第32話    外伝 その七 『繭玉の森』③  

文字数 2,046文字

「・・おまえ、けっこう頑張るな・・ま、俺も〝持ち出せるもんならやってみな!〟なんて言ったけどな」
「・・・」
 
 クタクタに疲れ切ったデュラは、グッタリとした状態で倒れていた。
 『レナの森』は,、すでに未明の闇の中だった。

「わかった。持ってけ」
「え・・」
「持ってけって言ってんだ。聞こえねえのか」
「いいんですか・・」

 まだ倒れたままボンヤリとして言ったデュラの周りには、薪が散乱していた。
 デュラは何度も薪を集めて背負子に背負った。
 しかしその度にばらけてしまったり、集める薪が手から滑り落ちたり、何故かとても重くて持ち上げられなかったりで薪の束を集めることが出来なかった。
 
 それでも何としてでも持ち帰らなくてはならないデュラは、森番の繰り出す力の隙を突いては格闘しているうちに、遂に疲労困憊して倒れ込んでいたのだ。

「そのために頑張ったんだろう」
「・・はい」
「そうか・・いいか、俺はこの森の番人だ。リデン様に敵対する奴らは誰一人、この森の葉っぱ一枚、持ち出すことは許さねえ。それが俺の役目だ」
「・・・」
「そんな俺が、何でおまえに薪を持ち出す事を許すか、分かるか」
「いえ・・」
「もちろん一つは、おまえの嫁さんのためだ。精霊の娘には何の罪もねえ。ただ、仇なすおまえを知らずに好きになっちまっただけだろう。それに、娘達は大事な俺達の仲間だ。だがな、それだけじゃねえ。理由はもう一つある・・」
「・・・」
「おまえの斧だ・・」
「斧・・」
「ああ・・。おまえがこの森の木を伐ろうとして、斧を木に当てているその斧だ。それは樵の斧だ、仇なす者の斧じゃねえ。仇なす者達の斧は、殺人者のそれだ。木が痛みで悲鳴を上げる。だが、おまえの斧は嫁さんのためを思って性急だが、木の悲鳴は聞こえねえ。木が受け入れてる。だから俺は不思議に思ったんだ。おまえの嫁さんが〝精霊の病〟になんて罹っちまったことに・・」
「精霊の・・」
「ああ・・どうやら、おまえさんは、〝精霊の病〟が何だか知らんらしいが、それは俺が教えることじゃねえ。ただ、そんなおまえにこの森の木を持ち出させるのは俺の一存だ。リデン様がおられぬ今、俺達一人、一人が、以前にも況してシッカリと森を守らにゃなんねえ。が、俺はおまえに薪を持ち出すことを許す」
「・・ありがとう・・」
「・・夜明けだ。一晩中掛かっちまったな・・」
「行きます・・」
「ああ・・」


 翌日のすでに陽が高く昇った頃、やっと深い『繭玉の森』の中の小さな小屋が目に入った。
 デュラは疲れ切っていたが、その小屋を目にした途端、ホッと安堵の息をついた。やっと妻と赤ん坊に会える。
 
 木の番人は、『精霊の娘』なら何とか持ちこたえるだろうと言っていたが・・。

「・・戻ったよ・・ごめん、遅くなっちゃって」

 そう言って扉を開けた部屋の中には、誰もいない。

「・・ええ、どこに行ったんだい・・」

 暫く呆然として突っ立っていたデュラは、外に出ると妻と赤子の名前を呼んで辺りを捜した。

 (・・良くなって・・散歩でもしているのかな・・)        


「精霊の病だって・・!?」
 
 樵の夫婦は思わず顔を見合わせた。
 何日経っても戻って来ない二人を捜して、デュラはいつの間にか番人小屋まで来ていた。

「ええ・・精霊の病って何です?」
「そ、そりゃあ・・ま、俺たちも良く知らねえが・・何ていうか、毒キノコを喰っちまったみてえなもんだ」
「お、おまいさん、デラが毒キノコだって・・」
 
 半分責めるような口調で言ったものの、樵の妻は思わず噴き出した。


 『精霊の娘』達は、誰でも気に入った相手を見つけて戯れる。
 森の住民達の中には、様々な経緯で他所からやって来た者もいる。しかし、誰も彼等の素性を云々はしない。
 何故なら、この森に踏み入れたということは、皆、精霊の女王リデンのお招きがあったと見做しているからだ。
 
 しかしその個々の経緯はともかく、元々この森の聖域に仇なす者であった場合もある。
 つまり『春の森』を焼き払ったシュメリア『魔月』軍の兵士や、それこそ、その頭目シュラ王の嫡子であるデュラなどその筆頭とも言える。
 
 しかし精霊の娘達は気にいった相手の出自経歴等はまったく頓着しないし、殆どの場合知りもしない。彼女達の条件は唯一つ、好みであるかどうかだけだった。

 しかしそう云った相手との愛の結晶を宿すと、精霊の身体は、反〝精霊〟に対する不適合性障害を起こす。それが『精霊の病』だった。
 
 症状やその疾病の期間はまちまちで、宿している間の場合もあれば、デュラの精霊のように出産して暫く経ってからと云う場合もある。
 症状も風邪のようなものから熱病のようなものまで色々だが、大抵の場合は、『レナの森』の薪で暖を取って身体を温め、その薪の燻した煙から出る森のエキスを体内に取り込む事で完治する。

 
 しかし極めて稀な症例だが、重篤な場合、精霊の能力を失ってしまうことが長い精霊達の歴史の中にはあった。しかし、それらは何か特異な要因があった場合だけだった。
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