第8話 手のひら返し

文字数 1,195文字

 次の休みに模型店Pを訪ねた。やはりPに来ると、店頭のレイアウトを凝視してしまう。池が作られているのだが、その水面の仕上がりが綺麗だと思った。これは着色後に接着剤を表面に塗って光沢を出しているのだろう。是非再現したい、と思った。地形的なところを作るには発泡スチロールと紙粘土が良く使われる。そこに塗り付けるにはプラモデル用の塗料ではなく、絵の具の方が使い勝手が良い。Pに続いてTハンズにもまた寄ることになるな、と意気が上がる。

 そして店内に入り、まずはストラクチャーのコーナーに行く。この世界では建物などの模型をカタカナでこう呼ぶが、こうやって小学生の頃から英単語に馴染んでおくのは悪くなかったな、と自己肯定する自分が微笑ましい。駅舎やプラットホームはストラクチャーの基本アイテムであり、品揃えも豊富なはずだ。しかし、この日のPには、僕のイメージに合うものがなかった。小学生の頃はT社の橋上駅舎を持っていたが、今回は全く違うものが欲しい。同社の木造駅舎もいまだに同じ姿で僕に微笑みかけていたが、これすらちょっと大きい気がしてしまう。どうしようかなあ、と思っていると、少し先に牧場をイメージしたストラクチャーが並んでいた。牧草地帯だけをイメージしていたはずの僕だが、バラストを撒き、フォーリッジを付けていく中でレイアウト面が思った以上に広大であると感じていた。なのでやはり人工的な牧場施設、具体的にはこの牛舎があるべきだと判断した。それがあるからこそ、人がいて、駅が存在するのだ。そんな場をあの樹脂ボードに構築しよう。
 駅に関してはネットで物色することとし、牧場のストラクチャーを買い物かごに入れる。今回は最初から買い物かごを持つという計画性の高さを自らに誇る。そのままカラーパウダー、黄色い草花、樹木、牛、牧場の人々などを次々とかごに入れた。しばらくショーケースに並ぶ車両たちを眺め、我がレイアウトに走るべき列車を考える。でも、今日は見ルダケ、安イネ!

 続けて階下のTハンズへ。大型ショッピングセンターIの出店には批判的だったこの男は、今や十分にその恩恵を受けていた。Tハンズは欲しいものが概ね揃うし、種類も選べる。紙粘土から続けてアクリル絵の具のコーナーへ。水彩の方が安いし、きっと子供の分を流用できるが、やはり塗りムラが少なく長持ちするアクリルだ。先ほどPで水面を表現することに気を取られてしまったので、青や緑の系統を数種類買ってしまった。もちろん筆も新調する。なんという贅沢。ついでに巨大な木工用ボンドとおそらく今後必要となるプラモデル用の接着剤も購入した。尚、プラモデル用とは、蓋に刷毛がついている瓶入りの、液状接着剤である。

 まだレジ袋は無料の時代だった。PとTハンズの袋の中身を覗きながら、フードコートで一人ニタニタしている中年オヤジを、この街の人は何度も目撃していたのだろう。
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