第1話 はじまりは息子の為

文字数 1,157文字

 僕は諸事情で単身赴任になっていた。今まで家族で住んでいた家屋に一人だ。妻と子は、二週間に一回程度やってくる。五歳の息子は、乗り物好きである。教育の成果とも、遺伝的性質とも考えられるが、このくらいの男の子は概ね乗り物好きなのであった。彼のお気に入りは、木製レールのブリオだった。が、だんだんそれも飽きてくる頃ではあった。
 五歳であり、概ね分別がついていると考えた。そろそろ時期が来たと思った。僕は実家から、秘蔵の鉄道模型を送ってもらっており、それを隠し持っていたのだった。自分が小学校高学年の頃に遊んでいた、Nゲージ。ゲージとはレールの幅を現わしており、Nはナインの頭文字。レール幅九ミリメートルで統一された鉄道模型である。日本の鉄道車両であれば、概ね一五〇分の一の縮尺となる。このレールを繋ぎ、円形に組む。そしてレールにはコネクターを接続する。運転制御機器には円形のつまみがあり、それを回すとレールに電気が流れて、模型が動き出す仕組みだ。僕が小学生の頃から捨てずにとっておいたブルートレインの客車五両を、まだ動くディーゼル機関車に引かせる。当時よく使った、ステンレスボディの電気機関車もあったのだが、これはもはや動かなくなっていた。パンタグラフも片方が壊れている。関門海峡を渡ることはできないのだ。それでも、息子の目が輝く。小さな玩具なので、お父さんと一緒の時しか遊ばないように言いつけた。もちろんこちらの家に来た時しか使えないので、当然そうなるのだが。息子と遊べる時間も以前より短くなっているのだから、組み立てる時間を節約できないかと考えた。そして、ボードにレールを固定することを思い立った。そしてすぐ近くのホームセンターへと走った。
 厚めの発泡スチロール板を入手するつもりだったが、店頭で吟味した結果、半畳ほどの大きさの樹脂ボードを購入した。厚さは一センチメートル未満で、もちろん軽い。表面はしっかりコーティングされていて、折れにくそうだが、釘は刺しやすい。店員さんに、数ミリ長の小さな釘を何本も刺しても割れないであろう、との言質をとった。小さな釘を合わせて購入し、自宅に戻った。
 Nゲージのレール両端付近には、小さな穴が開いている。ここに買った釘が綺麗に収まることを確認し、早速息子とレールを固定していった。軽いので、遊ばないときには壁にもたれ掛けさせることができる訳だ。部屋は余っているので、スペースのことは考えなくても良いはずだが、片づけやすいという一言は、妻に効果的である。このボード上を二四系寝台列車に続いて、北陸本線で活躍した四五七系急行電車が走った。ヘッドマークは「立山」。息子と二人、心行くまで運転を楽しんだ。そして、実家で二〇年以上眠っていた模型たちと保管してくれてた自分の親とに感謝した。
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