第21話 痣

文字数 3,927文字

「勝った……」

 とてつもない再生能力を有していた鈍色の騎士はぴくりとも動かない。魔術による光を発することもなく、本当の屍となっていた。

 信じられない光景を閉口して見ていた。明確な攻略法が存在しないとすら思わされた敵だったが、俺にも有効な攻撃手段があることと、体力が有限だと気づいたことで何とか勝利を手繰り寄せることができたのだ。最後の一騎打ちに相対した青髪の騎士がこちらへ振り向いて鋭い口調を飛ばす。

「呆けている場合か。俺たちの目的はこの男の討伐ではない。この遺跡で“封し鳥”攻略の鍵を探すことだ」

「ああ、わかってるよ」

 ガルシアンは力の抜け切った鈍色の騎士を軽々持ち上げ、通路の脇へ座らせた。そして鎧の胸部に手を伸ばすと、付いていた王国騎士を示す紀章だけを剥がし取った。

「何してるんだ?」

「王国騎士の全ての紀章には番号がある。この男が何者だったのか、持ち帰れば照会することができる」

 王国騎士のトリビアに「なるほど」と得心する。もし戦場で命を落とし骨だけになってしまったとしても、見つかりさえすれば殉職者を判別し弔うことができるという訳だ。

「意外と優しいところもあるんだな」

「調査報告のためだ。敵に……まして騎士として死んでいった者に情けなどかけん」

 そうして死を辱めることをしないことこそが、何よりの敬意に他ならない。ガルシアンは最後まで誇りを持って戦った鈍色の騎士に欽慕の念を表している。

「こんな場所を守っていた理由……いつかわかると良いな」

 俺が言うと、ガルシアンは反発することなく「そうだな」と呟いた。壁に寄りかかる鎧を横目に通路を進む。

 鈍色の騎士が守っていたのはさらに奥へと続く道だった。やがて出た場所は行き止まりの部屋――つまりこのアリの巣のような遺跡の終点の一つだった。まだ確認し切れてはいないが、あれほどの番人が居た場所ならばここが最重要の地だったとしてもおかしくない。

 部屋はこれまで歩いて来た洞穴の壁とは明らかに雰囲気が異なる。床にまで石が丁寧に敷き詰められ、中心には棺と思しき形状の箱と、その奥には大きく欠けた石碑があった。

「……この棺、空っぽだ」

 棺の蓋は開いており、中には人骨もなく砂埃が溜まるのみ。鈍色の騎士が居たにも関わらず墓荒らしの被害でも受けたのか、それとも死体疑惑のある騎士自身が入っていたのかは定かではなかった。とかく、俺たちが調べられるものは石碑しか残っていなかった。

「この壊れかけの碑文が、あの騎士が守っていたものってことか?」

 崩れた碑文には何かの文章と、正体不明のマークが三種類描かれていた。呪術で扱う文字列とも異なる。僅かにルディナ王国で使われている字に似ており、古くに使われていた言語なのだろう。さっぱり読めないでいると、後ろに居たガルシアンが俺を押し退けて碑文を見た。

「……『魔女が齎すは、栄華の再来と再生』」

「読めるのか?」

「ルディナの文字形態は国家創立時から大きな変化をしていないのだ。本業ではないが、この程度なら造作もない」

「さすがは歴史研究家」

 騎士団長さまの博識っぷりに脱帽。歴史を研究しているだけならば古文書の解読は専門外のはずだろう。もし彼が読めなかったら、一度王都に戻って研究者を呼んでこなければならなかった。そんな今回の調査の立役者が、指で碑文をなぞりながら読み上げる。

「『魔女の痣を集めよ。痣は杖となり、力を与えん。六杖(むじょう)を束ねた時、世界の(くさび)は放たれる』」

「“魔女の痣”だって!?

 飛び出した言葉はあまりにも聞き覚えのあるものだった。“封し鳥”を操っていた男、アルト・ワイ・ヘロスリップが自らの手と、俺の手の甲を示して言っていたのだ。

 後半の意味は殆ど理解できない。ただし前半に関してはある程度の推測ができる。俺は文言の隣にかかっている砂を払った。よくよく見ればその内の一つは、あの男の手にあった鳥の羽を模したようなものと同じ形だ。

「この隣にあるのが“魔女の痣”……」

「劣化しているこの石に描かれているのは三種類。一つはあの芸術家にあったものか」

 ガルシアンも記憶の中の存在に気づいたようで、次に俺の手と石碑を見比べる。

「痣を杖に例え、全部で六種類あるということか。そしてここに無い三種類の内の一つは……」

 俺の手にある痣の形はここにある三つの内のどれでもない。しかし、あの芸術家はこれを自らと同じ“魔女の痣”と呼んでいた。つまり俺の持つ痣はここには無い四種類目だということになる。石碑から手の甲へと視線を移したガルシアンが問う。

「その痣には何か特別な力があるのか?」

「いいや。スラム街で殺されかけても何も無かったんだから、命の危機にくらい反応してくれても良いと思うんだけど」

「能動的に力とやらを発動させる条件があるのかもしれんな。奴の持つ痣にも何か特別な力が働いていて、それが“封し鳥”を使役する能力に繋がっているのか……?」

「気になってはいたんだ。“身代わりの呪い”で他者の命を身代わりにすることはできても、それ自体は“封し鳥”と連動する技術じゃない。本当に痣に何か力があるなら、それがカラクリなのかも」

「どちらにせよ、明確な弱点ではないか……」

 俺たちは揃って頭を捻る。痣は“封し鳥”を作る力、そして“身代わりの呪い”はあくまで人質と命の保険だと考えれば、攻略すべき未知の力は二つということだ。解明には近付いたが、アルト・ワイ・ヘロスリップを打倒するには新たな溝を見つけてしまった気分である。悩んでいる途中で「支援者」と呼ばれた。

「気になっていたのだが、“身代わりの呪い”の発動条件は何だ」

「……確証があるとまでは言えないけど、おそらく攻撃を受けた時だと思う。シュリクラゼさんに斬られた時に発動していたし」

 ガルシアンは俺の回答に訝しむ。

「迫る剣速に対して、発動の可否を自ら選ぶことはできるのか? それならば避けることとあまり手間は変わらんと思うが」

「普通はそうかもしれないけど、呪術士である以上、身体能力はある程度で頭打ちになるはずなんだ。“身代わりの呪い”はその運動能力をカバーし、先手を打たせないための言わば保険なんだろ」

「不自然ではないか? 奴はフレイミアの攻撃を誘ったのだろう。敢えて隙を作る理由がどこにあったのだ」

 顎に手を添えてあの忌々しい日のことを思い出そうとする。もしかすると渓谷での戦いの中に、やつの呪いを解くヒントがあるのかもしれない。

 “身代わりの呪い”が発動したタイミングは二回だ。最初はシュリクライゼさんに正面から斬られた時。二度目は確か、逃げようとする俺たちに向けて、いつでも人質の命を奪うことができると脅迫するためだった。

「そう言えばあいつ、自分の舌を噛み切ろうとしてた。その時にも“身代わりの呪い”が機能していたんだ」

「ならば傷を与えられるものは全て発動条件か?」

「……いや、それじゃ転んだだけでも身代わりが使われる道理だ。そんなことで捕まえた人間の命を消費するなんて、あまりにも下らな過ぎる」

「だが俺の剣は躱そうとしていた。いかに『急所を狙わなかった』とは言え、致命傷になってもおかしくない攻撃だったはずだがな」

「え?」

 俺は思わず素っ頓狂な声を上げていた。

「なんだ」

「嘘つけ。あんたあの時、やつを殺そうとしていたじゃないか」

「ああ、殺そうとしていたぞ。手足を斬り落として尋問をした後でな。国に仇なす逆賊に味方が居れば、そいつらも斬る必要がある」

「……」

 今度は口を開けたまま絶句する。仲間を奪われた後の彼は、冷静さとはかけ離れた気性の荒さを披露していたというのに。

 実際のところ激情に駆られていたのは間違いないのだろう。しかし国を守る騎士として、どれだけの事態でも思考を止めないように動く努力は欠かしていなかったのか。

「俺、あんたのことをイマイチ信用し切れないよ……」

 ガルシアンは青髪の上に疑問符を浮かべるだけで心労を悟ってはくれなかった。俺は共感してもらうことを諦めて、新たに知った状況を含め整理する。

「攻撃を避ける場合と避けない場合がある……確かあの時、あいつはガルシアンの攻撃を上空に逃げることで躱していた」

 風の魔術を使ったエセ芸術家はそのまま煙幕を使って逃走した。もしガルシアンに捕まれば、身代わりがあったところで無意味になると判断したからだろう。

「“身代わりの呪い”と奴の回避行動には何かしらの因果関係があるってことだ。それこそ、さっきの鈍色の騎士の瞬間移動みたいに自由自在って訳じゃない」

 冷静になってみれば、そんな出来過ぎた“呪い”には今まで出会ったことがないのだ。呪術は未知の領域が多いと言えど、総じて扱いが難しいものばかり。

 さらに分野は違えども、強力な魔術を使うためにはかなりの体力が必要だ。感覚を失っていたと思しき鈍色の騎士でさえ自らの体の限界には勝てなかった。呪術だって難しいことをしようとすれば相応の対価が要る。

 あれらの行動、あの狂気さえ“身代わりの呪い”の欠陥を隠すパフォーマンスだったとしたならば。

「“身代わりの呪い”の発動条件には、何か致命的な弱点がある……?」

 それもただ攻撃を受けるだけでは発動しない条件。その網をかい潜れば、捕らえられた人間の魂を使わせずに倒すことが可能なのかもしれない。すっかり頭だけで思索を巡らせていると、石碑の部屋を一頻り見終わったガルシアンが言う。

「この問題はひとまず持ち帰る。考えることは馬車の中でもできるからな」

「そうだな」

 俺の中には“身代わりの呪い”を打倒できる可能性が浮かんでいた。仮説の域を出ないにしろ、この場所での戦いは無駄では無かったと言えるだろう。
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