。
「では、その残りの一か所『月の王宮』とは、文字通り現王宮を指しているということで良いのですね・・」
「そこのところは、まだハッキリとは言い切れません」
「ところで一つ疑問なのは、何故シャラは、すでに婚礼は無効となっておられるミタンの姫君を誘拐したのでしょう」
「・・それなのですよ、理由もなく誘拐するはずもありませんから」
それから議題は、『ミタン王女誘拐及び皇太子一行殺害未遂事件』の首謀者シャラの拿捕、及びペル姫救出のための作戦に移り、カンの描いた神殿内部と周辺の地図を見ながら会議は進んだ。
「何よりも最優先されるべきは、無事、姫君を救出することです」
シャラの奇妙な計画の一端が明らかになった今、俄かに小さな姫君の安全に対する懸念が高まっていた。そのために、まずは地下道から少人数で神殿内に潜入してぺルの行方を捜すことにした。その間、増員したミタン軍を密かに神殿正面の近くと、この『春の森』に分けて配置させる。
「・・そして姫君を無事に救出した後に、こちら側から密かに侵入して・・正面から脱出する者達を挟み撃ちにして、一連の事件の首謀者シャラを探して拿捕する」
「サアラ・・」
夜の泉の淵で眠るサアラに、シャラはそっと呼び掛けた。
ぺルのいない今、以前のようにサアラは泉の淵でシャラを待っていた。
月の光が映し出す姿態とその面差しに魅了されたシャラは一瞬、押し黙った。美しさがいっそう際立ち、纏う生成りの衣さえ、その滑らかさが違う感じがする・・。
「サアラ・・今宵、夢は何を語っている・・」
シャラは眠るサアラの耳元に囁いた。
・・暫くすると、目を閉じたままのサアラの口許が微かに動き、何か小声で語りはじめた。
シャラは顔を近づけて静かに聞いていた。が、そのうちその顔に怪訝な表情が浮かんだかと思うと、次第に険しくなり・・茫然とした顔でサアラの語る夢を聞いていた。
ひとしきり語り終わると、サアラは再び一時の眠りに入った。夢が彼女を疲労させたのだ。
その傍らでジッと座り込んでいるシャラの表情は、果たして何かを考えているのか・・或いはその夢に捉えられて、ただ立ち上がることが出来ないだけなのか分からない。
カンの視力は飽くまで一時的とはいえ、リデンの治療で急激に回復した。
数ヶ月に及ぶ『リデンの森』滞在時には自ら回復に努めることで森の霊力を心身に浸透させ、以後の〝魔月〟の影響から逃れることが出来た。が、今の状況は急を要する。
そして骨折の方は、文字通りのお手当てで、なんと二日で普通に歩けるようになった。
カンは程なくして、兵士達を連れて出発した。
脱出時には見ることの出来なかった地下道の様子を松明で照らしながら進んでいると、何と途中で行き止まりになっていた。
前回にはなかった厚い壁が行く手を阻み、いくら押してもびくともしない。
仕方なく、所々にある途中まで堀り進めたような脇道を調べながら戻っていると、その一つに散々格闘した格子鍵の扉が付いていた。
「待て、待て・・」
力任せにその扉を壊そうとしている兵に、カンが言った。
皆、不思議そうな表情で見守る中、カンは慣れた手つきで幾つかの格子の動かし方を試してみた。するとなんと三度目で暗証丁番号に当たり、簡単に開いた。
「ほお・・」
一斉に感嘆の声が上がる。
カンは、やや得意顔でその扉を開けると・・。
〝お先にどうぞ・・〟
と、云った仕草で兵達をその先の通路に誘った。
その先にこれまた厚い木の扉があった。が、その閂はこちら側から簡単に開き、その向こうにヒンヤリとした空気の流れる狭い通路が続いていた。
その中をかなり進んだ辺りに階段が見え・・その下に男がひとり倒れていた。
「ダシュン!!」
カンが吃驚して叫んだ。
微かに息はしている。何日も閉じ込められ衰弱が激しかったが、地下道の岩盤から僅かに浸み出す地下水を飲んで生き抜いたようだ。
カンは兵士達にダシュンを担がせ、直ぐに『春の森』へと引き返した。
その後、その樵小屋を探し当てて調べると、大きなカマドには火を燃やした形跡がなく、人が隠れるための偽装のようだった。他にも、こう云った機関小屋がある可能性がある。
・・いつの間にか平和な森の一角に、魔窟の神殿へと続く不可解な迷路が張り巡らされていたのだ。
『精霊の森』では警備兵を増員して、森中の小屋や祠の捜索を開始した。
更には、あらゆる周辺の森も調べることにした。
その言葉に、それまでのやや飛躍した話に些かポカンとしていたテンドや村長を初めとする『春の森』の代表達の表情がとりわけ引き締まり、緊迫感を帯びた。
「・・あの山に・・そんなものが・・」
「それがもう・・ここまで、地下道で繋がっているんですか」
これまで付近の山や森で、僧服を纏った身元不明の遺体が何件か見つかっていた。その幾つかの首許には、何か獰猛な獣にでも襲われたと思われる跡があった。
しかしこの森にはそんな危険な獣は棲息してはおらず、不審な思いが募っていたところだった。
「それで、あのシュメリアの王位転覆を謀ったと云うその目的も、全ては、その扉を形作るために王宮が必要だと云うことなのか」
やっと議論が現実味を帯びてきた。
「では、その残りの一か所『月の王宮』とは、文字通り現王宮を指しているということで良いのですね・・」
「そこのところは、まだハッキリとは言い切れません」
「ところで一つ疑問なのは、何故シャラは、すでに婚礼は無効となっておられるミタンの姫君を誘拐したのでしょう」
「・・それなのですよ、理由もなく誘拐するはずもありませんから」
それから議題は、『ミタン王女誘拐及び皇太子一行殺害未遂事件』の首謀者シャラの拿捕、及びペル姫救出のための作戦に移り、カンの描いた神殿内部と周辺の地図を見ながら会議は進んだ。
「何よりも最優先されるべきは、無事、姫君を救出することです」
シャラの奇妙な計画の一端が明らかになった今、俄かに小さな姫君の安全に対する懸念が高まっていた。そのために、まずは地下道から少人数で神殿内に潜入してぺルの行方を捜すことにした。その間、増員したミタン軍を密かに神殿正面の近くと、この『春の森』に分けて配置させる。
「・・そして姫君を無事に救出した後に、こちら側から密かに侵入して・・正面から脱出する者達を挟み撃ちにして、一連の事件の首謀者シャラを探して拿捕する」
「サアラ・・」
夜の泉の淵で眠るサアラに、シャラはそっと呼び掛けた。
ぺルのいない今、以前のようにサアラは泉の淵でシャラを待っていた。
月の光が映し出す姿態とその面差しに魅了されたシャラは一瞬、押し黙った。美しさがいっそう際立ち、纏う生成りの衣さえ、その滑らかさが違う感じがする・・。
「サアラ・・今宵、夢は何を語っている・・」
シャラは眠るサアラの耳元に囁いた。
・・暫くすると、目を閉じたままのサアラの口許が微かに動き、何か小声で語りはじめた。
シャラは顔を近づけて静かに聞いていた。が、そのうちその顔に怪訝な表情が浮かんだかと思うと、次第に険しくなり・・茫然とした顔でサアラの語る夢を聞いていた。
ひとしきり語り終わると、サアラは再び一時の眠りに入った。夢が彼女を疲労させたのだ。
その傍らでジッと座り込んでいるシャラの表情は、果たして何かを考えているのか・・或いはその夢に捉えられて、ただ立ち上がることが出来ないだけなのか分からない。
カンの視力は飽くまで一時的とはいえ、リデンの治療で急激に回復した。
数ヶ月に及ぶ『リデンの森』滞在時には自ら回復に努めることで森の霊力を心身に浸透させ、以後の〝魔月〟の影響から逃れることが出来た。が、今の状況は急を要する。
そして骨折の方は、文字通りのお手当てで、なんと二日で普通に歩けるようになった。
カンは程なくして、兵士達を連れて出発した。
脱出時には見ることの出来なかった地下道の様子を松明で照らしながら進んでいると、何と途中で行き止まりになっていた。
前回にはなかった厚い壁が行く手を阻み、いくら押してもびくともしない。
仕方なく、所々にある途中まで堀り進めたような脇道を調べながら戻っていると、その一つに散々格闘した格子鍵の扉が付いていた。
「待て、待て・・」
力任せにその扉を壊そうとしている兵に、カンが言った。
皆、不思議そうな表情で見守る中、カンは慣れた手つきで幾つかの格子の動かし方を試してみた。するとなんと三度目で暗証丁番号に当たり、簡単に開いた。
「ほお・・」
一斉に感嘆の声が上がる。
カンは、やや得意顔でその扉を開けると・・。
〝お先にどうぞ・・〟
と、云った仕草で兵達をその先の通路に誘った。
その先にこれまた厚い木の扉があった。が、その閂はこちら側から簡単に開き、その向こうにヒンヤリとした空気の流れる狭い通路が続いていた。
その中をかなり進んだ辺りに階段が見え・・その下に男がひとり倒れていた。
「ダシュン!!」
カンが吃驚して叫んだ。
微かに息はしている。何日も閉じ込められ衰弱が激しかったが、地下道の岩盤から僅かに浸み出す地下水を飲んで生き抜いたようだ。
カンは兵士達にダシュンを担がせ、直ぐに『春の森』へと引き返した。
その後、その樵小屋を探し当てて調べると、大きなカマドには火を燃やした形跡がなく、人が隠れるための偽装のようだった。他にも、こう云った機関小屋がある可能性がある。
・・いつの間にか平和な森の一角に、魔窟の神殿へと続く不可解な迷路が張り巡らされていたのだ。
『精霊の森』では警備兵を増員して、森中の小屋や祠の捜索を開始した。
更には、あらゆる周辺の森も調べることにした。