第62話 この国の電波は永遠に真実を流せやしない

文字数 1,189文字


 やや間を置いて田能村は呟いた。
「そういうことです」
「ラバーズの?」
「仕掛けたのはラバーズですが、屈したのは我々です」
「所属タレントを出さないと?」
「いや、そんなことでN放送局は怯まない」
「でしょうね、だから俺は受けたんですよ」
 田能村は悔しそうに歯を噛む。その軋る音がマッキーの耳元まで届く。
「あなたにはもう全部話しますが、聞いたことはすぐに忘れてください」
 都合のいい前振りだ。だが、マッキーには田能村を責める気持ちはなかった。
「緒沢議員から制作の差し止めが入ったのです」
「緒沢議員?」
「知りませんか? 民政党の」
「俺、政治にはあまり」
「緒沢議員と言えば、国会議員のなかでも一番放送事業に影響力をもつ議員です」
「そんな議員がどうして一放送局の番組に口入れを?」
「どうやら、ラバーズから多額の金をもらったみたいですね」
 マッキーの脳裏に海堂丈太郎とメイコの顔が浮かんだ。
「自分たちを裏切った者を使うなと」
「N放送局を支えてるのは受信料払ってる国民でしょ? なんで国会議員に屈するんですか!」
「恥ずかしい限りです。しかし我々の局も結局は金なんですよ。番組制作に金はいる。ところが近年、受信料だけでは番組が作れなくなってきてね」
「国民が払わないからですか?」
 そういうマッキーも実はアメリカから帰国して以降、受信料を払っていない。
「それもありますけど経費ですよ。人件費。タレントのみならず文化人ですら安い出演料では出てくれなくなりましたからね。以前はN放送局というだけでステイタスを感じてくれたんですけど」
 確かに、民放に比べN放送局の出演料はかなり安かった。しかし、マッキーのような一度は売れたタレントが再び使ってもらえる場合、出演料に文句を言ってくる者は少なかった。だから田能村はマッキーにオファーをしたのであるが。
「緒沢議員からの圧力と裏金にうちの会長が同意してしまったんです。ラバーズブラックリスト者は使わないと」
「ラバーズブラックリスト?」
「あるんですよ、そんなのが業界では。ラバーズ事務所が出演を拒む人物の名を載せた」
 そこに自分の名もあることは十分に理解できた。いまさらのようにラバーズ事務所の恐ろしさをマッキーはまざまざと感じた。
「言っときますがアイドルばかりじゃないですよ、俳優さんでも芸人さんでも制作スタッフでも、ラバーズと組ませてはいけない人はリストに書かれて、テレビ局から締め出されるんです」
 知らなかった。そこまでのリストが出回っていたとは。
 最後に田能村は無念そうに呟いた。
「放送局が権力と視聴率と金だけに動かされていたら、この国の電波は永遠に真実を流せやしない」
「田能村さん・・・」
「マッキーさん、力のない我々を、どうか許してください」
 しがらみのないはずの公共放送。そこに身を沈めた者の空転した懺悔の声がマッキーの鼓膜にいつまでもこびり付いていた。
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