第14話 醜態を捧ぐ

文字数 4,785文字

 開拓者ギルド本部。そのロビーはあらゆる開拓者、支援者の交流のために日夜問わず開かれている。俺は久し振りに訪れたギルド本部で、早朝からトウマを待っていた。やはり普段よりも優れない焦げ茶色の瞳は、『開拓者至上主義』による不遇のせいなのだろう。

「珍しいな、お前が俺を頼るなんて。それもギルドに伝言まで入れてさ」

「急で悪い。どうしても【ソラティア】に繋いで欲しかったんだ」

 俺はアレス・ミークレディアからの指令を反故にした昨日の内にギルドに伝言を頼んで、【ソラティア】の支援者を務める彼に取り次ぎを求めた。笑止千万な愚行であることは疑いようもない。しかしマイから事情を聞くと、目的地である『クルエアリの森』には行くべきだという判断にならざるを得なかった。

 いわく『クルエアリの森』は、かの『災厄』ドゥーマが眠る地だという。かつてはセアル家が統治し、ルディナ王国からの不遇によって奪われた場所とのことだ。

 大昔の因縁は長き時を経て伝説となり、やがて開拓者に依頼が出てしまうほど未踏の地となってしまった。事実はセアル家の文献にしか残されておらず、過去の話にもされないくらいに忘れ去られた。マイの兄であるキッグ・セアルが復讐心を抱いたのは、そんな無責任な国に対する恨みの結果なのかもしれない。だからと言って、妹を手にかけようとしたこととは話が別だ。兄弟とは――兄とは、もっと優しさをくれる温かい存在であるはずだから。

 トウマは仕方がないと言いたげな表情で茶髪を掻いた。

「しっかしお前も肝が据わってんなぁ……昨日、アレスさん直々のスカウトを断ったんだろ? それも結構な啖呵だったって聞いてるぞ」

「スカウトじゃなくて任命だ。でも事情が変わったんだ。俺も本当なら、あんな奴のクランを手伝いたくはないよ」

「はは、言うじゃん」

 アレスの考え方は独りよがりで、自分の認めた人間しか見ない。彼女のように礼儀作法を知らず、ただ自分の強さだけを信じる姿こそ開拓者が粗暴だと言われる要因だ。しかしそれをカリスマと呼び、付いて行く人間がいることもまた、強さを求める開拓者の側面である。

「今の客の目的のためって言ってたな。こんな面倒なことをするほど大きな仕事なのか?」

「……まぁな」

 さすがにトウマと言えども全ては明かせない。マイが命を賭けて守った秘密をおいそれと話すような薄情ではありたくないのだ。ただ【ソラティア】に同行することになれば、彼には伝説の一片も話す必要があるかもしれない。今は彼を謀るような状況になってしまっているが、いずれはきっちり筋を通したいと思う。

「だがなぁ、ホントにオススメしないぞ。言った通り【ソラティア】は開拓者至上主義の塊だ。俺以外の支援者は、殆ど使い潰されて辞めちまってるんだからな」

「一度探索が始まったら、しばらくは『クルエアリの森』には立ち入れない。チャンスは今しかないんだ」

 開拓者クランは縄張り意識が強く、依頼が横取りされることを大変に嫌う。それを生業としているのだから、報酬が奪われることは死活問題に直結するのだ。そのため場所が被れば争いに発展することも多かったようで、ギルドはそうならないように依頼を事前に管理するようになった。【ソラティア】が滞在するようになってしまえば、例えハリエラさんだって遺跡の前で回れ右をするだろう。

「店に居たあの女の子だろ? 一体何者なんだ?」

「じゅ、“呪術士”志望の子だよ。俺が呪術で店をやってるって知って、教わりたいって思ったらしいんだ」

「ふーん」

 唐突についた嘘だったがトウマは納得してくれたらしい。お互いに支援者として守秘義務があることは承知している。真っ当そうな理由があれば、一旦は了承してやるのがマナーだ。それを理解しているトウマはマイの出自については追究しようとせず、代わりに一言だけ放ってきた。

「で、お前らそれだけなの?」

「は?」

 質問の意図がわからず、俺はとっさに上擦ったみたいな声が出た。ニヤニヤと卑しい笑みを浮かべた男が顔を詰めて聞いてくる。

「そりゃ気になるだろ。ぱっと見だったけど、結構可愛いコだったじゃん。弟子に取るくらいなら、お前にもやましい気持ちの一つくらい……」

「あるわけないだろ! どうでも良いことを掘り下げてくるな!」

「どうでも良くなんかねぇよ! 俺たちはむさ苦しい開拓者としか接する機会がねぇんだぞ。店の看板娘、お宿の娘さん、街行く依頼人……関われるところで関わっておかねぇと一生独り身になっちまうだろ!」

「お前、まさかリーダー狙いで【ソラティア】に残ってるんじゃないだろうな……」

「ちょびっと」

 親指と人差し指に間隔を作ってみせた旧友に呆れて物も言えない。確かにトウマの行動原理は自身の欲望的な部分があるが、その一番は支援者としての名声だと思っていた。いや、それは多分間違ってはいないのだろうが。

「まぁ、目的のためのモチベーションってやつだ」

「好きにしろ」

 吐き捨てるように言うと、トウマは楽しそうにケラケラと笑った。不本意だが、これがこいつの気分転換にでもなるのなら、からかわれてやるのも一興だろう。もちろん、追求されても断固マイと俺の間には依頼人と支援者以上の関係は無いと答えるつもりだ。益の無い話をしていると、がつがつと床を鳴らす足音が聞こえてきた。

「楽しそうじゃねぇか。支援者」

 突然そんな荒々しい声を投げかけられ、俺は少し警戒した。現れたのは三人の開拓者と思しき人々。特に話しかけてきた男はその中心に立っており、傍目から見てもこのグループのリーダー格であることが察せられた。短めの金色をチクチクと逆立てた髪型。伏せ目がちの三白眼が薄ら笑いを浮かべる表情と合わさって、悪人面とも呼べるような人相の悪さを醸し出していた。

「お、おはようございます! ソラウさん!」

 トウマが慌てて立ち上がって、俺に一瞥し同じ行動を求めてくる。日頃敬語を使わない彼の態度で察せられた。トウマがソラウと呼んだ目の前の悪人面――彼は【ソラティア】のクラン構成員の中でもかなりの中心人物だ。座っていた長椅子から立ち上がり、俺は軽く頭を下げた。

「おはようございます。俺は支援者のル……」

「あー、名前なんざどうだって良い。こいつが新しい支援者だな?」

 俺が名乗る前に、三白眼は遮って会話の相手をトウマへと移した。まともにこちらを見ようともしておらず配慮の欠片もない。明らかに支援者を蔑視している。噂に聞いていた『開拓者至上主義』の人間だ。

「そうです。ルミーって言います」

「……へぇ?」

 トウマが答えると、男は俺をまじまじと眺め、あたかも品定めするような視線を向けてきた。

「お前か。ウチのリーダーの誘いを断ったクソ生意気な支援者ってのは」

 男はさっきのトウマなんか比にならないくらいニタニタと笑いながら、興味深そうに俺を見る。ただその目が嘲笑と侮蔑に塗れていることだけはありありと伝わってきた。日頃ならすぐにでもこの場を立ち去るだろうが、今回はそういうわけにもいかない。

「どう伝わっているかは知りませんが、先日は大変失礼致しました。お許しをいただけるならば、改めて【ソラティア】からの依頼をお受けしたいと思っています」

 荒波を立てれば、無用な諍いを生むことになる。そうなればトウマにとっても、マイの依頼を抱える俺にとっても不都合だ。今はどうにかやり過ごし、無難に遠征への参加を認めてもらわなければならない。

 ――そう思っていた矢先だった。

 軽く下げていた頭を、急に鷲掴みにされる感覚があった。後頭部を無理矢理地面に向かって押され、俺の体は下半身と腰が直角に曲がるくらいで固定された。

「……っ!?

「ちょ、ソラウさん!」

「随分チョーシが良いなぁ。支援者サマってのはよぉ?」

 見えない上方向からさっきの男の声がした。意図して上げられている言葉尻には、隠し切れないほどの激しい憎悪や怒りが感じ取れた。

「一度は啖呵切って断ったのに、報酬目当てでコロッと心変わりってわけだ」

「……くっ」

 わざとらしい挑発に反論もしたくなるが、傍目から見ればそう映ることはわかっていた。だからこそこの交渉には一人で来たし、どんな恥も耐え忍ぶつもりなのだ。例えこうして、力によって頭を垂れることになったとしても。

「わざわざ頭下げにくるんならよぉ、ちゃあんと目一杯下げて誠意みせろや。こちとらお前の雇い主になってやるってんだ。もっとありがたがってもらわねぇと割に合わねぇんだよ」

「大変、申し訳ありません」

 耐えろ。この場を乗り切れば、マイの運命は変わる。実際に『厄災』の封印を目の当たりにすることができれば、彼女の目的のための大きな一歩を踏み出せるかもしれないのだから。今はその可能性だけを信じて、どれだけ醜悪な姿でも晒してみせよう。

 なおも男の腕は緩まない。むしろ毅然と取った態度は反感を買ってしまったらしく、男の爪が突き刺さって髪の毛を押さえつける。無理な姿勢でさらに押し込まれ、膝が限界を迎えそうだ。

「てめぇら支援者風情がよぉ……オレたち開拓者に口答えなんかすんじゃねぇ!」

「ソラウさん! そのへんにしてやってください!」

 隣でトウマが叫ぶように言ったのが聞こえた。振りかぶられたもう片腕の影が見えていた。

「ここ、ギルドっすよ。これ以上の騒ぎは、さすがに上が許さないと思います」

 その冷静な判断に促されたのか、男の力が少しずつ抜けて、やがてわかりやすい舌打ちをすると、ごみ箱にでも捨てるように俺を放り投げた。長椅子に背中を打ちつけ、痛みが走る。

「ミスなんかすんじゃねぇぞ。(たか)り野郎」

 金髪の男はそう吐き捨てるように言って、一緒に居た他のメンバーと去って行く。周囲を見れば少ないながらも何人分かの影があり、彼らの視線が抑止力になったのだろう。俺は鈍い痛みを堪えながら立ち上がろうとして、トウマが伸ばしてくれた手を取った。

「おい、大丈夫か?」

「何とかな……いてて」

 周囲の人間もそろそろと去り、ギルドはすぐに朝の静けさを取り戻す。荒くれ者が多い場所だから、こんな諍い程度なら日常茶飯事なのだ。

「しっかし酷いな。ここまで敵意を向けられるとは思ってなかったよ。よく続けられるな」

「上手く立ち回ればどうってことねーよ。それに、今の俺は【ソラティア】で一番長く続いてる支援者だからな。ソラウの野郎だって、内情をしっかり把握してるやつが一人くらい欲しいのさ」

 当人が居なくなってすぐに敬称が外れるあたり、トウマもあの男には良い印象を持たないらしい。目に見える傾倒。まさに『開拓者至上主義』を体現した男だった。

「ソラウ……あいつが一番の警戒対象ってわけか」

「あぁ。それも厄介なことに、アレスさんが入る前の【ソラティア】でリーダーを務めていた男らしい。つまり初代リーダー。奴の思想は殆どクラン全体の意思だ」

「前に言ってた問題の副リーダーってわけだ。下手に目をつけられたなぁ」

 今後の面倒も考えてしまい、はぁ、と重苦しい溜息が出る。どうにかしてあのソラウという男の目をかい潜り目的を達さねば。そんな俺の様子を見たトウマが本気の心配顔で言ってくる。

「なぁ、今からでも遅くないぜ。嫌なら断っておけよ」

「大丈夫だよ、何とかする。それに俺が逃げたら紹介人のお前だって危ういだろ。義理は通させてもらうよ」

「……わかったよ。でも、いずれ俺が借りを返すタインミングは作れよな」

 俺は彼に向けて頷いたが、正直、この取り次ぎだけでトウマにはとてつもない恩ができてしまっただろう。次の『クルエアリの森』の遠征にマイを連れ、その途中、内密にドゥーマの足掛かりを見つける。次の目標が定まったことへの期待感とともに、ソラウの毒牙がいつ向けられるかと思うと、安寧は持ち去られて行くばかりだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み