第75話 100歳まで人を惹きつけるアイドルなんて気違い沙汰なんだ

文字数 923文字

 飯倉の強弁には、別の失望があることを支倉はすぐに見抜いた。自分から振っていいものか迷った。が、飯倉から熱い息を吐き終えた後、こう漏らされた。
「俺も偉そうなこと言えないけどな・・・」
 支倉は黙って次の言葉を待った。
「引っ張り損ねちまったよ」
 笑原拓海との交渉役は飯倉だった。
 苦笑いで隠す飯倉のその奥の感情を支倉は共有したかった。
「彼はなんと?」
「定義が間違ってるとよ、俺たちの」
「定義が?」
「ああ、アイドルってのは期間限定だから、働けるんだって。あんな晒された状態で長い間働かせたら、おかしくなるの当たり前だってよ」
 『笑門来福⤴吉日』の活動期間は1988年から2016年の年末までじつに28年にも及んだ。これほど長期間アイドルを務めたグループは他にない。それが理由か、彼らの最後はメンバー間の軋轢が露わになり、事務所も飯倉も抑えられぬまでに険悪化していた。
 あの頃のことを思えば、グループを再結成させることに一抹の不安を、飯倉は感じぬでもなかった。
「100歳まで人を惹きつけるアイドルなんて気違い沙汰なんだとよ」
 飯倉たちが立ち上げた芸能事務所『HAPPY DAYS 100⤴』の社是を拓海は頭から否定した。
「アイドルやったことのない奴が無責任なこと言うなと逆ギレされた」
 笑ってはいるが、飯倉の表情にやり切れぬ寂しさが見えるのを支倉は感じ取った。
 拓海と向かい合ったあの日。飯倉は初めて自分が手掛けたタレントから叱責を受けた。ショックだった。自分の考えが相手をおかしくさせるものだと捉えられていることが。
 それでも飯倉は、願っているのは自分ではなく国民だ、注目を浴びるのは芸がある証拠だ、芸に厚みがあればいくつになってもアイドルは務まる、と粘りの交渉を続けた。
 が、しかし拓海は納得しなかった。なぜグループにこだわるのかと、それぞれが違う立場で仕事しちゃなぜいけないのかと。
 苦し紛れに飯倉はこう言った。
「『笑門来福⤴吉日』だからだ。このグループには人々を高揚させる特別なものがあるからだ」
 窮した飯倉の弁に、拓海は侮蔑の表情を浮かべ、
「なにわかんねえこと言ってるんだ」
 そう吐き捨てると、バーカウンターに紙幣を叩きつけ出て行ってしまった。

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