第12話 ギルドにて

文字数 4,063文字

※――――――――――――――――――――――

 込み上げてきた欠伸を堪える気分にはなれなかった。朝の冷涼な風は氷の魔術を得手とするアタシにとっては心地良いものだが、睡眠時間を削られることに不満があるのは間違いないのだから。まして柔らかい来客用のソファに座らされてしまっては、天下のハリエラ様であっても抗えないものがある。

「こんな時間に呼び出して、なんのつもりさね。八代目」

 ルディナ王国において『ギルド』と言えば、それはこの開拓者ギルドのことを示す。全てのクランを統括し、ルディナ王国のあらゆる問題に取り組む。言ってしまえば何でも屋だが、それでもここに所属する者が『開拓者』という名前で呼ばれるのは、国が発展を遂げる際に協力した一団がそう名乗っていたことの名残であるらしい。

 そして、個人名ハリエラとしてギルドに登録されたアタシもまた、開拓者ギルドの一員だ。クランには所属せず、良く言えば孤高の一匹狼。悪く言えば協調性皆無の流浪人――やはり悪く言い換えるのはやめておこう。何も自分で自分を下げる必要は無い。

「もっと真面目にしろ、ハリエラ。お前が持って来た話だぞ」

 目の前にいる男はスラム街でもなかなかお目にかかれない強面で睨みをきかせた。アタシが八代目と呼んだのは、この国全ての開拓者をまとめあげるギルドの長、バグファ・ネイバー。二十八歳という若さながら、先代の強い推薦を受けて八代目『ギルドマスター』の称号を襲名した。正真正銘、全開拓者の頭領だ。熊みたいにデカい図体の癖に皮のベストを地肌に着るものだから暑苦しいことこの上ない。

「アンタと二人っきりの空間で、何を遠慮しろって言うのさ。それに、一応気を遣って八代目って呼んでやってるだろう?」

「気の遣い方を間違ってんだよ。あと、お前にそんな風に呼ばれると蕁麻疹が出そうになる」

「アンタも大概失礼なヤツさね」

 遠慮なしに嫌な顔を作ってやった。アタシ達の付き合いは十数年前に遡る。ほぼ同時期にギルドに所属し、戦場を共にしたこともしばしば。バグファは今でこそお偉いポジションに就いているが、互いにぺーぺーだった頃を知っていると、とても目上に対する尊敬なんてできやしない。

「俺はこの後仕事があるんだ。さっさと済ませるぞ」

「おーおー。“鬼の金棒”様が随分丸くなっちゃってまぁ」

「お前こそ。こんな話を持って来て、いつの間に支援者に優しくできるようになったんだ? “凍土の魔女”サマ」

 いつものごとくお互いに毒づき合う。どうにも昔からこいつとはソリが噛み合わない。こればかりは偶然同じ星の元に生まれてしまった別種の生き物なのだと理解するようにしている。

「ちゃちゃっと済ませるんだろう? それで、アルテナ鉱山付近の偵察はどうなったんだい?」

 数日前、ナゲ率いるクラン【ソールサー】とともに探索した地帯。アタシとルミ坊は、そこでマイと名乗る少女に出会ったわけだが、どうにも不可解なことが多かった。そこでバグファに頼み、数人の開拓者を偵察隊として送ってもらったのだ。

 今日の話と言うのは間違いなくその件についてだろう。しかしむさ苦しい男は似合わないくらい神妙な面持ちで黙りこくる。態度と言動の不一致さ加減にイライラしてきて、アタシはさらに問い詰めた。

「なんかわかったんだろう? アタシにだって予定くらいあるんだからさっさと……」

「いや逆だ。偵察隊の、消息が絶たれた」

「……何?」

「伝令が指定の日を過ぎても戻ってこない。お前から聞いたその少女の話が本当なら、おそらく」

「――殺された。そう考えるべきか」

 あぁ、と頷くバグファ。表情こそ神妙なままで変わっていないが、それが彼なりの我慢であることは知っている。もしこの話が五年も前なら、間違いなく自らの足で真偽を確かめに行っただろうから。

「送った連中は隠密行動に特化した、ギルドの中でも腕利きのクランだ。ちょっとやそっとで殺られる奴らじゃねぇ」

「もし本当に殺されたんだとしたら、相手は相当やばそうだね。ひょっとしたら、アタシらも運が良かっただけだったかもしれない」

「お前はともかく、【ソールサー】の連中は特にそうかもな。お前がギルドに無断で巻き込んで、怪我人数名で済んだことがそもそも奇跡だったのかもしれない」

 う、とバツの悪い話に言葉が詰まる。元々あの地帯の探索はアタシ一人に与えられた依頼だ。一つ前の報告の際には彼らが傷を負ってしまったことをバグファに散々怒られたばかりである。やれ責任だのやれ契約だの文句はあったが、何よりも彼らに安全を提供し切れなかったアタシの責任の大きさは否定できない。久し振りに猛省した。

 さらに言えば、森を探索していた【ソールサー】の約半数が接触したという怪しげな連中。もしこの件にそいつらが関わっているのだとしたら、まだまだ新人の彼らには荷が重い。森探索組が無傷で生還したことを喜ぶべきだろう。

「もう一度アイツらと一緒に行こうかとも思っていたんだけど、それはやめておくよ」

「懸命だな。それと、いつもの独断行動もお勧めしないぞ」

「……わかってるさね。この件は一人の女の子の命運だけじゃない。ルディナ王国の存亡にも関わる」

 不死身の厄災ドゥーマ。確証すら無いお伽話の存在だが、あの少女の決死の姿を見てしまったらとても蔑ろにはできない。さらにギルドの警戒を阻止する輩まで居るともなれば、信憑性はぐんと跳ね上がる。

「お前から聞いたキッグ・セアルの計画、さらにこの件については王国にも報告している。必要ならば騎士団が動くそうだ」

「もし首を突っ込むなら、余程の腕利きを用意しておくように、って釘を刺しておきな。場数の少ない騎士なら、足でまといになるかもしれない」

「それを公の場で言わなきゃならない俺の身にもなれ……だがまぁ、伝えてみる。これ以上、余計な犠牲を出すのは不本意だからな」

 バグファは面倒そうに重苦しい溜息を吐く。ギルドと王国の関係は悪くないが、国中の精鋭を集めた騎士団とはうまく噛み合わないらしい。なまじ互いに強さを誇る文化があるせいで、仲良くはできないという当事者が多いことはよく知っている。その中で忠告を促さなければいけない彼の心情たるや、さすがに気の毒に思えてくる。しかしアタシたちはそんなことを気遣い合う関係ではないのだ。

「じゃあアタシはそろそろ行くよ。どうにか立ち回ってみとくれ」

「わかったよ。進展があればまた呼び出す。お前も十分気を払っていてくれ」

「それ、傭兵稼業のアタシに言うことかね。ま、話を持って来ただけの責任は取るよ。ルミ坊たちの方は任せな」

「あぁ。あの支援者にもよろしく伝えといてくれ」

 見送られることもなく、アタシはギルドを後にする。大昔は小さな教会を使っていたと伝わるギルドも、今や一日に数百人の開拓者や支援者が往来する大規模な建物だ。荘厳で、美麗で、荒くれ者ばかりの奴らが使うにはもったいないといつも思う。どんな貴族の屋敷よりも大きいこの場所は、それこそ教会に人が収まる時代からこのルディナ王国を見守ってきたのだそうだ。

 ――お前なら、かの伝説も知っているのかい?

 心の中で呼びかけてみるが、もちろんただの建物からは何の返事もありはしない。いや、もしかしたら、歴史を見ることができるのはその時を生きる者でしかないと無機質な答えを教えているのだろうか。

「……わかったよ」

 すれ違う誰も気づかない小さな声でぼそりと呟く。そして翻して歩き出そうとした瞬間、すぐ隣から声が聞こえた。

「すまない」

 尋ねる口調は優しげなどこにでもいる男性の声。しかしその姿を見ると、整った上流階級の身なりをした二十歳くらいの青年である。鞘付きのベルトをしているみたいで、刃が大きい剣を吊るしていた。顔はやや中性的で、爽やかな美丈夫と言って差し支えないだろう。見覚えはないが、漆より黒い髪と瞳の色がやけに印象に残った。

「ギルドマスターのバグファ・ネイバー氏に用があって来たんだが、どうしたら会えるだろうか?」

「あぁ、それなら……」

 アタシはそこまで言いかけて、何か得体の知れない違和感を覚えた。

 ――あれ。こいつ、いつから居た?

 違和感というよりは、異物感という方が正しいかもしれない。妙に堂々とした態度をしているが、一切の覇気も伝わらず警戒をしようなんて微塵も思わされなかった。

 それはおかしなことなのだ。「いつの間にか隣に居た」。初対面、かつ得物を携えた人間に警戒心を抱かないわけがない。ただおかしいほどに、青年から何も感じ取れないのだ。まるで意図して気配を消し過ぎているように。

「……アンタ、一体何者だい?」

 アタシは言葉を途切れさせてその男の正体を探った。敵意のある者ならば何度も向かい会って来たが、敵対心を抱けない者など出会ったことがない。今はどれだけ信頼できる相手でも――戦う力を持たないルミ坊だろうと、初対面で警戒しなかったことなんて無かったのに。

「――失礼。本当は目立たないようにしたかったんだが……貴女は、良い目をお持ちの方ようだ」

「質問に答えたらどうさね? 場合によっては、ギルド構成員として見逃せない結果になるよ」

「いや、できれば貴女とは戦いたくないな。貴女は強い。こちらも無傷では済まなそうだ」

 至って冷静な判断をする青年は、やはりただ者ではないらしい。アタシを評価する点も、冷静な判断をもってしてアタシを格下だと言い切れる確固たる自信がある。そしてなぜか、それが戯言だと思わせないくらいひしひしと伝わってくる強者の態度。アタシがあわや臨戦態勢を整えるべきかと判断しかけた時、青年はその名を口にした。

「僕はシュリクライゼ・フレイミア。ルディナ王の意向として、八代目ギルドマスターに会いに来た」

「なにっ……!?

 その名前をこの国で知らない者は居ないだろう。どんな言い伝えよりも真新しい伝説を作り上げる男――民から“ルディナの英雄”と呼ばれる騎士は、一つの敵意も含まない笑みをアタシに向けたのだった。
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