第23話    外伝 その四 『リデンの辞書』①

文字数 1,928文字

 リデンが、その即位の時より常にその傍らにあった侍女達と共にシュメリアに向けて発つ時、全ての森の民がその別れの際に集まった。

 しかし、皆、まるで遠足に出かける仲間でも見送るかのようだ。たとえ別れが悲しくてもソッと涙を拭うだけ。『精霊の森』に涙なんて似合わないから。

「リデンさま・・行ってらっしゃいませ!」
「お早いお帰りを・・!」
「皆さま、ご機嫌よろしゅう・・また直ぐにお会いしましょう」
「リデンさまァ、いってらっしゃァい・・!」
「これ、ポピイ!リデンさまをよろしく頼むぞ・・!」
「リデンさまァ・・ポピイをよろしくうう・・!」
「アハハ・・」
「ハハハ・・」

 侍女達は皆、精霊の娘。面白がり屋で楽しいことが大好き。そんな娘達でも、『精霊の森』の女王がその森を離れるという事がどういうことかは知っている。
 リデンと違って娘達は皆、限りある命なのだ。もう再び森に帰ることはないかもしれない。それでもリデンと共に敵地に乗り込むべく、意気揚々と森を離れた。

 
 ところがシュメリア領内に入って暫くした頃、出迎えたシュメリアの護衛隊によって、最年長のフィーナ一人を残して皆、森へ帰されようとしていた。

「・・他の者は皆、戻るようにとの国王陛下よりのお達しだ」
「いいえ!どこまでもリデンさまと共に行かせてもらいます!」

 そんな時の精霊の娘達の頑固さは見事なものだ。
 護衛隊も手こずった。
 
 その時・・。

「言うことを聞かねば、この大切な御方のお命は・・」

 何と、副隊長が、神聖なる精霊の女王の首に剣を当てて言い放った。
 
 あまりのことに、侍女達は動転して声も出ない。
 しかし、リデンは落ち着いて言った。

「・・皆、ここでお別れしましょう・・」

 その言葉に、侍女達の頬に一斉に涙が伝った。
 
 ベソをかくなんて事はまだ小さかった頃に、森の精霊なのに・・木から落ちた時とか、精霊なのに森で迷った時とか、精霊なのに毒キノコに当たった時とか・・精霊の娘達にとっては不名誉だけど、森の住民達にとっては笑えることばかり。

 ところがそんな娘達が、人目を憚らずポロポロと大粒の涙を流してリデンとの別れを惜しんだ。
 リデンは一人一人をシッカリとその腕の中に抱きしめた。
 まるで子供のようにギュッとしがみつくポピイ達・・リデンの中に不思議な感情が芽生える。

(・・私達は森の精霊・・私は『精霊の森』の女王・・遍く全ての森を統べるために、太古からの叡智を学び・・多くを聴き、多くを知り、考えて来たけれど・・)


「へ、陛下・・お許しを・・!」
 
 侍女達の乗る馬車が離れるやいなや、副隊長が転がるようにして額ずき詫びた。

「致し方なかったようですわね・・」
 
 リデンが半分慰めるように言った。

 侍女達からは見えなかったが、リデンに向けられた剣の刃は丸く砥がれ、精霊の女王の滑らかな首筋を傷つけるには不向きのようだった。

「それに私、〝透明の鎧〟を身に着けておりますのよ・・」
「・・はっ?」


「・・大丈夫、ポピイ・・?」
「ええ・・涙も枯れちゃったわ・・」
 
 侍女達の乗った輿は、シュメリアの護衛達にまるで囲まれるような形で付き添われ、来た道を戻っていた。

「・・もうリデンさまのお姿、見えないわ・・」
「ええ・・でも、突然あんなことがあるから・・」
「そうよね・・〝お命は〟、なんて言って、刃を向けるんだもの」
「そうよねェ・・」
「・・・」
「・・ん?」
「ん・・」
「えっ!・・お、お命って・・」
 
 一瞬、皆、空っぽの表情になった。

「わ、私たちったら・・」
「バカァ・・!」
「リ、リデンさまったら、不老不死で・・」
「・・不死身!」
「・・ど、ど忘れしてたわ!」

 思わず振り返るポピイ達。

 しかし『精霊の森』の女王の乗った輿はすでに、遥か彼方へとその姿を消していた。


 シュメリアの王都メリスに着いたリデンは、王宮の西の端の一角、広いテラスから眼前に見事な砂丘を臨む美しい屋敷に落ち着いた。 
 
 そこに侍る大勢の侍女や近習達は皆、直ぐに、かの伝説の森からやって来た女王に心酔した。そして華やかな文化を誇る都メリスを気に入ってもらおうと、輿を仕立てて早速、案内を始めた。
 
 王宮から延びる壮大な都大路・・凱旋の門・・月の門・・王立図書館・・。

 ・・それにしても、このメリスの繁栄はどうだ。
 
 『魔月』の不完全な扉が招いた緑の沃野の消失・・国土の半分は既に不毛の大地と化していると云うのに、都は今、未曾有の景気に沸き立つ奇妙な時期を迎えようとしていた。
 まるでその失われた地域の豊かさを全て、今やこの〝魔都〟とも呼ばれる都が吸い上げているかのようだ。一面の砂漠の中で燦然とした輝きを放っている。
 
 その様には、リデンでさえ少なからず驚いたほどだ。
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