第2話    第十章 『巣窟』 その2

文字数 2,400文字

 
 やはりその先に狭い地下通路が続いている。
 周りの岩壁には所々地下水が浸み出し、中はヒンヤリとした空気が漂っている。

(・・そこいらじゅうに地下道を掘ってんのか。なら、こっちは端から暴いてやるぜ!)

 シャラ一味の目論見がだんだんと分かって来たような気がして・・さて、何処に出るのかと進んで行ったが・・何処にも出なかった。

 松明が殆ど燃え尽きたところで、その狭い通路は突然、終わっていた。
 頑丈な木の壁のようなものが行く手を阻み、いくら押してもビクともしない。
 ガックリとしたが、戻るしかない。

(どうせペルさまを連れて行ったのは神殿だろ・・この地下道を発見出来ただけでも・・)

 そう思って、灯もなく真っ暗な中を引き返し・・もうそろそろと云ったところで、突然、何かにぶち当たって躓いた。手探りで、それが小屋への階段だと分かった。

(・・開けっ放しにしておいた・・はずだけど・・)

 妙な気分のまま手探りで階段を上り、頭上に手を伸ばして床板を思いっきり押し上げてみたが、ビクともしない。

(・・誰かが入って来て閉めたのか・・いや、そんなはずはない・・誰も入れないよう閂は下ろした・・)


「ペリさま、これをお飲み下さい。飲み終えたら参りましょう」
 
 前日の夕刻、サアラの家にやって来たシャールは、ペリに一杯の飲み物を与えた。
 ひどく甘かった。それを飲み終えたペリは、一年近く一緒に暮らしたサアラに暇を告げた。

「・・早く良くなってね・・そしたら、また一緒に暮しましょうね・・ずっとよ」
「・・ええ、サアラ・・すぐに戻ってくるわ」

 そう言ってまるで本当の姉妹のように抱き合うと、ペリはあの〝お山〟の強い霊力で不治の病を治すために出発した。


 小さな身体で何時間も歩いたペリはその間、自分でもびっくりするくらい疲れも知らずにシャールの歩調に合せて歩いた。
 
 やがて辿り着いた森の中の小屋には、男が一人いて、二人が入ると直ぐに扉の閂を下ろした。
 それから、シャールと男は小声で何かのやり取りをしていた。
 シャールが視線で外を示して言った言葉は、ペリにも聞こえた。

「ネズミ・・」
 
 その言葉に男はニヤッと笑った。シャールの口角もちょっと上がった。
 それから男が床の一部を持ち上げると、シャールはペリを促してその下に続く階段を降り、その先の狭い通路をペリの肩を抱いて歩き出した。

 それまで全く疲れ知らずだったぺリは、その地下道を進むうちに眠気で朦朧としてきた。
 シャールはそんなぺリを抱き上げて抱えると、そのままその長い地下通路を先に急いだ。
 
 ・・シャールの衣を通して、暖かな体温が伝わって来る。半分微睡みながら、ペリはそのことに不思議な思いがしていた・・。
 シャールは何故かいつも冷たい水を連想させる・・この地下もそんな水のようにヒンヤリとしている。でも、その手が携える一本の松明が映し出すこの狭い空間の中では、その伝わる体温に妙に安心して・・目を閉じると、いつの間にかその力強い腕の中に全身を預けて眠りに入っていた・・。


 目が覚めると、ぺリは広い洞屈の中の大きな寝台の上にいた。
 天上の高い岩の重なりから帯のように光が差し込んでいた。

 ここが、『春の森』から遠くに見えたあの山の中なのだろうか・・狭いサアラの小屋で迎える朝とは随分違う。起き上がって、辺りを見回す。

 大きな台の上に、必要なものが一通りきれいに並べて置いてある。
 畳んである柔らかな布地を手にとって広げてみた。その上質な織物のローブを手にした途端、ふとあの男達が語ったことを思い出した・・ペリはミタンの王女だと。
 ペリはいつも首に架けている鎖を衣の中から出すと、外して眺めてみた。

 そこに付いている二枚の銀の飾りには、幾つもの細い線で描かれた透かし模様が施されている。熱から醒めたぺリに、サアラが渡してくれたもの。
 以来、なぜか外に出しておくといけないような気がして・・いつも衣の中に入れていた。

〝・・私が差し上げた物は、ちゃんと身に付けておられますか・・〟
 あの男達の一人がそう言った。

 それをまた服の下に隠すと、洞室の中を一回りしてみた。

 奥の壁際には大きな棚が置かれている。外部に面した岩壁の上は少し引っ込んでいて、そこに格子戸の入った窓が見える。
 部屋の端の三段の石段の先が出入り口らしかったが、頑丈な木の格子扉は設錠してあり開かない。そこから覗くと、更にその先にも同じような格子扉が垣間見えた。

 再び寝台に座り、台の上の小さな銀の鈴を手に持って振ってみた。
 鈴の音が驚くほど鮮明に辺りに響いた・・。

「お目覚めになられましたか・・」
 
 その声に振り向くと、神官の衣を纏った若い男が手に水差しを持って、その出入り口から現れた。

「シャラ様から、こちらでお世話をするよう仰せつかったセブともうします」

(・・シャラ・・『月の宮殿』の主・・?)
 ぺリは、あの男達の話を思い出した・・。

 セブは女のように柔らかな物腰の見習神官で、すぐに食事を乗せた御盆を運んで来た。そしてペリが食べている間、好奇心旺盛なその質問に丁寧に答えてくれた。

 ここは『月の神殿』内の居住区の一角だが他とは少し離れているので、外部の物音からは断絶している。この岩屋の外には門番がいるが、二重の格子扉になっているため外廊下からは部屋の中は殆ど見えない。しかし鈴の音は外にもよく聞こえ、鈴の音がなると直ぐ近くの居室にいるセブに牢番が知らせてくれる。
 しかし神官としてのお勤めもあるので、直ぐには来られない場合もある。

「とにかく何かご用がございましたら鳴らしてください。シャラ様は、いずれいらっしゃると思います」
「シャールもここにいるの?」
「シャール・・誰です」
「わたし・・シャールにここに連れて来られたのよ」
「・・ペルさまを、ここにお連れした方はシャラ様です」

(・・シャラ・・?・・ペル・・?)
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