第9話 青の騎士団長

文字数 8,079文字

 回復が見込まれた午後、俺とマイはシュリクライゼさんに連れられて王宮の離れにある建物を訪れていた。ギルドにも負けない規模感で屋敷風の外観。王宮と同じく無数の大理石で建てられたそれが、王国軍【青の騎士団】の本部であった。

 門の前には人間を模した大きさの案山子が並んでいる。鉄鎧を着た案山子は、正面、側面、裏側の至るところまでボロボロになるように木剣が打ち込まれた形跡があった。隣にある頭に輪っかが取り付けられた棒は、魔術の精度を高めるための訓練をする用の物だろう。軍事施設か道場かわからないが、厳しい声が飛び交う状況は容易に想像がついた。

「ガルシアン殿にお話があって来ました。お取次ぎを」

 番をしていた騎士は王宮で見た人とは別人だが、俺を睨む視線の色は変わらない。騎士の厳格さと言えば聞こえは良いものの、血の気が多い開拓者だったら喧嘩を売られたと思うことだろう。

 嫌そうな顔で扉を開いた男の先は、奥までの距離がかなり遠い広間であった。数十人単位で使える横長の机に、壁には鞘入りの騎士剣がずらりと並ぶ。一見すると小綺麗、しかしながら細部には土汚れがちらほら見えて、品のないチンピラ感が増して行く。ルディナの王国騎士と言えばお伽噺によく登場し、清廉潔白な礼節を持って民を救うものだ。子どもの頃に見た夢を土足で踏まれたような気がした。

「なんか、凄く見られている気がするんですが……」

 シュリクライゼさんの一歩後ろに付くマイが呟いた。さっきから騎士たちの視線は険しいものばかり。珍しい訪問者に警戒する気持ちはわかるが、一応は王の客という立場だ。敬うまでは要らないにせよ、案内の一人も出さないと騎士団の沽券に関わるのではないだろうか。そんな心配の疑問には、優しく道を教えてくれる騎士が答えてくれた。

「ここは青の騎士団の駐屯所ですので。騎士団以外の人間が立ち寄る時は、大体こうですよ」

「大体こうって……」

「青の騎士団さんは、血の気が多いんですか?」

 じろりと睨む顔が増えた気がしてマイははっと自らの口に手を当てる。いかにシュリクライゼさんが居るとは言え、うっかり不遜な態度を取ってしまったら開拓者よろしく絡まれるのは必至だ。

 彼は答えづらそうに苦笑いを入れる。そして細長い指を順繰りに立てながら、次のように説明してくれた。

「王国騎士団は現在四つに分かれています。僕の【煌炎(こうえん)】。王都警備隊【鋼猫(こうびょう)】。諜報を主軸とする【木枯らし】。そして【青の騎士団】は、戦闘軍隊と言ったところです」

 立場と居場所の問題で明言はできないようだが、【青の騎士団】が血気盛んであることは間違いないようである。机に頬杖をつく騎士たちとできる限り目を合わせないようにして、頼りある後ろ姿だけを追いかけた。

「我々は不死鳥を討伐しようとしています。王国に仇なすものを放置してなどおけない……ガルシアン殿が一番に言い出したことです」

 長い広間を歩いている間に突然そんなことを言い出した。これから会う予定の“青の騎士団長”ガルシアンは、シュリクライゼさんいわくかなりの傑物らしい。十五年以上王国に仕え、三十代半ばにして王国軍の最高戦力とも呼べる騎士団を率いている。実力もさることながら王からの信頼も厚いことが窺えた。

 しかし昨日の話を聞いてしまうと、国民への被害よりはルディナ王を守るための即決だろう。結果的に民草を守ることに繋がるとは言え、もう少し力無き者たちに配慮しても良いのではないかと思わされてしまう。例えば、目の前を歩く騎士のように。

「そう言えば、シュリクライゼさんは昨日、よく俺たちに気づけましたね」

 スラム街という王国役人もまともに立ち入らない区域。彼が昨日どこに居たのかは知らないが、少なくとも俺が王宮を出た頃に出入りを行っていた人物は見ていない。巡回で訪れ、たまたま現場にかち合ったのだとしたら俺たちの運は相当良かったのだと思う。しかしシュリクライゼさんは、あの場に駆け付けたのが単なる偶然ではないと言った。

「信じてもらえないかもしれませんが……『声』が聞こえたのです。特別耳が良い訳ではないのですが、貴女の助けを求める声だけは、はっきりと」

「わ、私ですか?」

 シュリクライゼさんが視線で示したのはマイだった。

「ええ。空耳だと思っていたのですがどうにも胸騒ぎが止まず……結果的に貴方がたを助けられたので、直感に従って良かったと思っています」

 つまり、彼の第六感が無ければ俺たちは死んでいたということだ。それで位置まで特定してしまうのだから、“英雄”の才覚とは常人には測れない。もしここが英雄譚の世界ならば、主人公は彼で、ヒロインはマイだ。自らの脇役っぷりが恥ずかしいくらい嫌になる。

「思えば、あの遺跡でもそうだったな……」

「遺跡?」

「いいえ、ただの独り言です」

 遺跡と言えばドゥーマの封印されていた地が浮かぶ。彼も応援に来てくれた一人ということだったので、多分その時の話をしているのだろう。しかし、いかんせん意識を失っていた俺では憶測さえも生まれない。マイの方を見ても特に察しあることは浮かばないようだった。

 制服を着た鋭い眼差しを三者揃って浴びながら広間の奥へと歩いて行く。そこにあったのは太々力強く『団長室』と書かれたプレートがかかった扉。どことなく大きく感じるのはあの青髪の巨漢に合わせたものだからだろうか。

「ここがガルシアン殿のお部屋です」

 改めてそう言われ、俺とマイの間にだけ緊張が走る。背筋がいつも以上にぴんと張った俺たちにアイコンタクトを送ってから、シュリクライゼさんは扉を叩いた。

「ガルシアン殿。フレイミアです。不死鳥討伐の件で参りました」

 三秒くらい間があって、実に不機嫌そうな声で「入れ」と聞こえた。シュリクライゼさんは慣れた様子で「失礼致します」と言うと、男の低い声が響いた部屋に乗り込んで行く。

 広さに反して、内装は案外簡素であった。部屋の三辺を埋める本棚と中央にそびえる横広な机。その上には使い込まれた万年筆や地図らしき資料があって、プレートを『研究室』に変えるべきではとすら思った。

 そして資料を見下ろす顰め面は、青い太眉をひしゃげている。椅子に座っているのに体格の大きさが滲み出て圧迫感を生んでいた。がっちりと作り込まれた筋肉が窮屈な制服に収まっており、静寂の中でもらった一瞥に要らない空気をむぐ、と飲んでしまった。

「ルミー殿とマイ殿をお連れしました」

 シュリクライゼさんの紹介でお辞儀する。するとガルシアンは立ち上がり、山吹色の目でぎろりと黒髪を見下ろした。

「フレイミアの倅……貴様はいつから部外者を連れて他騎士団の駐屯所に押し入れるほど偉くなったんだ?」

「今回の一件、ルミー殿は依頼を引き受けてくださいました。もう部外者ではありません」

「ふん。俺には王の考えがわからん。得体の知れない者を作戦に組み入れ、裏切りでもしたらどうするつもりなのか」

「ルミー殿には邪気を感じません。信じるに値するかと」

「お得意の『直感』か。父親と言い、貴様らの一族は下らん不確かなものに頼り過ぎだ。だから『一人きりの騎士団』などと奇天烈な立場に陥るのだろう」

「ご忠告、痛み入ります」

 首を挟む余地なんてなかった。シュリクライゼさんは飄々としているが、傍目から見れば舌戦そのものである。様々気になるワードもある中、喧嘩を売る発言を繰り返したガルシアンは大袈裟に舌打ちをして、標的を変えるがごとく俺に視線をぶつけてきた。

「貴様を作戦に加えるまでは了承したが……やはり、そいつらまで入れるなぞ無為なことだろうな」

「改めまして、支援者のルミー・エンゼです。彼女は俺の店【アメトランプ】の従業員のマイ・セアルと言います」

 粗暴者とのやり取りは舐められたら負け。開拓者と関わる中で学んだ経験を活かして視線に怖じ気付くことなく一歩踏み出す。隣に居たマイはその場で毅然と腰を折り、またしても思惑が外れたのであろうガルシアンは舌打ちを繰り返した。

「そう、特にその女だ。先の件の首謀者、キッグ・セアルの血縁だと聞いた。王が許したとしても信用なぞできるはずが無かろう」

 セアル家の話が持ち出されると幼顔はお辞儀から上げた顔を暗く落とした。いかにマイが兄に立ち向かったと言っても、世間から見ればこれが当然の反応なのはわかっている。立場を悪くしないために言い返したい気持ちを堪えていると、高慢そうな騎士は鼻で笑いながら続けた。

「逃亡か、良くて無駄死にだ。そうなる前にさっさと元のあばら屋へ帰してくるんだな」

「――あばら屋、だって?」

 聞き逃せない言葉が思わず口をついていた。途端にさっきまであった堪忍袋の緒が切れる感覚があって、抱いていた嫌悪感がぶわっと溢れ出した。ガルシアンは視線を俺に変えながら悪びれもなく続ける。

「事実だろう。元当主は国家転覆を目論んだ大罪人。古くから遠方に飛ばされていた没落貴族に過ぎんのだろう? 柱すら失い、壁も残っていない場所を家などとは呼ばん」

 愚弄された少女は唇を噛み締める。気丈に耐え忍ぶ姿に、俺の我慢は続かなかった。心の中で「ごめん」と謝って、身勝手な反論を飛ばす。

「あなたこそ、身の上より、少しは人を見て話をしたらどうですか」

「なんだと?」

 目の前の大男の顔が雷雲みたいに翳った。

 セアル家は現状、崩れかけた家かもしれない。しかし少女の夢は依然そこにあって、何にも代え難い大切な思い出が残る場所だ。その懸命さを知るからこそ聞き過ごすことなんてできはしなかった。

「俺やマイのことを信用できないのも無理はないでしょう。でも、あなたが言ったことは全て他人の見聞きしたことばかりだ。そんな『下らない不確かなもの』に頼るくらいなら、もっと自分の目を頼りにしたらどうですか」

 言い返す俺にマイが割って入ろうとしかけたのだが、その身は広げた右腕で制止する。これはマイのために選んだ台詞ではない。何も知らないガルシアンの侮蔑を、ただ俺が許せなかっただけなのだから。

「では、俺が聞き及んだスラムでの件も単なる噂か? 聞けば無闇に人攫いの住処に立ち入って、危うく死体になって帰ってくるところだったのだろう? フレイミアの倅が駆けつけなければ、一人は帰ってこれたかも怪しいな」

「……っ。あれは俺の過失だ。マイの家は関係ない!」

「ならば貴様のような未熟者を頼ったのは余程の人選ミスだな。仮にも一つの家の主たれば、自らの身の安全を怠ることなどあってはならんだろうに」

「店主さんは未熟なんかじゃないです!」

 俺の制止を振り切ったマイが飛びかかるように叫んだ。先程も舌戦を繰り広げていた大男は俺たちの反論なんて気にも留めず、マイと俺を交互に見遣りながら言った。

「未熟だろう。貴様も、そいつも。そうして核心を突かれれば吠えるしか能がない。それで当主と店主など、甚だ先が思いやられる」

「――!」

 一蹴するガルシアンの言葉に歯痒い思いを余儀なくされる。俺の実力が足りないことは疑いようのない事実だ。力がないから開拓者にはなれず、マイを助けられなかった。どけだけ目の前の騎士に苦言を呈そうにも、実力も地位もある人間からしたら、所詮は戯れ言になってしまうのだ。

 押し黙る俺たち。シュリクライゼさんが助け舟を出すように割って入ってくれた。

「ガルシアン殿。大人気ない言い方はお止めください。彼らは過失を認めていますし、何より、ようやく此度の件に適した人材が見つかったのです。彼らが拒否すればハリウェルさんの代わりに頼りにできる人物は居ません」

「呪術の才覚とやらか。実に面倒だ」

 ガルシアンは再び大きな舌打ちを挟んだ。呪術を使える人間は限られている。現状この部屋の半数の人間がその力を持っているが、これはかなりのレアケースだ。マイと出会うまでに多くの開拓者クランで仕事をしたけれど、同業者含め呪術士を公言する者には会ったことがなかった。

 もしも不死鳥が呪術に関連するのであれば人材不足は否めない。騎士団長として意地を張るだけでどうにもならないことは重々承知らしく、一層眉間の皺を深めながら問うてきた。

「貴様ら、不死鳥の情報を少しでも聞いているのか?」

「……聞いていません」

 わざとらしい呆れを見せびらかすので、むっとした表情を作ってやると、シュリクライゼさんが「急いで連れて来たために話しそびれてしまいました」と悪役を買って出てくれた。二戦目の言い合いになりそうなところでガルシアンは説明を始める。

「【木枯らし】の一団によれば、不死鳥は部隊を覆い尽くす程の巨翼に、青く燃え盛る体を持った怪鳥らしい。万全を期した偵察隊だったが甚大な被害が出たようだ」

「凶暴、なんですね」

「力だけなら王国軍の敵ではないに決まっているだろう。厄介なのはその『体質』だ」

「不死のことですか?」

「ふん。不死など、ハリウェル・リーゲルが正式に呈した訳でもない憶測だ。いかに奴が優秀な研究者であれ、根拠が無ければ信用には値せん」

 憎たらしげに語る大男は、どうやらハリウェル・リーゲルのことを好いているとは言い難いようだった。そしてこう断定する。

「そもそも、この世に不死の生物など存在する訳がない」

「ドゥーマは実際に居ました。報告が本当である可能性は十分にあります」

「その件も些か事実か怪しいものだがな。キッグ・セアルはともかく、ドゥーマを確認した者は貴様ら二人に加えて少数の開拓者……それもすぐに国外へ飛び出した者たちだけだ。都合の良い物語を創り出すには丁度良い面子ではないか」

 片頬を上げて嘲笑しているのは、まるでここに居る俺たちだけではないように思えた。

「あの戦いで、どれだけの人間が死んだかわかってるのか!?

 ソラウの仲間たち。そして“ギルドの伝説”であるクイップさん。決して物語なんて綺麗な話にはできはしない。俺の耳に残り続けている慟哭や絶叫は軽んじられてはならないのだ。あの遺跡で失われた戦士たちの誇りをこの男に踏み躙らせて堪るものか。

「あぁ聞いている。死体の殆どが『人の手』によって殺されていた。程近くには人の四肢を噛み千切る狼の群れが居たとな。これで全ての辻褄が通ると思わないか?」

 あの戦いにおける死者の殆どは、【ソラティア】に対するキッグの最初の襲撃と、その後のキッグの部下と【ソラティア】の戦闘で生じたものだ。ドゥーマに致命傷を負わされたキッグは焼失し、同じ傷を受けたクイップさんはアレスによって埋葬されたと聞く。

 王様や国としてはドゥーマの存在を認めているはずだ。しかし物証が無いせいで、彼のような個人まで納得させることができないでいる。戦場には切り落とした悪魔の首や腕が落ちていたはずだが、マイによると、封印が成功した後には忽然と無くなっていたらしい。ドゥーマが居た痕跡はあの傷だらけの戦場しか残っていないのだ。

 睨み合う時間が続く。山吹色の瞳に宿る確固たる信念は、俺の抱く夢や理想とはかけ離れたものだ。

「あなたには、何を言っても信じてもらえないみたいだ」

「生憎、疑り深い性分でな」

 負け惜しみのような一言を吐くしかなかった。それすら鼻にもかけないガルシアンはさっさと話を進めんとばかりに不死鳥の話題を取り出す。

「厄介な体質は青い炎の方だ」

「炎の何が厄介だと言うんです」

「ただの炎ではない。その炎に触れられた者は」

 淡々とした口調に怒気が混じり、野太声は一層低さを増していた。息苦しそうにすら感じられる表情で信じ難いことを告げる。

「――死ぬ」

 単純過ぎる言葉が余計に真実味をかき消した。

「触っただけで、人が死ぬ……?」

「正確には植物化すると言うべきだろうな。被害を受けた人間は皆、未だに意識が戻らん。帰還した数名の騎士が言うには、不死鳥の炎に触れた瞬間に、まるで意識を『奪われた』かのように倒れたと」

 呪術が絡んでいるからには一筋縄ではいかないと思っていたが、それが事実だとすれば生物の持つ特性としては異常なレベルだ。当然知っていたであろうシュリクライゼさんは深く頷いている。酔狂や脅しの類で言っている訳ではないようで、俺とマイは驚き顔を見合わせるしかなかった。

「騎士ですら手玉に取られた相手に対して、たかが支援者ができることなど何も無い。死ぬ前に作戦を辞退してこい」

「得体の知れない相手だからこそ、ルミー殿の見識が必要なのです。今回ばかりは僕も妙な胸騒ぎがしています。ハリウェルさんが消えたことも含めて、どんな異常な事態になろうと対応できる人員構成で臨むべきです」

 またも邪魔者扱いするガルシアンに向かって反論の姿勢を見せたのはシュリクライゼさんであった。彼の指摘も「問題ない」と至って単純な作戦を告げる。

「我々【青の騎士団】を総動員し、魔術の一斉照射によってカタを着ける。不死鳥が空に居る間に鎮火してみせよう」

「もし不死が本当なら、魔術が尽きた瞬間に全滅するぞ」

 俺の忠言に対し、ガルシアンはこれまで以上の憤慨を顔に出した。歯茎まで見えるほどに噛み締めて、静かな気迫を真っ向からぶつけてくる。

「王国軍最強の騎士団を舐めるなよ、小僧。俺たちが不敗であるからこそ、王の理念を貫くことができるのだ」

 睨み合う視線だけはタイミング良く重なって、俺はこの騎士と火と油なのだと理解した。誰かの目的を叶えるにしてもガルシアンとはやり方も信条も大きく異なっている。俺はこの人のように全てを疑い尽くすことはできない。

 不和と苛立ちが残るまま【青の騎士団】の本部を出た。花道を歩くがごとく睨まれることなんて気にならず、憤嘆を必死に噛み殺す。宮廷呪術士の話を蹴った俺に文句を言うのならまだしも、マイの家やクイップさんのことにまで言及するのは許せなかった。

「ルミー殿。どうかご容赦ください。ガルシアン殿は貴方がたの身を案じておられるのです。ただ、あのような言い方しかできないお方で……」

 建物を出た後でシュリクライゼさんは必死に同僚のことを擁護しようとした。最悪な印象は拭えないけれど、苛立ちの方向が一つだけではないことを自覚する。

 核心を突かれたから何も言い返せなかった。辞退を進めたのだって、俺の力不足を見抜いているならば当然の話なのだ。

「……あの人の言う通り、問題なく討伐できるようならばすぐにでも帰ります。だけど、もし情報に間違いが無いのなら、どんな人が死んだっておかしくはない」

 不死の特性がどれほどの脅威かは骨身に染みている。実力者たちが誇る純然な強さを無効化されてしまい、最終的には呪術の力が必要になった。ドゥーマの前に倒れた人々を知るからこそ、この一件からは逃げたくない。

「その時は俺の出番になる可能性があります。だから、作戦には参加させてください」

 俺の意思が変わらないことを喜んでか、端正な顔がほっと胸を撫で下ろす。騎士の制服を整え、「改めて、よろしくお願い致します」と深々腰を折った。

 ルミー・エンゼに課された次の依頼は決定した。しかし一人で店を切り盛りしていた時とは変わったこともある。新たな危険から遠ざけるため、いつも積極的に働いてくれる従業員の方に向いた。

「マイ。きみは先に【アメトランプ】に……」

「嫌です!」

 暫く黙っていた少女から発された大声に一瞬体を震わせた。

「私だって、呪術士の端くれです。それに……」

 溜め込んだ悔しさをぎゅっと握り拳に潜ませて、青い瞳に闘志を燃やす。

「私、だって……!」

 言葉にならない感情が溢れ出していた。ガルシアンの言葉が相当響いてるのだろう。マイにも言われっぱなしでは退けない意地があるのは当たり前だ。この依頼が万事上手く運び、俺たちの働きが認められることがあったとすれば、セアル家に対する見方も大きく変わるかもしれない。

「……わかった。二人で行こう。ハリエラさんには、ギルド宛に手紙を書いてみるよ」

 マイを守る。昨日したはずの決意は、いつになく弱々しいまま俺の心に灯っていた。
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