第8話    第十二章 『月の戯れ』 その2

文字数 1,743文字

 使節団はそんな王に、問題の三角地帯について尋ねた。

「・・我が王朝の始祖である『月の一族』の古王朝時代・・勿論、貴国のミタンもその尊い流れを汲んでおられますが・・王都の宮は『月の王宮』と呼ばれていたとのこと。ただ、現在のこの王宮は後に新たに建立されたものゆえ、その曾ての王宮の確かな所在は私も存じてはおりません。いずれにせよ、シャラがそのような計画を本気で実行しているというなら、その『魔月』とやらの三角地帯には軍を常駐させて警戒を怠らないよう致しましょう。勿論、貴国が調査なりを行う場合は全面的に協力いたします・・」

 そう前回とは打って変わった実務的な采配を見せて、今後の計画について話し合った。
 そしてその場で直ぐに、国軍の指揮官に『月の神殿』への派遣を命じた。
 
 更に、主神殿の長バシュア大神官にも謁見したいという一行の求めに応じて、快くその機会を取り計らってくれた。

 
 大神官バシュアは『月の神殿』の動向については以前から危惧を抱き、それなりの対策を講じていた。ところが、そのために送り込んだ直属の部下達の消息が途切れ、更には神殿の方で主神殿からの神官達の受け入れを拒絶するようになった。
 そのため今では断絶状態に等しい神殿は、完全に謎の勢力に乗っ取られた形だという。
 
 そんな数々の重要な情報を手に入れ、使節団はシュメリアを後にした。


 その今や主神殿の力も及ばぬ『月の神殿』では、シャラの予想した通り・・『魔月の儀』としてペルを台座に据えてからその力は驚くほど強まっていた。
 もし一年余り前に据えていたら、ペルを受体とする〝力〟の方が強すぎて均衡を欠き、何かしらの支障が出たはずだ。今やっとその〝力〟に対しての神官達の力が追いついたのだ。
 
 そして二年後の『魔年』を迎えたところで・・ペルはその『魔月の祭壇』に捧げられる。


 その日も『魔月の儀』の間中、ペルは目を閉じて神官達の唱和する声の波動に揺られていた。
 その波は洞窟の壁に反響して更に強まり・・波にたゆとう小舟に乗って幻と現の川をさ迷っていた。まるで渓谷の河を眠りのうちに渡っていた時のように・・。
 
 ・・あの河の中から伝わって来た波動は、シャールを呼んでいた・・深い、深い水の底から。
 そして・・あの焼き尽くすような熱は、更により深い地中からやって来た。

 『忘却の泉』で思い出し、そして忘れて行くこと・・。どうやって、ここにやって来たのかは覚えていない。なぜ、ここにやって来たのかも・・。
 そして・・『春の森』の泉で眠っている間、断続的にみていた夢・・狼・・銀色の狼・・。

 ・・ペルは静かに目を開けた。辺りはしんと静まり返っている。
 その日の儀は既に済み、神官達も皆、去っていた。篝火は落ち、辺りは薄暗い。
 そのまま静かに高い天空を眺める・・日々、眠りが長くなってゆく。

 その時、何かの気配に視線が落ちた。その先に男の姿があった。
 ペルは、ジッと見つめる・・狼・・銀色の狼・・。

 
 そんなぺルにシャラは聞いてみたかった。
 どこまで忘れたのか・・と、同時に、自らも心の迷宮をさ迷っていた。
 
 月は欠け、また育ち・・『魔月』は、巡って来るけれど。
 ・・サアラの夢が語ること、『月の鏡』が映すもの・・。
 『魔年』への準備は着々と進み、ミタンへも、『春の森』へも密かに地下を巡る路が通じ、その迷路の数を増やしているけれど・・。
 でも、そこに自分はいない・・何処にも・・。
 
 ・・そんな森の中にも、夢の中にも、鏡の中にも、そしてこの自らが作り上げた『魔月の神殿』の中にさえ・・。ペルの中で一つずつ消えて行く記憶の中にだけ存在する者のように・・。そしていつか自らも・・その『赤い月の酒』として祭壇に捧げられる・・。


 ・・『月の宮殿』での日々・・熱が奪った記憶を冷たい泉の水が呼び起こす・・父上、母上、レタ・・カン、ダシュン・・赤い人達、デュラ、シャラ・・銀髪の狼・・銀色・・銀の・・透かし模様・・。

〝・・この意味は、婚礼の日に。私からのお祝いです・・〟
 
 カンからの贈り物・・私は・・ミタンの王女、私の名前は・・ペル。透かし模様の意味・・覚えていない。でも、カンに何て言ったかは覚えてる・・。

〝・・これが、お祝いの言葉なの・・?〟
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