第2話 支援者たちの仕事

文字数 4,123文字

「こりゃぁ……便利なもんだな」

 一度発生した光は途絶えることなくこの部屋いっぱいを灯り続ける。感嘆するナゲさんの声を少し嬉しく思いながら、今起こった現象について触れる。

「魔術は体内のエネルギーだけを使って発動すると聞きますけど、『呪術』は何かしらの触媒を利用することで初めて成立する技術です」

 天井に貼り付くように浮いた光源は、 “呪符”と呼ばれる特殊な加工が施された紙を破くことで発生させたもの。呪符には光を呼び出し、一か所に押し留め続けるという工程が文字列によって記憶されている。ルミー・エンゼの支援者としての真の価値は、このような『呪術』を扱えるという点にあるのだ。

「こんなに便利な代物なのに『呪い』なのか……」

「一口に呪術と言っても、『呪い』と『まじない』の二つの側面がありますからね。俺の扱うものは殆どが『まじない』に寄った技術ですよ」

 ナゲさんは何が違うのだろう、という疑問を浮かべた表情だ。そのため両者の違いについても説明しようとしたが、専門知識は聞いてもわからないと匙を投げられてしまった。

「とにかくアンタが……店主さんが今回の調査で役に立つってことはよくわかったよ。鉱山の暗がりで人間ランプになってくれるわけだな」

「ま、まぁ当日はもうちょっとスマートな方法でやりたいと思ってますけど、要はそういうことです」

 俺の微妙な肯定にナゲさんは見た目以上に豪快な笑いを飛ばす。しかしながらまだ疑問は残っていたようで、こんなことを尋ねられた。

「しかし『呪術』使いなんてろくに聞いたことねぇぞ。店主さんの家に伝わる技だったりすんのかい?」

「いえ、そういうわけではないんです。ただ先駆者がいないというか……文献も限られてますから、殆どの人が触れることも無いんでしょうね」

「なぁるほど。じゃぁ店主さんはどこで呪術に触れたんだい?」

「……」

 ナゲさんの質問に少々押し黙る。決して話せないような内容ではないのだが、あまり気の進む事情ではないからだ。言葉に詰まった俺を見て察したのか、彼は両手を横に振った。

「いやぁすまない。そんなことまで聞くのはいくらかマナー違反だったな」

「い、いえ! でも、ありがとうございます」

 俺は彼の大らかな人柄を非常に好ましく思えた。こういった最低限の礼儀の一線を引いてくれる人間は、開拓者や支援者に関わらずありがたいことである。ハリエラがお気に入りらしい理由もよくよく理解できた。

「では、話を戻しますね。【アメトランプ】から用意するものは十人分の食料と馬車。そして俺が付いて行きます。報酬はこの調査が完了してからで構いません」

「あぁ。それ以外はオレら【ソールサー】が請け負う。急で悪いが、よろしく頼むぜ店主さん」

 差し出された大きな手のひらを握り返し、晴れて俺たちは協力関係の契約を交わす。もちろん何の強制力もない行為ではあるが、逞しい腕から伝わる熱は確かに信頼に足るような気がした。



 ナゲさんと別れた後は急いで準備に奔走する。知り合いの馬貸しに急務を怒られながらも何とか約束を取り付け、さらに食料を集めるために商会を訪れる。商会は開拓者や支援者といった人間だけでなく、一般市民も出入りする大型のフリーマーケットといったところだ。超が付くほどの大型倉庫を利用しているため、物理的な規模もさることながら様々な業界の商品が集まる。生鮮食品や保存食などを様々に買い付ける中、ふと知り合いの存在に気付いた。

 俺と似たくらいの背格好に焦げ茶色の髪。シュッとした目鼻立ちと大体いつも笑っている顔のおかげで愛嬌のある好青年に見える。しかし俺は知っている。あの二枚目な表情の裏には、俺と同じくギルドで鍛えられたがめつい商魂が潜んでいることを。

「おーい、トウマ。久し振りだな」

「お、ルミーじゃねぇか……って荷物多いな!」

 髪と同じダークブラウンの瞳が大きく見開かれる。それもそのはず、今の俺は背に大きなバックパックを背負い、さらに両手では肩幅を超えるバッグに溢れんばかりの食料を持っているのだ。

「店の仕入れか?」

「いや、明日からハリエラさんに連れられて遠征なんだ」

「なんだ、遠征なんて随分久し振りなんじゃねぇか? 大方またあの人の横暴に付き合わされてるってとこか」

 少年の名前はトウマという。俺がギルド所属の支援者だった頃の、いわゆる同期。年も変わらず、新人同士だった頃は何かと助け合っていた仲だ。そのため【アメトランプ】を開業し独立してからも浅からず縁が残っている。俺が首を縦に振ると、トウマは若干の呆れ混じりに言った。

「相変わらずのお人好しだな。そんなんじゃ身が持たねぇぞ」

「余計なお世話だよ。それより、トウマも大荷物だけど、どっかに遠征?」

「今のお前に大荷物どうこう言われちゃ色々霞むもんがあんだろうが……」

 彼の背負う革製のバックパックもかなり膨れていて、それなりの重量があることは確かだろう。トウマは俺のように自営業を営むことなくギルド所属の支援者を続けている。これは決して彼の名が売れていないからではなく、ギルドから依頼を持ち込まれた方が自身に合っているという判断からだ。実際ギルド所属の支援者の中には開拓者にも負けず劣らずの資産を持つ者だって少なくない。

「まぁ今はそうかもだけど……トウマもそこそこ大きい依頼が来たってことなのか?」

 すると少年の顔はわかりやすいくらいにキラキラとした笑みに溢れ「そーなんだよ!」と元気な様子を見せる。

「なんとな、あの【ソラティア】から遠征のサポート依頼が入ったんだよ! それも指名で!」

「【ソラティア】って最近発足した、若手の?」

「そ! 若手実力ナンバーワン! ここ一年で王国直属の依頼をいくつもこなしてる次世代のスター候補だ」

 【ソラティア】の話題は忙しい日々の中でも頻繁に耳にしている。思えば昨日のハリエラさんも名前を出していた。店の常連開拓者たちもすごい若手が台頭してきたと評していることが多い。

「クランリーダーのアレスさんは女性の開拓者なんだけどもよ。なんでも魔術の才能が無いからって、剣技一本でトップクラスに上り詰めたんだってよ」

「噂は知ってるよ。本当にそうだとしたら、次のギルドの伝説になるかもな」

 アレス・ミークレディア。本人に会ったことはないが、どうやらその美貌も相まってギルド間で相当な人気を誇っているらしい。聞けば、彼女は偶然立ち会わせることとなったベテラン開拓者をものの数秒で圧倒したとか。噂がどこまで真実かわからないとは言え、火種が無ければそんな逸話も生まれまい。

「とんでもねぇ才女だよな。いやぁ、俺もお前がギルド辞めたここ一年、踏ん張った甲斐があったてもんよ」

「この仕事、落としたら後に響くだろうなぁ」

「ルミーお前っ……人が気にしてるところを的確に攻めてくんじゃねぇ!」

「ちょっと緊張感持たせてやっただけだろ。ミスんなよ」

「ったりめーよ」

 気さくなトウマらしいにこやかな笑顔を見るに、目立った心配は無いように思う。俺は友人の行く先に希望を見つつ、互いの事情を優先するため立ち去ろうとした。

「じゃあその仕事が終わったら店にこいよ。応援してる。じゃあな」

「あ、ちょっと待てルミー。お前、ギルドから離れてたからここ最近の事情に疎いだろ。だから一つだけ注意しとくぜ」

 言うトウマの顔はいつになく真剣で、本気で何かを案じている様子だった。俺は彼に向き直るとこんな忠告を受けることとなった。

「最近若い開拓者連中の中で『開拓者至上論』ってのが唱えられてるらしい」

 トウマは若いと言うけれど、俺たちの年齢だって十八歳とかなりの若さなので、おそらく同年代の開拓者を示しているのだろう。ただそんな指摘よりも、神妙な雰囲気から飛び出た単語の方が余程気にかかった。

「開拓者、至上論?」

 初めて聞いた言葉を繰り返す。確かに俺たちの住むこのルディナ王国において開拓者の社会的地位は低くない。無論実力に寄る部分が大きいが、それでも王国の誕生期からあるとされている開拓者ギルドには普遍的とも呼べる信頼が存在するのだ。

「確かに開拓者は優秀な人が多いけど、それだけでそんなことを言い始めるか?」

「いや、少し違うんだよ。この思想は開拓者が偉いんじゃねぇ」

 トウマの短い睫毛が伏せられていく。曇っていく表情の中には、鬱憤や怒りに似た感情が読み取れた。

「なんでも、戦いもしねぇ、危険を冒さねえ支援者は自分たちより立場が下って考え方だそうだ」

「それは……」

 つまり、同じ業務に携わる開拓者と支援者を比べ、相対的に開拓者を優位としているということだ。俺たち支援者からすれば実に不合理な理論だった。トウマもその考え方には不満があるらしく、より神妙な顔で語り出した。

「確かに支援者は戦わねぇし、戦えねぇよ。でも、別に守られてるだけの足手まといってわけじゃねぇ。邪魔にならねぇ用意があるし、なによりそれ以外のことでちゃんと開拓者に貢献してる」

 開拓者の足手まといになる支援者は『支援者』ではない――ギルドに見習い支援者として入ったら、真っ先に言われる言葉だ。その言葉通り、支援者はまず自衛と逃走の術を用意する。逃げることでさえ、支援者の生業の一つなのだ。そうして開拓者の活動を害さず、かつ個別でサポートを行えて初めて『支援者』たる資格を得る。

「ギルドもそのことをわかって、この風潮を撤廃しようと動いてはいるが、どうにも考え方ってのは物理排除できねぇ。今の新参クランにはこうやつも多いみたいだから、気を付けろよ」

「……その点じゃ俺は大丈夫そうだ。さっき会ったけど気の良い人だったし、なによりハリエラさんの紹介だからな。むしろトウマの方が注意しとくべきだよ」

「わかってら。一応伝えておこうと思っただけだ」

「あぁ、ありがとう。お互い用心するとしよう」

「引き留めて悪かったな。【ソラティア】の件が終わったら顔出すよ。じゃあな」

 そうして俺とトウマは各々のやるべきことを再開する。今回は情報交換というよりも一方的に色々と教えてもらってしまった。そのお返しは今度店でするとしても、俺はしばらくの間、旧友の身を案じていたのだった。
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