第26話 業者の評価

文字数 1,140文字

 二月の下旬だったと記憶している。地域内ではまあまあ大手の運送会社に引っ越しの見積りをお願いした。この日は妻が来ていろいろ采配してくれたので、僕は仕事に出かけていた。レイアウトは自分で運ぶ、と決めていたので、見積りにはいれないでもらうように伝えていた。
 夕方までに妻は帰ってしまったので、僕は彼女に会うことなく自宅で完成が近いレイアウトを眺め、いつも通り妄想する。この時点ではまだ正面左の丘が禿山だった。画用紙製の舗装道路はもう貼り付けてあった。ギャラリーに載せた最後の一枚は、この頃だろう。それと並行して、スリーエフ前の歩道に車いすに乗った老人とそれを押す大人、一緒にいる小学生というような、今なら小噺のネタにしてしまうような状況を作って楽しんでいた。駅のホームには高校生男女、アパート周囲の公園にも親子連れと一人佇む老人。自動車もあるが、これは接着せずにおいていた。尚、現在に至るまで自動車は固定していない。なんとなく、躍動感が違うんだよなあ。

 そうして過ごしていると電話が鳴った。折り畳み式のガラケーを開いて電話に出る。妻からだった。見積りの金額を聞き、大手Y運輸よりも安いようで納得する。Yは電話だけで見積りができたので楽だったが、現物を見ないで決めるのもどうかなあ、とは思っていた。
 そして妻が教えてくれた。あの模型をみて、担当の人がビビっていた。これはちょっと運べません、とのことだ。それを聞いた僕は声が上ずる。そりゃあそうだろう! 業者の立場からすれば、こういうのを作る客なんて、ちょっとした型崩れすら許さなそうだもんな。そして、自分はそんなキャラではない、と思いつつも、知り合いでもない他人からみても近寄りがたいものを作り上げた、この自分が誇らしく思えた。気分が高揚すると、作業も進む。手前左の禿山(はげやま)に遊具のペーパークラフトを並べたのは、この日だった。そして久しぶりに列車を走らせた。京阪神で一世を風靡した「新快速」一一七系。ベージュ色ベースにこげ茶色の帯がカッコよかったが、山陽本線では黄一色の姿で現役続行中である。その黄色のボディも、我がレイアウトには恐ろしく映える。素晴らしい。

 では、実際のところどうやって運ぼうか? 翌日以降この課題が僕の脳内を支配した。この家の玄関から運び出すのはそう難しくはないだろう。運ぶのは当然自家用車だが、後部座席を倒して、レイアウトだけ乗せればなんとかなるような気はする。そして向こうの家。引っ越しからしばらくはマスオさん状態になるのだが、二階の奥にある物置のようなスペースに置かせてもらうつもりだ。しかし、狭い階段を登ってそこまで運び込むのも難儀しそうだ。日にちも、引っ越し業者の作業日と重ならない方がいい。悩みどころである。
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