第5話 大人の計画性

文字数 1,195文字

 自宅に戻り、袋から買ったものを取り出していく。小学生時代にもレイアウト作りに挑戦していたが、あの頃は車両を一緒に買った場合、絶対に車両から封を開けた。今は違う。EF八一を眺めたり走らせたりするのも勿論楽しみなのだけど、それよりもこれから展開するであろう自分の世界を具体化したくてウズウズしている。
 ただ今は立派な社会人である。仕事に支障が出るような遊び方は厳禁だ。薄暗くなった部屋で時計と対峙する。そうか、夕飯時か。ここで時間を間違えると、どんどん就寝時間が後ろに行き、翌朝後悔するのは目に見えている。単身赴任なので、批判的にたしなめてくれる家族もそばにはいない。大人になり過ぎだぜ、と一人苦笑する不惑男である。

 と自制的になったが、実のところ頭の中は模型でいっぱいだ。作業は始めないが、計画はしっかり立てる。上司に提出しない稟議書はいくらでも書けるのだ。まずはレールをいったん外して、カーブレールを分岐のあるポイントに入れ替える。分岐の先に直線レールを数本つないで、卵型のループから尻尾が飛び出しているような形に組み直す。この盲腸のような引込線で、車両の出し入れをすることにしよう。車両の出し入れは、レール幅に合わせたくぼみを底面に持つ滑り台を使う。これをリレラーという。リレラーをレールに被せるだけの長さを持つ直線区間をこの盲腸で確保する。これは将来、別のレイアウトと接続する場合にも役立つはずだ。
 あまりにも完璧な計画だったので、つい樹脂ボートからレールを取り外し始めてしまった。うん、組み換えだけね。と呟きつつボードに出来た小さな穴を確認し、少しずらしたところに再固定する。この穴、埋めないとカッコ悪いよな、とボードをいたわる。そしてポイントの電動切替装置を取り外す。これは運転制御器の隣に設置したスイッチで列車の進路を切り替えるためのものだ。縦三センチ、横五ミリくらいの灰色をした箱が線路の横にくっついている。そしてスイッチとは電線で繋がっている。バラストを撒いてリアルに作ろうと考えている大人には、余計な付属品だ。しかもこれ一つしかポイントは設置しない。つまり手動で十分だ。その場合、ツマミがレールの床から飛び出してしまうのだが、あの箱よりは目立たない。

 よし、これでレイアウトの基本、骨組と言ってよいレールの配置が定まった。早速バラストを撒きたいと気持ちがはやるが、まだまだだ。架線柱、信号、ポイントの分岐器、排水溝、きっと必要になる踏切の位置などを検討しなければならない。繰り返しになるが、バラストを一旦固定してからそれをはがすというのは、手間であり無駄な作業なのだ。だから、やはり計画をしっかり練らなくてはいけない。小学生時代の挑戦はそこが甘すぎた。大人な僕はそこをきっちりやる。今から夕飯を自炊する余裕が僕の頭にはないので、再び車に乗って行きつけのココイチを目指した。
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