第18話 その誤解は重い

文字数 1,198文字

 職場でのふとした会話の際、ある後輩が言った。村山さんのジオラマ、凄いですよね。彼はソーシャルネットワークFで繋がっており、話題にしてくれた。嬉しくないはずはない。ジオラマではなく、レイアウトだ、と一応伝えるが、おそらく覚えてはくれないだろう。しかし更に嬉しいことに、一緒にいた女性職員が興味を持ってくれた。ガラケーを取り出して写真を見せる。まずガラケーであることが話題になるが、こちらとしては早く写真を見せたい。牧場を馬が散歩するところ。あれから貼り付けて出来上がった田んぼや畑。その間にある藁葺屋根の家と桜の丘。まだ工事中で殺伐とした駅周辺。称賛が起こる。もう何人か集まる。桜が咲く時期に、田んぼにしっかり緑色の稲が伸びているのはおかしいが、そこはまあ、気付かれまい。
 そんなよい雰囲気の中、ある男性の先輩が話に加わってきた。この先輩、応援するチームは違うがプロ野球が共通の話題で、忘年会の宴会芸を一緒に考案するなど非常に親近感のある方だ。が、その先輩が写真を見るなり言った。ああ、村山くんはプラレールやってるのか――。

 プラレールは高名な幼児用鉄道玩具だ。あの青いプラスチックレール、おそらく男の子のいる家の過半数には多少なりとも残骸が存在するのではないだろうか。我が家も例外ではない。買ったのではなく、もらい受けたものだが。あれはそのレール上を電池式の列車が走るように作られている。つまり、レールがなくとも走るのだ。大きさは概ね七〇分の一から八〇分の一スケールだ。これはHOゲージという鉄道模型に近似し、我が家にある木製レールのブリオともほぼ同サイズ。が、HOと本気度は全く違う。そしてプラレールの車両はブリオのレールで走行可能だ。また同じメーカーがつくるミニカーと合わせ、壮大に楽しめるものであることは否定しない。大人のファンもいるのは知っているし、最近はアドバンスと称し、プラレールの溝を使って複線運用できる小型列車まで販売されている。だが、断じてNゲージはプラレールではないのである。わざと言っているとしたら、これは挑発的言動である。僕は態度を硬化させ、小さな冷戦状態に入った。


 職場で冷戦が勃発しても、創造神にはなすべき仕事がある。画用紙で舗装道路を延伸し、カーブレールを挟んで木造とモルタルの新旧二つのアパートを設置する。建物や道路の脇には植物を植え、土の色を加えるなど細かなところを整える。そしてネット購入した人形を置いていく。このレイアウト世界での時間を何時ごろに設定するか考えた。概ね平日午前として、アパート周囲には朗らかな家族の情景を再現することにした。また、牧場の牛舎もようやく位置を決め、固定した。中には牛と作業員をしっかり設置した。さらに駅には、電車を待つ学生たちの姿。一人一人に役割を持たせる。娘のお人形さん遊びと大差ない世界が、単身赴任の部屋に広がっていった。
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