第38話 相手は民放の元女子アナ

文字数 1,159文字


 メイコは兄の怒りを逸らすように呟く。
「私に言ったって仕様がないでしょう。推薦出すのは民政党なんだから」
「次の機会といったら3年後だろ! 人気を保持できるかわからんぞ」
 参議院議員の任期は6年で3年ごとに半数が改選される。民政党とラバーズ事務所の間で取り交わされた暗黙の約束では、今年の国政選挙で吉岡正志と笑原拓海の二人を民政党から推薦することになっていた。
 人気アイドルの吉岡正志と笑原拓海が出馬すれば、選挙区でも単独で十分に勝てる。さらには知名度抜群の二人を推すことで比例代表への票集めも期待できる。民政党の目論見はこうであった。
 これにラバーズも便乗したのは、吉岡と笑原が国会議員に当選すれば緒沢だけでなくより政界との繋がりが太くなる。ラバーズ事務所の注目度、地位はさらに盤石になる。
 つまり、吉岡正志と笑原拓海の国政選挙挑戦は双方にとって非常に利のある企てだったのである。
「鶴岡さんはね、このタイミングで推薦を出したら共倒れになりかねないって」
「共倒れになどなるか?」
「わからない。けれど『笑門来福⤴吉日』解散以降、ラバーズも世間の風当たりが厳しくなっていることは事実よ。向こうが欲しい状態ではないのはたしかね」
 メイコは深刻な社会問題化していている『笑門来福⤴吉日』ロスのことを案じている。
「だから待てと? 次の選挙まで? 冗談じゃない! くれと言ったのは向こうだぞ」
「解散前までならね。正志と拓海に比重かけろと言ったのも緒沢さんだし、選挙までに国民の支持を増やそうと紅白の司会も大河の主役も裏で手を回してくれたのも緒沢さん。でも、いま彼らを出したら民政党とラバーズの癒着を白日の元にしてしまうと一番懸念しているのも緒沢さん」
「どうしてそんなことになった? 政治資金問題はまだしも、その奥まで暴かれるとは・・・」
「正義感のとってもお強い方の弔い合戦じゃないかしら」
 先日訪ねてきた検察庁の役人の顔をメイコは思い出していた。彼らの行動の向こうに『笑門来福⤴吉日』の犠牲者がある。
 察して丈太郎が呟く。
「行政権から独立した司法権か」
「それもあるけど、今度のはメディアよ」
「ハイエナか」
「連中をみくびってはいけないわ。むしろ司法より堂々とアウトローを使えるだけ厄介よ」
「もしかして・・・」
「そう、正志がまんまと掛かったの。相手は民放の元女子アナ」
「ばっか野郎が! 女子アナにはあれほど注意しろって言ってたのに」
「あの子の悪い癖が出たわ」
「簡単に女狐に口を割りやがって」
「償いとして正志にはあと3年ソロで看板務めてもらいましょ。拓海もね」
 丈太郎の目が険しくなる。
「しかし万一、奴らにも火の手が回ったら切り捨てるぞ。代わりはいくらでもいるからな」
 ラバーズの剥き出しの本性が、閉ざされた密室で不気味な影を成していた。
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