第33話    外伝 その七 『繭玉の森』④

文字数 1,853文字

「ま、俺たちも、デラ・・おまえさんの素性はどうでもいいんだ。もう、この森の大切な仲間だからな」
「そうだよ・・大体、森番が薪を持たせてくれたのが、何よりもその証だよ」
「ま、カミさんと赤ん坊のことは心配かも知れねえが、相手は精霊の娘だ。心配いらねえよ。そのうち、ひょっこり姿を現すかも知れねえしな」
「でも女の子なら、もしかして、リデン様のお屋敷かも・・」
「リデン様の・・?」
「そうだ・・リデン様のお屋敷の辺りまでは行ったことあるだろ」
「いえ・・まだ・・」
 
 デュラは『リデンの館』をまだその目にしたことがなかった。
 
 世話になった樵の老人から館への道順は聞いていた。
 しかし何度言われた通りにその道順を辿っても、館に着くことは出来なかった。いつの間にか、元の路へ戻ってしまうのだ。
〝リデンさまはきっと、兄ちゃんがこの森で充分癒されてから会おうと思ってなさるんだよ・・〟
 老樵は慰めるつもりかそう言っていたが・・。

 樵の夫婦はそのことを知って、再びお互いの顔を見合わせた。
 二人はデラのことがとても気に入っていた。
 この森へはちゃんと精霊の女王のお招きがあって来たことは確かだが、肝心の『リデンの館』への路は閉ざしたままとは・・このきれいで物静かな、それでいて妙に気掛かりなところのある若者は一体、何者なのだろう・・。


 仲間たちに連れ戻された精霊の娘は、しばらく燻した〝リデンの薬草〟の立ち込める部屋で過ごし快癒した。その後、娘は『精霊の泉』で沐浴をして、デュラとのことは全て忘れた。
 何故なら、『リデンの精霊』に選ばれた精霊には、特定の人間との関わりは不要な物だったからだ。
 そして新たに『リデンの精霊』になった娘は純白の美しい衣に身を包み、仲間たちの前に姿を現した。

「あら・・可愛い」
 
 仲間の一人が腕に抱いている小さな精霊の赤子を目にすると、思わず嬉しそうにそう言った。

「可愛いでしょう・・私たちの新しい仲間よ」
「名前はなんていうの?」
「まだないわ・・。新しい『リデンの精霊』がおつけ下さいな」


 デュラはその後も二人を探して森の中をさ迷い、何とか『リデンの館』への路を探し出そうとした。
 しかしどんなに探しても結局見つけることは出来ず、樵の夫婦が言った言葉に望みを託して、二人の帰りを待つことにした。
 
・・子供の頃に耳にした、心の傷を癒すという森の伝説・・それは確かに、この森のはずなのに・・。


 そんな或る日、森の外の世界の噂がその耳に届いた。ミタンでまだ若い王女が国王として即位したというのだ。


 暫くして、樵の夫婦がデュラの小屋を訪ねた。もう長い間、デュラの姿を見かけず心配していたのだ。
 しかし小屋はきれいに片づけられ、デュラの姿は何処にもなかった。
 暖炉の側に手付かずの『レナの森』の薪が積んであった。

「・・大丈夫かいねえ・・あの子・・」
「心配するねい。もう子供じゃねえ・・何しろ、娘までいるんだ」
「そうだけどねえ・・」
「それに、俺は思うんだ。一体なぜ、リデン様は兄ちゃんのことをそのままにして行かれたと思う・・?リデン様はそんなうっかり者じゃねえぞ」
「ああ・・つまり、この森はまだ若いデラにとっちゃ、あくまでも一時の仮住まいってことかい」
「そうよ・・分かってるじゃねえか、おめえも」


 デュラの娘は、将来の『リデンの精霊』の一人として育てられていた。
 
 やがて美しい精霊の少女に育った娘は、母親と同じように森でお気に入りの若者を見つけて恋に落ち、男の子を出産した。
 しかし男児の場合、その身体の組成の中には人間の特質の方が多い。そのため『森の精霊』としては育てられず、森の生活の中では大抵、樵や狩人、或いは『リデンの館』の侍従などになる。

 その子は成長すると、やがて外の世界への好奇心から平和な森の生活を捨てて出倣した。その後、その若者がどうなったのかは、はっきりとは分からない・・が、新たな命は残した。

 
 その命は次へと繋がり、その間、『魔月』との戦いは終わりを告げ・・やがて英雄アレースがシュメリアに新たな王朝を樹立し数代を数えた頃、とある小さな町に、その命を受け継ぐ男の子が誕生した。
 
 その子の賢さは幼少の頃より際立っていて、家は非常に貧しかったが、何とか学費を工面して神学校に入学した。
 その後、学校からの推挙で、見習い神官として都の主神殿で仕えるために故郷の町を後にした。

 その胸には芽生えたばかりの小さな野心と、そして他には唯一つ、親から貰ったディアスウルと云う名前だけを携えて・・。
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