第11話    第十三章 『月の泉』 その2

文字数 2,075文字

 部屋に入ると直ぐに、高い窓のところにいるペルの姿が目についた。
 
 壁際の棚がずれていることに気づき、中を覗くと階段がある。
 上って行くと、ペルが振り向いた。

「ペルさま・・」
 
 セブ以外の神官の出現に、しばらく眺めるようにして相手を見ていたペルが言った。

「・・カン」
「ペルさま、思い出して下さいましたか・・」
 
 安堵したようにカンが言った。
 それから、一体何が見えるのだろうと窓の外を見たカンは、松明の光を受けた向かい側の窓辺にいる少年と目が合った。

「・・・デュラさまでは・・」
 
 考えてみればペルがいるのだから、新郎だったデュラがここにいるのは不思議ではない。

「ペルさま、お探しいたしました。ここから早く出ましょう」
「分かったわ」
 
 ペルは何も聞かずにそう答えた。

「デュラさま・・あなたも行く・・?」
 
 ペルが聞いた。

「・・行くのかい」
 
 デュラは果たして、神官の格好をしたカンを誰なのか認識しているのだろうか・・。

「行くわ・・あなたは」
「・・・」
 
 少年は決めかねているのか、何も言わない。

 しかしカンがペルを促して部屋の外に出ると、その間にデュラは自分の岩屋の出入り口のところまで来ていた。
 正直、シュメリア側のデュラが一緒だと厄介な気もした。
 しかし、ペルがデュラはずっとここに幽閉されていたのだと言って閂を開けさせた。


 その後、格子鍵の暗証丁番号を記した虎の巻を手に神殿の迷宮は難なく突破した。
 が、その先はペルとデュラを連れていては直ぐに見つかってしまう。

「大丈夫だったか・・」
 
 ダシュンが、二着の見習僧の服を手に戻って来た。

「何とかごまかしましたよ・・」
「ダシュン、覚えているか。あの干し草のところに出ればいいんだ・・」
 

 しかし、その干し草の場所へ続くと思われた洞の中を、あやふやな記憶を頼りに進んで行くうちに・・迷ってしまった。
 その一つの脇道に入った途端、四人の背後で壁戸の扉が音もなく・・。

「しまった・・!」
 
 その先には、狭い階段が続いているだけだ。下りるしかない。

「・・地下道に、行き着くかも知れませんよ・・」
 
 が・・いつまでも、ただ下へ下へと降りるだけで・・このまま・・。

「・・冥界にでも、下って行くのか・・」
 
 と、突然、広い洞窟の中に出た。
 ひどく冷たい空気の中、流れる水音が聞こえる・・。


 ・・遥か上の方から差し込む冴え冴えとした満月の光を浴びて、洞の中央に佇む長い銀髪の姿が幻のように浮かび上がっている。
 その人物はやや俯き加減のまま、一心にその足先の水面を見つめている。

「・・これはお揃いで・・」
 
 その姿が、振り向きもせずに言った。

「ここまでいらっしゃるとは・・」
「シャラか・・!」
 
 カンが言った。

 数日は持つはずだったリデンの応急処置の効果が、いったい何の作用か・・下へと下る間に急激に落ち、今や再び深い闇に閉ざされていた。
 が、勝負の時が来たのだ。カンは剣の柄をギュッと握った。

「これはカン殿、そう早やらずとも。・・夜目では不利でございましょうに」
「夜目でなくば、月の矢をお主に返せん!今夜は月夜だ、ちょうどいい!」
「それなら私にとっても・・。デュラ、おまえもいるのか・・」
「・・はい」
「行くのか」
「はい」
「・・なぜ行く」
「一生・・囚われの身は、いやでございます」
「一生・・?これからおまえは、この神殿の主になるのだ」
「・・・」
「その日は、もう目の前だ。これ迄のおまえの年月を無駄にする気か」
「私は・・このような神殿の主になど、なりたくはありません。このような・・空虚な神殿の傀儡になど」
「傀儡・・?ふふ、面白いことを申す。誰に聞いた・・そのような事を」
「聞いたのではありません。ペルと話しているうちに、少しずつ分かって来たのです」
「ペルと話して・・」
 
 シャラは、考え深げに言葉を切った。

「それにシャラ!あなた自身、傀儡に過ぎないではありませんか・・!」
「・・・・」
 
 その場にいた三人は、つい今しがたまで寡黙で物憂げな少年、カンなどはやや足手纏いではないかと思っていたデュラが、突然、ひどく強い調子でシャラに立ち向かっていることに驚きの思いを隠せなかった。

「ペルを置いていけ・・。そうしたらお前たち三人には用はない。どこへでも行くがいい」
「何を言う。我々はペルさまをお助けに参ったのだ」
「なら、三人共、ここから出ることは出来ない。特にこの『月の泉』からは・・」
「シャラ・・勝負だ!!」
 
 カンが剣を構えた。

「カン様!」
 
 ダシュンも剣を構えて言った。

「ダシュン、助太刀致すな!ここは俺とシャラの勝負だ。それでなくば、この目に刺さった月の矢を返すことが出来ん・・!」
 
 そう言うと、カンは一歩踏み出した。

 シャラの手にも、いつの間にか『月の太刀』が握られている。
 しかし、そこにそのまま佇むシャラの身体は殆ど不動で、その光の太刀さえ長い銀髪とその衣の一部であるかのようだ・・。
 
 カンも同様不動のまま・・空気の動きを、その皮膚感覚で見ていた。
 
 ・・神殿の地下の洞窟で、二人の戦いが始まった・・!

 
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