第34話    外伝 その八 『運命の子供』①

文字数 1,476文字

 シュメリアの王子として生まれたその若者は双子の妹と共に両親から競うように溺愛されて育った。

 母親は二人の子供を各地に伴い、多くの者達と共に一面の砂の大地に緑の植物を蘇らす歓びを共有させて来た。その母の全ての美質を受け継いで美しい娘に成長した妹は、その活動に熱心に取り組んでいた。

 
  しかし嫡子として密かにその父の薫陶を受けて育った若者は、或る日、手にした鍬を放り投げるとその母に告げた。

「母上・・僕は、父上と共に参ります」
 
 王子の剣の腕は今や、並み居る剣士達の中でもずば抜けていた。

「・・戦になんて絶対出ないと、小さい頃にちゃんと誓ったじゃありませんか」
「ええ、でもそれは何も分からない子供の頃の話です。僕はもう軟な子供じゃありません。いつかはこの国を治める者です。戦いの続く時代に於いて、君主たる者、時には兵と共に戦場に在ることが務めです。そうでなければ、民心を掌握する事など出来ません」
「もう長いこと、無益な戦いが続いています。これからこの国の次の君主として貴方がするべき〝戦い〟は、剣を振り回して戦うことではありません。勇気を持って、貴方の父上が始めたこの禍の元を断つことです」
「でも、無益とおっしゃいますが、母上・・我が国の今の繁栄の多くは、この戦争によって齎されたものだと学びました」
 
 今や至るところ輝く黄金に彩られたシュメリアの王都は文字通り『黄金の都』と称されていた。

「沿岸諸国もやっと我が国に降りましたし、これまで流された幾多の血を無駄にするわけにはいきません」
「その果てに一体、何があるのです・・」
 
 このメリスにやって来た当初、王子の父親とさんざん激論を交わした事だった。

「汎シュメリア・・全ての地に、美しい月の光が注ぐんです」
「・・妖しい光を放つ月の下では、廃墟の姿さえ美しく見えてしまうものよ。ご覧なさいな・・シュメリア軍が赴くところ全てが、やがてあのように砂に覆われてしまいます・・」
「・・砂漠は・・美しいじゃありませんか」
 
 眼前に広がる砂丘を見つめ、王子は夢見るように言った。

 幼少の頃よりの見慣れた風景・・ゆったりと波打つような砂の大海原・・。
 そこに一本の苗木から生まれた緑の森が、止まり木を捜して飛ぶ鳥達のための大きな巣となっている。

「母上だって、ご自身、遍く世界の森を統べておられるのでしょう・・なら我々が、遍く残りの地を統べることが何故いけないのです」

 母親は、思わずため息をつく。

 (・・ど・・どこ、間違えたのかしら・・)
 
 その時、艶めく褐色に変わったその髪を南国の生暖かい風がまるでからかうように撫でて乱した。

「・・人間の子ですから・・半分は」
 
 若者はそう言って、悪戯っぽく微笑んだ。

「・・それに母上。母上が長年取り組んでらっしゃるあの事業にしても、我がシュメリア軍の助けが大なんじゃないんですか」

 確かに、無益な破壊行為から逸らすため、これまで多くの兵を動員して来た。

「・・母上が何よりも平和を望んでらっしゃる事は良く分かっています。僕だって、曾ては〝緑なすシュメリア〟と謳われたこの国に、少しでもお役に立てたらとも思っています。そのためにも、戦場に赴くんです。実際の戦の場を知らずして、いかにして母上のおっしゃる〝真の平和〟の姿を知るんです」
「・・自分の目ですべてを・・〝禍〟の真の姿を見たいと言うのですね・・」

 そんな母親の猛反対にも拘らず、王子は父王と共に戦場に赴いた。
 
 
 そして以来、鈍色の黄金に輝く月下の都メリスでは決して知りえなかった多くのものを知り・・多くのものを見て来た・・。
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