第10話    第十三章 『月の泉』 その1

文字数 1,891文字

 周辺の森の至るところをしらみ潰しに捜索した兵団は、『月の神殿』の地下道に続く小屋や洞を幾つか探し当てた。しかし、そこから伸びる地下通路は全て厚い壁戸で遮断されていた。

 
 再び神官の衣を纏ったカンとダシュンは、兵を率いてそんな地下通路の一つを進んでいた。
 何度も斧や大きな木槌を打ち付けては遮断壁に穴を開けると、向こう側の閂に手を伸ばして重い扉をこじ開けた。所々に兵を配置し、最後は二人だけで勝手知ったる神殿内に潜入した。 

 出会う神官と慣れた作法で挨拶を交わしながら、彼等の話し声に聞き耳を立てた。
 
 その時、二人の神官と擦れ違った。

「・・少し足りない。もうちょっと増やした方がいいな・・まだ何班か動員できるか」
「はい。第八班なら、もう儀に参加する準備はよろしいかと」
「なら、連れてこい」

(・・八班・・儀・・?)

 二人が属していたのは第七班と呼ばれていた。コウ脱走時の不手際がなかったら、残って探ろうとしていた何か重要な儀式というその事か・・。
 
 その時だった。

「おい!」
 
 二人は、強張った。

「・・何してる。お前ら中級だろ」
「は、はい」
「まだ着替えてないのか」
「は、はい・・」
「迷ってしまって・・」
「その突き当りだ」
「はい・・」
 
 早くその場を切り抜けたかった二人は、取りあえずその突き当りに行ってみた。
 入り口があり、入ってみると衣部屋のようで、きれいに衣類が積み上げてあった。

「すみません・・着替えを二着」
 
 そこの係りらしい神官に言った。 

「何の着替えだ・・?」

(さあ・・)
「儀の・・」

 着替えてウロウロしていると・・。

「おい!」
「こっちだ、早くしろ!」

 ・・と、上手い具合に同じような白装束に紛れ込んだカンとダシュンは、先頭の神官が開錠する格子鍵の扉を次々と踏破して複雑な通路を巡り、『魔月の儀』の執り行われる聖堂に潜り込んだ。
 堂内は既に大勢の神官で埋め尽くされ、纏う白衣の群れが何層もの廻廊の高いところまで鈴なりだった。二人は儀式の様子を眺めるには絶好の位置に押し込まれだ。

 やがて辺りが厚い唱和の響きで満たされる中、長い髪を垂らして純白のローブを纏った少女が数人の上級神官達と共に姿を現した・・ぺルだ・・。

 議場の中央に沸く『忘却の泉』まで来ると、御付きの神官がペルのローブを外し、その下に一枚の薄物を纏っただけのペルは慣れた様子で泉の中に入った。
 それからゆっくりとその水に身を浸し、静かに目を閉じる。
 泉を取り囲むようにして立つ三人の上級神官が、手に香炉を掲げて揺らしながら何かを唱え始めた。
 その間、およそ半刻程の間、唱和の波動に身を委ねるように水の中で瞑目していた。

 ・・やがて再び静かに目を開けると、ゆっくりと水から上がり、御付きの神官がその濡れた薄物を外して乾いたローブを纏わせた。
 それからやや朦朧とした様子で近くの広台に横になると直ぐに目を閉じ、そのまま眠りに入っていったようだ。
 
 神官達の唱和の波も静かに引き・・儀式は終わった。
 大勢の神官が皆、無言のまま物音も立てずに聖堂を出て行く。
 
 一緒に出ていく振りをしながらカンとダシュンは、さり気なく階段の陰に身を隠した。

 暫くして誰もいない事を確かめ、ぺルの許に向かおうとしたその時、大男を従えて長い銀髪の男が姿を現した・・シャラだ。

 横たわる〝犠の乙女〟に近づき、シャラがその耳元に何かを囁くとペルは目を覚ました。その後、かなり長い間、二人は何かの問答を交わしていた。
 それから両手を少女の目に当ててシャラが何か唱えると、ぺルは再び眠りに落ちたようだ。
 そして大男がぺルを抱え上げて、三人は出て行った。

 カン達も急いでその後を追う。
 そして入り組んだ階段状の狭い通路を上がったり下がったりしているうちに・・岩室が並ぶところに出た。
 監守がその一つの格子戸を開け、三人は入って行ったが、大男の方は直ぐに出て来た。
 その後、暫くしてシャラも姿を現し、監守に何か言って去った。


 カンとダシュンは用心深く、まだ暫く機を窺っていた。
 すると、食事を運んで来た若い神官が入ってゆき、暫くしてから食器を下げて出て来た。

「じゃ、今日はすべて済みましたので、何かあったら呼んで下さい・・」
 
 神官は監守にそう言って下がった。

 それを機に物陰から出て行った二人は、監守に型通りの挨拶をした。
 そしてダシュンが話しかけている間に、背後に廻ったカンがソッと監守の首に手を回して気絶させた。そのまま監守部屋に運び、手足を縛って猿ぐつわを咬ませる。

 それからペルの部屋の閂を外して・・念のため、カンだけが中に入っていった。
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