第3話    第十章 『巣窟』 その3

文字数 1,965文字

 それから数日が過ぎていた。初めはもの珍しかったが、何しろたった一人で過ごしているのだ。シャラもまだ姿を現さない。
 朝夕と食事の時は鈴を鳴らせばセブは直ぐにやって来るが、退屈したペリは格子戸の窓を眺めて考えていた。

(・・あそこなら外の景色が見えるのかしら・・でも、どうやったらあの狭い廊下みたいなところに上れるの・・)

 森の小屋の秘密の出入り口・・そんなことを思いながら色々カラクリはないかと探してみた。が、これといって秘密の仕掛けも見当たらない。


「ねえ、セブ・・あの窓のところにはどうやって行けるの」

 若いセブは何も知らなかった。が、誰かに教えてもらったらしく、後で説明してくれた。

「・・じゃ、どこかに階段があるのね・・」

 部屋中を見回して・・唯一、カラクリが隠れていそうなのは、壁際の大きな棚だった。しかしペリの力では動かせない。

「ねえ、セブ・・あの棚の後ろだと思うんだけど・・」
「あんまり、あっちこっち動かすと・・マズイですよ・・」

 二人の男達との出会い以来、突然湧いて来たぺリの探究心に連日次々と付き合わされていたセブは、そう言いながらも・・重い棚をなんとか壁から少しずらしてくれた。

 その隙間から覗くと、確かにその後ろには扉が隠されていた。更に思いっきり力を入れて棚をずらし、人ひとり入れるくらいの隙間を作ってくれた。

「扉、開きませんね・・」

 下の方に、開閉止めなのか金具が埋め込まれている。その金具さえ取れれば・・開くのではないか・・。

「ねえ・・セブ・・」
「・・僕だって、力ないですよ・・」


「ねえ・・セブ・・」

 次の日、セブはぺリが全てを言う前に、衣の下から何か取り出した。
 それから・・窮屈な隙間に難儀しながらも身体を屈折させて腕を伸ばすと、それを扉の金具に近づけゆっくりと上に移動させた。一緒に金具が少し引き上げられ、後は手で押さえて取り出した。

「磁石です・・メチャ強力でしょ」
 ペリは嬉しそうに拍手してセブを称賛した。

「僕だって、あんまり力使いたくないですからね・・」

 金具が取れると、扉は簡単に開いた。
 扉の中は狭い空間で、壁際に高い窓へと続く階段があるだけだった。
 
 ペリと一緒に上ろうとしたセブの耳に、門衛が大声で呼ぶのが聞こえた。

「いいですか・・後でちゃんと閉じて下さいよ。見つかるとまずいですからね」

 そう言ってセブが急いで出て行くと、ペリは階段を上り、岩壁に沿って狭い通路状になっている場所に出た。そこから岩屋の部屋全体が見渡せるが・・手摺がないので、やや足が竦む。

 下から見ると格子戸の嵌まった窓のように見えた場所は元々は出入口のようで、その外にも岩を削ったような狭い岩の通路があった。
 その通路の先に狭い窓が見え・・そこに、遥か眼下に臨む深い渓谷を眺めているひとりの少年の姿があった。

 その美しい面差しにぺリの目は思わず釘付けになった。が、同時に、その虚ろな表情には、声に掛けるのを躊躇わせるものがあった。

 その時、少年が何かの気配を察したように、ペリの方を振り向いた。

「・・君は・・」
 少年はさほど驚いた様子も見せず、そう言いかけた。

「・・ペル・・」

 ペリはその少年が、自分のことを〝ペル〟と呼んだので驚いた。
 が、ちょっと間を置いて、二人の男が話していたことを思い出した。

「・・デュラ・・さま・・」
「・・どのくらい・・経ったのかな・・」
「一年以上になります。デュラさまは、いかがお過しでございましたか・・」 
「・・・君は?」
「・・ずっと『春の森』というところにいました・・ここからちょっと離れたところです」
「ふうん・・」

 無関心そうな相手の様子にも関わらず、ペリは勝手におしゃべりを始めていた。

 
 それからは毎日、ペリは階段を上ってはデュラと窓越しに言葉を交わしていた。
 セブは鈴を鳴らさない限り入って来ない。

 驚いたことにデュラは、ここにずっと閉じ込められているのだという。
 デュラの岩屋は、ペリの部屋のその窓辺が床面になっているが、天井は低く、空間も狭いようだった。おまけにセブのような世話係もおらず、これまで門衛以外には誰とも言葉を交わしていないという。

 ペリは以前の記憶を失っていることを打ち明け、『月の宮殿』での出来事を尋ねた。

 デュラは宮殿から舟で抜け出した後、一旦王宮に戻り、その後、陸路でここまで連れて来られたのだという。

「王宮に・・?」
「うん・・」
 無関心そうに返事をしたデュラに、ペリは尋ねた。

「なぜ、王宮からここに連れて来られたの・・」
「さあ・・」
 そう言って肩を竦めると、そんなことはどうでもいいようにデュラは続けた。

「ここが僕の・・今では君の、宮殿なんだよ」

 一年余りの幽閉生活は、元々、月のように美しいが、物憂い十一才の少年に・・尽くの無関心さを与えたようだ・・。

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